太平洋の真ん中に浮かぶ小さな火山島で、子供がひとり、しきりに赤く熱い溶岩を杖でつついていました。いえよく見ると、溶岩の正体は毛並みの赤い光る犬の群れでした。犬は火山に棲む精霊で、大地の炎の化身でもあり、一たび怒ればどうすることもできない野生の熱を秘めて、激しく子供に吠えかかっていました。
「しっ、しっ、おとなしくして」彼は、犬を恐れることもなく、小さな杖を振り、鎮めの詩を歌いながら犬たちの怒りを冷ましていました。そうして、山の火が大きく燃えすぎないように、いつも気をつけていました。
海風を浴びた犬たちが冷えておとなしくなると、子供は少しほっとし、固まった溶岩の岩に腰かけて、少し休みました。と、青い空の高いところから、何か小さなものが、流星よりも早くこちらに向かって降りてきているのが見えました。子供は「あ、やっときたな」と立ちあがって、杖をふりました。
やってきたのは、豆のさやのような船に乗った、ひとりの少年でした。少年は子供のすぐ近くまで船をもってくると、「やあ、頼まれたもの、持ってきたよ」と言って、船の中から大きな袋を出し、子供に渡しました。子供は袋を受け取ると、早速袋を開いて中を確かめました。袋の中身は、豆真珠の白い粉でした。子供はその粉を一つかみ取り、それを犬たちに向かって振りかけました。すると犬たちは、くうんと鳴いて、さらに深く眠りに落ちました。
「ありがと、今お礼のもの作るから、待っててよ」子供は言うと、溶岩のまだ赤い所を少しとって、それに呪文を混ぜ込んでから、くるくると風で回して、小さな玉を作り始めました。「これでいいや、後は風がやってくれる。ねえ、できるまでちょっと時間がかかるから、その間何か話をしないかい?」と子供がいうと、船の中の少年は、そうだねえ、と考えて、言いました。「月の世に聖域ができたの、知ってるかい?」「知ってるよ。そんな話は、こっちにも風が運んでくるんだ」子供が言うと、少年は船から身を乗り出し、「いや、それがさ」と言いました。「どうやら、あの聖域には、神さまの秘密があるらしいんだってさ。」
「神さまの秘密?」と子供が言うと、少年は「月の世の占師がね、みんな言うんだよ。もしかしたら神様は、地球世界にも聖域を作るつもりなんじゃないかって」と、言いました。すると子供はくすっと笑いました。「まさか。こんな蜘蛛やムカデばかりいるところ、どこをどうやって聖域にするのさ」
「ぼくだってそう思うよ。でも、どんな占師が何度占っても、いつも同じカードが出るんだってさ。聖者さまは、誰も何も言わないけど、何か知ってる感じなんだ」少年が言うと、子供も、ふうん、と言って、「確かに、神さまは、ときどきとんでもないことをなさるからねえ」と言いました。
子供は立ちあがり、海の遠くに見える、白い雲の塊を指さしました。「ほら、あそこにも神さまがいらっしゃる。ずいぶんと前からあそこにいらしてるんだ。」
「うん、多分あそこで何かやってるんだね。でも、なんだか、ちょっと変じゃないかい?」
「変てなんだよ。それはとても失礼だぞ」
「そういう意味じゃなくてさ、地球世界には滅多に来ないような神さまが、今いっぱいこっちに来てるってことなんだよ」言われて子供は、あ、と声をあげました。「ほんとだ。言われてみれば、確かにあの神さまをこっちで見るのは初めてだ。」
ふたりはしばしの間、神宿る白い雲の塊を黙って見ていました。
「神さまは何をおやりになっているんだろう?」少年がひとり言のように言ったとき、子供が、あ、できた、と大きな声で言いました。少年が振り向くと、ピンポン玉ほどの小さな灰色の玉が、風の中でくるくると回っていました。子供はそれに、えい、と声をぶつけ、玉を半分に割りました。すると中から、卵の黄身のように、熱い金色をした光玉(ひかりだま)が現れました。
「はい、これ」子供は玉を少年の方に差し出しながら、ちょっと得意そうに言いました。「地球の火で作った魔法玉は、特別に強いんだ。たぶん千年は光が燃えているよ」少年が玉を手にとってみると、本当にそれは暖かく、まるで全身の血流を光る熱がめぐってくるように感じました。少年は子供に「ありがとう」と言い、玉をポケットの中に入れました。
別れの挨拶を交わすと、少年は船を動かし、青い空を登り始めました。子供は彼の船が見えなくなるまで、杖を振っていました。
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