ハラスメント・いじめ問題を考えましょう

(要約版)「 教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律案 」( わいせつ教員対策法案)の5つの問題点

1 「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律案」

(1)教員のわいせつ行為等による懲戒処分 

 わいせつ行為等によって懲戒処分を受けた公立学校教員は増加しており、この中には、自校の児童生徒など18歳未満の者に対するわいせつ行為を行い懲戒免職となった教員も多く含まれています。例えば令和元年度は懲戒免職処分を受けた教員は121人となっています。

(2)わいせつ教員の免許再取得

 わいせつ行為等によって懲戒免職処分等を受け、教員免許の失効または取上げ処分を受けた教員でも、現行法では、失効等から3年を経過すれば免許の再取得が可能になります。

(3)文科省の取り組み

 文科省は、過去40年間分の検索が可能な「官報情報検索ツール」を提供しています。また、本年4月からは、懲戒免職処分等の理由がわいせつ行為等かどうかについても官報に掲載することとしました。

 文科省は、昨年、わいせつ行為等による懲戒免職処分を受けた者に教員免許を無期限に再付与しない制度を検討していましたが、刑の消滅の均衡等により断念したという経緯があります。

(4)議員立法による「わいせつ教員対策法案」

 他方、国会議員による議員立法として、表題にあげたいわゆる「わいせつ教員対策法案」が、2012年5月25日、衆議院で可決され、参議院に送付されました。このあと参議院での審議を経て、今国会で成立することは間違いないでしょう。ただこの法案にはいくつかの問題点があります。

 

2 (問題点その1)「児童生徒性暴力」の該当性判断が困難な場合がある

 この法案の教員免許再授与の仕組みでは、「児童生徒性暴力等」が原因と認定されるかどうかで再授与手続に大きな差異が生じます。ということであれば、大きな差異が生じる要件は一義的で該当性判断が困難でないものとするのが基本的な原則です。

 この点で、この法案の「児童生徒性暴力等」の要件には、幅のある判断事項が含まれており、懲戒免職処分等をする際にその該当性判断が困難な場合が生じることが想定されます。 

 

3 (問題点その2)停職以下の懲戒処分や罰金刑を受けたわいせつ教員は対象外

 この法案が対象にしている「わいせつ教員」は、「児童生徒性暴力等」が原因となって懲戒免職等の処分を受けた教員です。しかし現実には、相当悪質なわいせつ行為をした教員でも、情状酌量により停職や減給にとどまる例は少なくありません。この法案の対象は限定的ですので、この法案で「わいせつ教員が根絶できるわけではありません

 なお、観点は異なりますが、児童生徒に対する体罰によって懲戒免職となった教員も同じように厳格な再授与審査をすべきとの議論も出てくるでしょう。

 また、この法案では、幼稚園の教諭等も対象となっていますので、保育士の欠格事由についての制度設計もすぐに検討しなければならないでしょう。

 

4 (問題点その3)教員免許の再授与の要件が漠然としている

 この法案の「わいせつ教員」に対する免許再授与の要件である、当該教員の「改善更生の状況その他その後の事情により再び免許状を付与するのが適当であると認められる場合」というのは漠然としていて何を指すのが判然としません

  ということは、都道府県教育委員会ごとにその判断がまちまちになることもありえます。もちろん文科省は基準を通知するでしょうが、再授与が適当かどうかという判断はどうしてもばらつきが出てくるでしょう。

 また、それでなくても多忙な都道府県教育委員会に、公平性、中立性を求められる再授与手続と再授与審査会の事務という難しい業務を割り当てるのが適切かどうかということも問題になるでしょう。また再授与しないときそれを訴訟で争われることも出てくるでしょうから、さらに対応を迫られるでしょう。

 

5 (問題点その4)「データベース」としてどの程度のことが記録されるのかが不明

 文科省がいま提供している検索データは、官報掲載という公開情報が対象です。データベースそのものは必要なことなのですが、この法案には、「データベース」にどこまでの情報を記録するのかが書かれていません。

 また、ここでも教育委員会による記録のばらつきも生じるでしょう。データ管理や守秘義務はどうなるのか、当該教員がデータベースの開示請求をしたときにどうするのか、記載が誤っていると訴訟で争ってきたらどうするかなどの問題も出てくるでしょう。

 

6 (問題点その5)私立学校の懲戒解雇処分逃れが防げない

 私立学校の教育職員については、この法案でいう児童生徒性暴力による懲戒解雇処分を逃れるため、その処分前に退職届を提出して退職する例があります。私立学校の場合は公務員と異なり、退職届の提出によって退職が有効になるので懲戒処分が間に合わなくなるのです。

 この点は、ある意味では、懲戒処分の「官民格差」(ただし民が有利)ともいうべきものです。このような制度逃れに対して、この法案では何も対応されていません。

 

7 まとめ 

 この法案は、教員免許の再授与時をとらえて、その段階でわいせつ教員を振るい落とそうとするもので、わいせつ教員排除のための有効な方法ではありますが、わいせつ教員に対する網としては限定的なものです。

 わいせつ教員の排除は、教員採用時の情報を充実させることが本来の方法でしょう。その点で、これから本格的に検討の始まる「日本版DBS」に期待するところが大きいと思います。

 このような意味で、この法案は緊急措置としての意義はありますが、わいせつ教員排除のための根本的な解決とはいえないでしょう


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