つらつら日暮らし

『大智度論』における出家律儀の種類について

まずは、以下の一節から学んでみたい。

 是の如くの種種の因縁、出家の利、功徳無量なり。是を以ての故に、白衣、五戒有りと雖も、出家に如かず。
 是の出家律儀に四種有り、沙弥・沙弥尼・式叉摩那・比丘尼・比丘なり。
    龍樹尊者『大智度論』巻13「釈初品中讃尸羅波羅蜜義第二十三」


ということで、これは龍樹尊者『大智度論』の見解で、いわゆる「出家功徳」を説いた箇所(それはそれで別の記事にしておきたい)ではあるのだが、合わせて、「出家律儀」の四種を示したところでもある。ところで、良く見てみると、本文では、「四種」といっているのに、挙げられているのは「沙弥」から「比丘」までの五種となっている。

そこで、この件については、沙弥・沙弥尼について、受ける戒がともに「沙弥十戒」であることに起因し、「式叉摩那」は「六法」を特別に受けるし、比丘尼と比丘は受ける戒本の数が異なるので、「四種」なのに、「五種」の名前が挙がっていることになる。

ところで、この一々の「出家律儀」について、本書では以下のように続く。

 云何が沙弥、沙弥尼の出家受戒法なるや。
 白衣、来たりて出家を求めんと欲すれば、応に二師を求むべし、一に和上、一に阿闍梨なり。和上は父の如し、阿闍梨は母の如し。本生の父母を棄てるを以て、当に出家の父母を求むべし。袈裟を著け、鬚髪を剃除し、応に両手で和上の両足を捉うべし。何を以てか足を捉うるや、天竺の法、足を捉うるを以て第一の恭敬供養と為す。阿闍梨、応に十戒を教うべし、受戒の法の如し。
 沙弥尼、亦た是の如し。唯だ比丘尼を以て和上と為すのみ。
 式叉摩那、六法を受けること二歳なり。
    同上


さて、以上の一節からは、白衣(在家信者)が出家したいと思ったならば、まず、和上・阿闍梨の二師を求めるべきだという。その際、和上は父で阿闍梨は母であるというが、要するに、出家者を生み出す両親のような位置付けになる。これは、自分がこの世界に誕生するきっかけとなる両親を棄てて、出家の両親を求めることを意味する。

その後、袈裟を着けて、髪などを剃って出家者の姿になったら、両手で和上の両足を掴むようにすべきだというが、これは、インドの作法で、和上に対する第一の恭敬供養になるためである。良く、「頭面礼足」という表現が漢訳仏典には頻出するけれども、そのことである。

そして、その後に、阿闍梨が十戒を教えるという。受戒(比丘戒)の作法の通りというので、恐らく、戒自体は和上が授け、その中身などを、阿闍梨が教えるという「教授阿闍梨」になったことを意味しているといえよう。また、沙弥尼もこれと同じだとはいうが、和上になるのが、比丘ではなくて、比丘尼であるという違いがある。基本的に男女は同じ場所での修行をしないので、区別があったということなのだろう。

それから、式叉摩那は比丘尼になるまでの二歳(2年間)、六法を受けて守る。この「六法」については、【式叉摩那―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ良いと思う。比丘尼になってから妊娠などが発覚すると、大変なことになるので、2年間ほど時間を置くことで、そのトラブルを回避する目的で設定されたのが式叉摩那であった。

なお、比丘・比丘尼についての記事を書こうとも思ったが、具足戒を受ける方法などについて、また長くなりそうなので、とりあえずは以上としておき、それはまた別の記事にしたい。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へにほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「仏教・禅宗・曹洞宗」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事