青城澄作品集

詩人あおきすむの書いたメルヘンや物語をまとめます。

2024-12-21 03:43:37 | 月の世の物語

女は、ある高地の崖のふちに立ち、眼下に広がる原野を見ていました。彼女の背後には白い山猫が一匹、岩の上に寝そべりながらくすくす笑っていました。「また男を一人、地獄に落としたんですってねえ」猫は女に言いました。女は古道の魔法使いでした。彼女は黒髪の美女の姿のままで、杖を持ち、空や風の様子を見ながら言いました。「それがどうだって? だいたい人間の男ってのはね、女を馬鹿にして自分を偉いことにしとかなきゃ、何にもできないのよ」山猫は笑いながら、「はあい、ご正解」と言いました。「実際、今わたしがやってることも、そういうやつらが嘘ばっかりついてやってきたことの、尻ぬぐいじゃないの」すると山猫は、「またまたご正解ぃ」と言って笑いながら立ちあがり、魔法使いのそばに歩いてきました。そして原野を見渡しながら、「でも、あなただってずるいですよ。そうやってすんごい美人に化けて、男に寄って来いって言ってるようなもんじゃないですか」と、言いました。
女は空を見上げ、「さてと、そろそろかしらねえ」と、とぼけました。

あ、と山猫が声を上げ、首をのばしました。魔法使いは目を金色にし、杖を空に突き出しました。空に星のような光が一瞬きらめき、笛のような音をたてて、何かが落ちてきました。「くるわ」女は崖を飛びおり、原野に立ちました。山猫も続きました。空から、青い炎を宿した透明な水晶球が、原野を目指して流星のように落ちてきました。「大きいわ。大丈夫かしら」魔法使いは言いながら飛ぶように地を走り、水晶を追いました。「よし」彼女が言うと同時に、水晶は事前に彼女が清めておいた魔法陣に落ちました。

彼女が魔法陣のところにやってくると、水晶は陣の真ん中に半分埋もれていました。後から山猫が追ってきて、「半分しか入っていませんねえ」と言いました。魔法使いはちくしょう、と思わず汚い言葉を吐いて、急いで清めました。「地球は甘くないわ。あれだけやって、半分しか埋もれないなんて」魔法使いは言いながら、元の姿に戻り、杖で風をかき混ぜ、もう一度清めの魔法を始めました。呪文を三度繰り返し、月光と日照の二つの紋章を描き、最後に大地の紋章を描いて、大いなる地球の神の助けを請いました。と、雨のすじのように清い光が上方から降り、魔法陣に深く染みこみました。水晶球はかすかに揺れ、音もなく地中にすっと吸い込まれました。

「いけます。かなり深いところまで行きましたよ」猫が地中を覗き見ながら言うと、魔法使いは、「よおし」と言って大地を、とん、と杖で突きました。「本番はこれからね」魔法使いは空を見上げ、地球世界の日照をにらみました。金色の目が鏡のように映え、神がともにいる、と彼女の胸にささやくものがありました。

山猫は後ずさりし、彼女の魔法を見ていました。魔法使いは目を閉じ、両手を大きく空に向かって開くと、今度は赤子を呼ぶ母のような声で、歌い始めました。ときおり、小鳥の声が混じり、緑の森を吹く風のような音も聞こえました。すると、水晶球の埋もれた魔法陣の真ん中から、青い芽が顔を出しました。魔法使いの額を汗が流れました。彼女は歌いながら、高い精霊に助力を請いました。すると彼女の歌にそって見えないものがともに歌い出し、それは空に響く合唱となりました。

魔法陣の真ん中に芽生えた緑は、幹を伸ばし枝を伸ばし、見る間に大きくなりました。彼女は歌い続けました。途中で声がとぎれかけたとき、だれかが代わりに彼女の声を使って歌うのを感じました。魔法使いは神がともにいることを確信しました。頬に涙が流れ、何かが彼女の胸を歓喜に導きました。命がうごいていました。瞬間光の中ですべてが溶け合い、それと同時に、何かが爆発したように強い風が渦を巻き、気付いた時には、目の前に大きな緑の大木が立っていました。

魔法使いは、大地にばたりと倒れました。「大丈夫ですか?」山猫が近寄りながら言うと、魔法使いは、大丈夫よ、と答えました。そして半身を起し、「こんどはあなたの番ね。ちゃんとわかってる?」と言いました。すると山猫は彼女の目の前で、瞬時に本来の姿に戻りました。それは原野と同じ色の肌をした美しい若者でした。彼は山猫の姿を捨て、「わかってますよ」と言いつつ、大木の中に入っていきました。彼はこの原野の精霊でした。

しばらくして彼女は立ちあがり、緑の大木を見上げ、元は山猫だった精霊に声をかけました。「気分はどう?」すると木はざわりと枝を揺らし、答えました。「なかなかです。木もいいもんですねえ」彼はこれから、何百年かの月日を、地中の水晶を守る神木として生きるのでした。

魔法使いはふうと息をつき、今回はきつかったわ、と言いつつ、また地に座りこみました。


 
 
 

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