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冬の駅から#14

2021年06月05日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ

焼き芋みたいな
エッセイ・シリーズ  (47)

冬の駅から #14

「タツヤ!どうした!?」
「よっ!間に合ったわ」
「お前、入院中だろ!?」
タツヤの姿を見て僕らは思わず外へ飛び出していた。
実はタツヤは、卒業を控えた三学期終わり頃から「自然気胸」という
肺に穴があく病気を患い入院中だった。
(「自然気胸」という病は、背が高くて痩せているタイプに多いらしいが、
タツヤはまさにそんな体型だった。)
まさかこんな夜明け前に、わざわざ駅へ見送りに来るなど思いもしなかったから本当に驚いた。
明け方こっそり病院を抜け出してタクシーで駆けつけて来たのだ
という。

「ほんとに大丈夫なのか?」

「ああ。もうすぐ退院だしな。それに病院、退屈過ぎてな」

「わざわざありがとな」
「それよりさ、駅前にいた娘達、あれ女子バスケの後輩じゃないか?」
「ん?どこさ?」
駅構内を見渡すと、入口脇に二人の娘が半ば隠れるように立ってこっちを見ていた。
女子バスケ部の1年後輩の娘達だった。ほとんど話をしたことはなかったが、
顔は知っていた。向こうも僕が気付いたのを察知したらしく、
二人並んで
恥ずかし
そうにこっちへ歩いて来た。
見送りに来てくれたのか?・・そう思っていると、二人は「先輩、向こうでも
頑張って下さい」というような事を言い、慌ただしく握手をして去って行った。
あまりにもあっという間の出来事で、僕もタツヤもぽかんとした。
「びっくりしたなあ」
「そだね」
「あの娘、名前何て言うんだ?」とタツヤが訊いて来たが、僕は名前を知らなかった。
だけど、あんな夜明け前の早い時間に、どうやって来てどうやって帰ったんだろう。
それに僕が上京する日や時間を誰に訊いたのだろう。今頃はどうしているだろうかなと、
今こうして書きながらふと思ったりしている。

              

タツヤのサプライズ登場に皆で盛りあがっていた時、駅長が慌ただしく待合室の
扉を開けた。
「始発、もうすぐ来っから!」
「あ、わかりました!」
僕はバッグを背に掛け、祖父ちゃんを見た。

いつの間にか祖父ちゃんは待合室のイスでこっくりこっくりと居眠りをしていた。
祖父ちゃん、ゆうべはほとんど寝てないんじゃないかな。遅くまで祖母ちゃんと
出掛け用の服とか用意してたから。
「祖父ちゃん、起きろ。電車来るぞ」

「おっ、そっか」
祖父ちゃんは少し眠たそうに腰をあげ鞄に手を掛けた。
待合室を出ると外はかなり冷え込んでいたが吹雪は収まっていた。

「今日はわざわざありがとな。来てくれるとは思わなかったよ」
ホームに立ち、僕は皆にお礼を言った。
「なに言ってんだ、お前が来てくれって言ったんだろ」
「えっ?そうだっけか」
「朝4時になんて誰も来てくれないよなあって、寂しそうな顔で言ってたべさ」
「そうだったっけ」
「ま、来るつもりでいたけどな」
「そっか」


駅長が「お!」と短く声を発したかと思うと、本日の任務開始と言わんばかりに
帽子を深く被り直し、直立不動の姿勢で旗を真上に掲げた。
旭川発札幌行きの始発電車のオレンジ色のヘッドライトの明かりが、
夜明け前の蒼い闇に包まれた線路の向こうにぼんやりと見えてきた。

「じゃあ、来年の夏休みにまた会おう!」僕は皆に言った。
「そだな!来年の夏休みにな」
「札幌にすっか?皆集まり易いだろうし」
「そだな。札幌でいいナ」
「じゃ、次は札幌で!」
「わかった!札幌でナ」
「それじゃ元気でな」
「そだな!」

「皆、ありがと!元気でな!」


何だか突然涙が溢れてきてどうにもならなかった。デンスケもイイっちもフジオも

コータもタツヤも涙目だ。泣きながら笑っていた。言いたいことは山ほどあるはずなのに、
言葉が出て来なかった。発車のベルはまだ鳴っていなかったけれど、
最後に皆と握手して、僕は早々と電車に乗り込んだ。後ろで祖父ちゃんが、
皆一人一人ニコニコしながら握手していた。
やがて発車のベルが鳴り電車がガタンガタンと動き出した。
僕は窓から手を振り続けた。皆も時おりぴょんぴょんとジャンプしながら
手を振り返していた。
「それじゃなー!」最後に僕は皆に向かって大声で叫んでいた。
電車はゆっくりと加速して行き、ホームの皆はどんどん遠ざかり、やがて見えなくなった。


               

僕は袖で涙をぬぐい、足早に通り過ぎていく故郷の景色を、
車窓に顔をくっ付けていつまでも眺め続けていた。
遊ぶ約束をした友達を待つ子供が、足元の花を摘み、
「来る。絶対来る。来る・・・」とポジティブな気持ちで花びらを一枚一枚ちぎるように、
あの時僕も「大丈夫だ。絶対大丈夫だ。大丈夫だ・・・」と自分に言い聞かせていたのだろうかな。
しばらくして、僕の隣で「皆来てくれたなあ」と祖父ちゃんが呟いた。
「ああ」と窓を眺めながら頷く僕に、祖父ちゃんがぽつりと言った。
「お前、皆と一緒の札幌にしとけば良かったんじゃないのか?」

祖父ちゃんの言った事は、ある意味的を射ていたのかも知れない。
気心知れたデンスケ達と一緒だったから、中学高校と楽しくやって来れたのだし、
皆の存在の大きさは思うよりも大きいものだったに違いないのだ。
知る者もいない
大都会に一人で飛び込んで行くのは、祖父ちゃんから見ても心配だったのだろう。
だけど今思うに、この日の旅立つ先が札幌でも東京でも、
それほど大した違いは
なかったんじゃないだろか。そんな気がする。
暮らしの環境は違うだろうけど、根本的にはきっと似たような生き方をしていたに違いない。
それは今、こうして振り返ってみて思うのだ。人生の舞台が北海道でも
東京でも・・。

         
                ー続ー                


            







      
                         ♪「12月」 S.Y  (詞・曲・歌:s.y   )
       


 
       ♪「遠くまで」 s,y (詞・曲・歌:s.y 編曲:ジャック・伝ヨール
                                 富士湖畔ツーリング・キャンプ2016より
       










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