【申告内容】
ネルルが動かなくなりました。
右手のスイッチを押しても、反応ありません。
左手のスイッチの押したときの感触がありません。
メーカに修理の問い合わせをしても、断られました。
【初診】
申告内容どおりの症状でした。
持ってこられた乾電池は、4本とも正常です。
電池ボックスの端子などは腐食などありません。
電池ボックスを外そうとしたとき、いつもと違います。
リチウムボタン電池もありません。取扱説明書からすると2016年にネルルがリニューアルされた様です。
とりあえず、いつもの手のスイッチの破損と配線切れから治療を始めました。
右手は、お約束で配線が切れています。左手は、スイッチのクリック感がなくなっているので交換が必要です。そのほか断線はしていませんが外皮の切れが有りますので、断線するのも時間の問題だったと思われます。
腕にあるスイッチと配線が切れるのは腕をもたれるおもちゃには予想されることで、今回のネルルをみるとスイッチと配線の半田付け部は接着剤で固定されています。しかし、スイッチカバーと配線を収縮チューブで一体化して配線引き出し部に負荷が掛からないようにしてあるのは良いのですが、収縮チューブの切り口の角に配線が押しつけられ外皮切れの要因になっているようです。リニューアルでの項目に手のスイッチへの配線の素材についても改善が欲しかった所です。なぜなら日本中のドクターは、電池に起因する不具合を除けばネルルの病気で一番多いのがこの手ひらのスイッチの破損と断線だとわかっているからです。
手のひらのスイッチの構造です。
スイッチのクリック感がなくなるのは、写真にある丸いぼん状の金属片を強く長く押されると、わずかに立ち上がっている縁がつぶされ復元力が失われるためです。ただ、押しても反応がないとついつい強く押したくなるのはわかります。
そこで今回配線外皮素材にシリコンを使用しているものに交換してみました。amazonで購入したものです。ワイヤゲージは、何種類かありますがAWG26を使用しました。Strivedayというメーカ品です。
理想的には基板につながるコネクタまですべて替えれば良いのですが、接触子用の道具の持ち合わせはなく着ぐるみの内部で外部から触れないところで既存の配線とつなぎます。
タクトスイッチからの取り出し口はエポキシ接着剤で固定し、収縮チューブでスイッチからの配線の取り出し口の負荷を軽減します。
収縮チューブからの配線出口部は、綿を詰め込み硬化後も柔軟性のある”ウルトラ多用途SUソフト”にて接着しました。シリコン外皮の配線なので柔軟性があり、腕をもたれる際の屈曲にも劣化が少ないと思います。ただ、芯線については変わらないので同じ結果になるかもわかりません。2、3年後に受診に来られないように祈りましょう。
ここからが、本番です。
まず、この患者さんは、声も出ず、まばたきもせずで外からの刺激に対する反応がまるで無いと言うことです。このことからわかることは、一部の機能に不具合が有ると言うことでなくすべての機能に関わる不具合が有ると言うことです。
すべての機能に関わる不具合として特に着目すべき点は、下記のようになると思います。
・電源系の不具合
・マイコンを動かすためのクロック信号(脳波のようなもので一定リズムの信号)の不具合
・マイコン(COBというその患者さん固有のICで医者泣かせ)の不具合で、ネルルのような多機能の患者さんの場合不治の病です。
・マイコンの動きを初期化するリセット信号(自動体外式除細動器:AEDのように全体のリズムをそろえる)の不具合。
・おもちゃ固有の信号で、安全性確保などのため特定の信号が決められた状態にならないと動き出さないようになっている信号の不具合。(ネルルは、電池BOXのフタがしまっていないと動かない)
・メモリICに関する不具合(ほとんどないですが)
・ほか
そこで、電池から制御基板の接続部までの導通があるか確認します。次に制御基板のパターンを追いかけると3.3Vを作っている電源レギュレータの出力が2.4V程しか有りません。使用されている6206Aは、定格電流200mA(500mWMax)、絶対最大定格電流500mAが可能の電源レギュレータのようです。おもちゃでは、モータに電流を流すドライバー素子が破損することは良くあることですが、回路電源のレギュレータ素子が破損するのは珍しいことです。
破損している電源レギュレータは手持ちがなく入手まで1ヶ月程掛かりますので、それまでにネルルの身体検査をしてみます。一度全身の検査をしておくと次の患者さんの治療にとても役立ちます。
【全身検査】
一言で言うと今までのネルルとは全く違った ”きれいなものづくり” で、おもちゃドクターからしても治療のしやすいネルルになっています。
旧タイプと新タイプの全体の構成比較です。
旧タイプネルル
新タイプネルル
中国で作られているおもちゃの多くは、基板からの配線は直接半田づけですべての構成部品がつながっています。そこには、修理するなどと言う発想は感じられません。
ところが今回のリニューアルのネルルは、発想が日本人的 ”ものづくり” に近く感じます。
・頭髪・顔の皮膚・まぶたを動かす機構・なでなでセンサー・マイクを含む頭部
・両手スイッチを含む着ぐるみ部
・スピーカ・寝かしつけセンサー・スイッチ基板・制御基板・電池BOXを含む胸部
