1 わいせつ教員対策法の成立
(1)わいせつ教員対策法成立の経緯
2021年5月28日、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律わいせつ教員対策法」(わいせつ教員対策法)が成立しました。
これまでの経緯は、以下のとおりです(いずれも2021年)。
3月 1日 「与党わいせつ教員根絶立法検討ワーキングチーム(WT)」発足
4月14日 WTが法案骨子案
4月28日 WTが野党と協議
5月12日 法案について自民党文部科学部会了承
5月21日 衆議院文部科学委員会法案審議・可決
5月25日 衆議院本会議で法案可決(全会一致)
5月27日 参議院文教科学委員会法案審議・可決
5月28日 参議院本会議で法案可決(全会一致)
(2)審議時間があまりに少ないこと
この法案は、与党WTでの検討からわずか3か月ほどで成立に至っています。通常では考えられないスピード審議でした。
ただいくらスピードが必要であり、全会一致法案であるとはいっても、法案についての審議は十分に尽くす必要があると思います。
この法案での実質審議は、衆議院文部科学委員会での44分、参議院文教科学委員会での65分の合計109分(1時間49分)しかありませんでした。このどちらも審議の状況が中継されていましたが、ほとんどが事前通告質問に応じた読み上げ答弁で、答弁についての突っ込んだ二の矢三の矢の質問はほとんどありませんでした。
これほど重要な法案なのにこれだけの質疑しかないのは、成立した法律の方向性を見えなくするのではないでしょうか。時間をかけた審議という肉付けがあってこそ法は生きたものになると思います。全会一致だからこそかえって慎重に審議すべきではなかったでしょうか。
また、法律家は立法者意思を尊重し、解釈の有力な基礎とします。その意味でも立法者である国会議員は、解釈上の疑義が生じ得る条項、あるいは明確にすべき条項について立法者意思を質疑によって示すべきだと思います。
(3)法律が実効性を持つために
この法律がわいせつ教員対策の第一歩として大変意義があることは間違いありません。ただこの法律は大きな枠組みを示しただけでどこまでこの法律が実効性を持つかはその前提となるいくつかの制度が機能するかどうかにかかっています。逆に言えば、前提となる制度が不十分なままであれば、この法律はわいせつ教員排除という効果を発揮しないままになってしまうでしょう。
ではその前提となる制度のポイントは何でしょうか。そのうちの重要なものを3つ挙げてみたいと思います。
2 わいせつ教員対策法の前提となる3つのポイント
(1)被害を受けた児童生徒の被害通報制度が機能すること
この法律のわいせつ教員の教員免許の再授与をしないという仕組みは、教員による性暴力被害の被害者である児童生徒がその被害を通報するという制度が十分に機能することが前提になります。それが機能していなければ、そもそも児童生徒性暴力の被害事実が出てこないわけですからその仕組みは動きようがありません。
このように、児童生徒性暴力で最も重要なことは児童生徒が躊躇することなく通報するという入口にあります。ではこの法律は、児童生徒のわいせつ被害を通報するための実効性ある制度規定を置いているでしょうか。
法17条には、児童生徒性暴力等の早期発見という条項があります。しかしそこには、学校での定期的な調査その他の必要な措置とあるだけです。代表例として挙げられている「学校での定期的な調査」で教員による性暴力被害が通報されるでしょうか。
法18条1項には、児童生徒性暴力等の相談を受けた者は学校や教育委員会へ通報することとされています。しかしまず重要なことは児童生徒が相談に来ることであり、児童生徒が学校内外を問わず、相談しやすい人がいて、ネットも含めた場所があることこそが重要ではないでしょうか。
法には具体的な被害通報制度については何も書かれていません。この法の仕組みの前提として、児童生徒や保護者が躊躇することなく性暴力被害を通報できる制度について具体的に規定すべきだったと思います。
(2)児童生徒性暴力の調査組織が機能すること
児童生徒性暴力の通報があり、事実を調査する段階になったときの調査組織もこの法の仕組みの重要な前提になります。ここでの調査がおざなりだと、本来科すべき懲戒処分が科されない結果となります。
法18条4項には、当該学校での事実の有無の確認の規定があり、法19条1項には、その学校からの報告を受けた教育委員会等の学校の設置者は、自ら必要な調査を行うとの規定があります。
ではこのような調査組織で性暴力被害の調査ができるでしょうか。ここで比較されるべきは、いじめ防止対策法の調査組織です。同法22条は、学校に常設のいじめ対策組織を置くこととされ、いじめ調査もその任務のひとつとなっています。また同法28条は、重大事態における調査組織が詳しく規定されています。
いじめ防止対策法のこれらの規定に比較すると、この法律の調査組織の規定は具体性に乏しいものです。児童生徒性暴力は加害者が教員なのですから、その調査組織が第三者性をもった中立公正なものであるとの要請はいじめよりも大きいでしょう。もちろん、文科省の指針では第三者委員会の設置についての言及があるでしょう。しかし、法にこそ、第三者性が保てるような調査組織を規定すべきではなかったでしょうか。
(3)わいせつ教員に対する懲戒処分が適正妥当に行われること
この法の仕組みは、懲戒免職処分等によって教員免許の失効や取上げがあった教員の免許再授与に厳格な審査をするというものです。この再授与審査が教育委員会によって判断が区々にならないようにすることは当然のことですが、それ以前に、懲戒免職処分が適正妥当でなければこの仕組みは機能しません。
懲戒処分というのは、懲戒審査事実だけではなく、さまざまな情状を加味して決定されます。各教育委員会の設定している懲戒基準があっても、それは抽象的なものでしかありません。法の仕組みの前提としての懲戒免職処分が情状に流されることなく、また逆に厳しすぎることなく、適正妥当に行われることが今まで以上に求められるでしょう。
3 まとめ
以上に挙げた法の仕組みの前提はこれらだけではありません。この法の仕組みは、その前提であるいくつかの制度が機能することではじめてその実効性が発揮されることになるでしょう。その意味では、法が十分に書き込んでいないこれらの前提になる制度の充実を指針でどこまで制度的に実現できるかがこの法律の行方を大きく左右すると思います。