のそれぞれが単独で組み立てが閉じられており、最後にコネクタで合体です。合体時に半田付けはありません。ですのでおもちゃドクターが治療するために切開するときも、糸を切ったり、結束バンドを切ったり、半田付けを外さなくてもブロックに分けられるのです。また、治療中に基板に半田付けされている配線が外れてしまうこともありません。作りやすいものづくりを優先して、ブロック設計、機構設計、外装設計、部品配置、回路設計を考えられてトップダウン設計だと感じます。
(頭部レントゲン)
見た目で変更されている点は、つぎの通りです。
・スピーカが頭部より胸部に配置変更
・まぶたの開閉停止位置を検知するリミットスイッチが4つから2つに変更
・まぶたの駆動方法が、モータギヤ直結からベルト連結方式に変更
ベルト駆動の理由は、まぶたを無理に押さえられたり、開閉時の停止位置をリミットスイッチを検知してからモータが停止するまでのオーバーランの機械的な逃げだと思われます。
・なでなでセンサーの取付方法も簡便化され、なでられる動作に対してセンサーへ無理な力が加わって変形しないように変更
・マイクの取付位置がおでこから鼻に変更。鼻の下部に小さな穴が開いています。
ドクターは、開頭手術の際にかつらを取るために結束バンドを切るだけです。これで開頭手術ができるのですから日本中のドクターはきっと大喜びだと思います。
(着ぐるみ部)
両手のスイッチの配線をうで内部に埋め込み縫製をして、着ぐるみは完成です。ドクターは、手のひらスイッチが動作しなくなったときだけ、うでの切開をして手当をするだけです。この時だけは全国のドクター(の多く)は、目を細めながら針を持ちます。
(胸部レントゲン)
・スピーカが頭部から胸部へ取付位置が変更
・寝かしつけセンサー、スピーカの組み立てが簡便化されています。
新制御基板の主な部品と機能回路は下記のようになっています。
(新基板)
(旧基板)
制御基板の変更点としては、
・姿勢センサーが3段階から2段階になり制御基板に傾斜センサーを実装
・リチウム電池によるバックアップが電気二重層コンデンサに
・メモリがsub基板から、制御基板に実装
スイッチ基板については、回路の変更はありません。ただ、制御基板への接続が単線からフラットケーブルに変更になっていますので、組み立て原価低減や信頼性の観点からも品質向上になっています。
(新基板)
(旧基板)
(カーボン印刷層薄部)
・電池フタの開閉スイッチがカーボンの櫛歯印刷と導電ラバーのスイッチになっています。スイッチの動作頻度は低いのでこれで良いのでしょう。
反面カーボン印刷の櫛歯パターンと導電ラバー接点が常に圧接状態なので、電池交換時に導電ラバーとカーボン印刷パターンが離されるときに、導電ラバー接点にカーボン櫛歯印刷パターンが持って行かれる可能性を秘めています。
また、カーボン印刷時にスイッチ基板の表裏の導通を持たせるための穴にもカーボンインクが流れこみますが、穴上面円周上の角部の印刷層が薄くなるので経時的な変化も注意点です。信頼性を上げるために穴を2個ずつ持たせていますが。
ただ、このスイッチが正しく動作しないとネルルが動作しないので、確認ポイントには違いありません。
(胸部血管撮影)
部品配置図です。
回路図です。なお、部品実装上の関係で名前のないもの、名前がダブっているものについては( )で囲って回路図に書いています。
回路を知ると入出力機器との関連がわかり診断がしやすくなります。
身体検査を終えたので、3.3Vのレギュレータ出力部にユニバーサル電源をつなぎ電源ラインの様子を観察しました。
まぶたが動き始めるときに40mVくらい変動し、モータが回転中は30mVくらいの変動とスパイクノイズが見られます。
モータの両端子間にセラミックコンデンサを接続してみました。接続前よりは、微分回路として働くのかノイズは大きくなりました。また、まぶたの動きがスムーズに動かなくなるようです。開閉する時間が長くなっています。
モータ両端の104セラミックコンデンサを外し、レギュレータ出力部に220μFのコンデンサを追加してみました。
ノイズという観点からすると、この状態が最も良いようです。
負荷電流を測定しました。電源ラインに1Ωの抵抗器を挿入してその両端の電圧変化で電流値を測定します。
まぶたが動き出す時はピークで400mA、まぶたが動いている間は300mA流れていることがわかります。パルス波なのですぐにレギュレータが破損することはないかもわかりませんが、上限値を超える使用状態が続くことは、ICの寿命を縮めることになり部品の選定に問題はなかったのでしょうか?
他のドクターのカルテを拝見すると、このレギュレータの破損が出てきます。New ネルルで全く動かない症状でしたらこのレギュレータの出力を確認してください。もし、破損していましたら1段多く電流をながすことができる”ME6211A-33”、”HT7833”などがあります。ただ、ネルルの生産上の関係か、ある時期以降なのかHT7833を使用しているネルルでも破損しているカルテもあるので別の対策が必要なのかもわかりません。220μFのコンデンサも追加しておいた方が良いと思います。ドクターのみなさんからのカルテが集まると治療も迅速に行えます。
レギュレータ待ちです。入荷しましたら完結編を投稿します。
完結編は、下記のリンクからどうぞ。
夢の子ネルル Ver3(リニューアル版)の治療が終了しました。 - 新館 おもちゃ病院さど Doctor_Rの治療カルテです。 (goo.ne.jp)
2022/01/17 一部回路図修正加筆しました。
2024/04/19 一部内容を修正しました。