週に3回、4時間くらいかかる人工透析を続けながら三線を楽しみ、
沖縄旅行もし、長距離ドライブも楽しむアクティブなYさん。
今回は、ムードメーカーのYさんのトークが炸裂しました。
―沖縄音楽にはまったきっかけは。
最初に三線を聴いたのは西表島。由布島にいく水牛車の上で、おじさんが弾いてくれたの。
曲は何もわからなかったけれど、三線の音色が良くて、いつか弾いてみたい、機会があれば習いたいと思っていました。
音楽?これまでは特に何もしてないです。氷川きよしの追っかけだけ。でも唄は好き。カラオケにはずいぶん月謝を払いましたよ。
飲めないのに、スナックに飲みに行っては唄って、お店に月謝をたくさん払いました。
―で、実際に三線を習い始めてどうですか?
三線を弾くだけかと思ったのに、唄がついてたから「うわぁ失敗した」と思いました(笑)。
唄はいいのよ、好きだから。でも三線も弾かなきゃいけないから。芸能人の歌手は唄だけでいいのだもの、「氷川きよしはいいなあ」って思ったわよ。
でも、月1回の初心者クラスは毎回宿題が出るんで、一生懸命やりましたよ。
今なら「じんじん」とか簡単に弾けるけど、最初は精一杯で、ウマの向きすらわからなくて、(先輩の)K原さんを呼び出して練習しました。
K原さんには私が一番お世話になったと思います。
―習い始めてから2年経たないうちに、沖縄でのコンクール新人賞に挑戦。Yさんはそのムードメーカーでした。
師匠が「新人賞だけは受験してほしい。勉強の仕方が身につくから」とおっしゃったので、一緒に習っていた初級クラス同期の人たちに、「1人で出るのもみんなで出るのも一緒だから(?)、みんなで出ましょうよ!参加することに意義がある!がんばろう!」と誘って4人で出ることになりました。それからは毎日、5分、10分でも練習しました。
-コンクールの舞台はいかがでしたか。
私、唄う順番が1番だったんです。
本番前に一度舞台の上に立ちたいな、と思っていたんですけどオロオロしているうちに始まっちゃって。
舞台に立ってからは師匠にいわれたとおり、目線は動かさず、客席に誰がどこにいるのかも、聴きにきてくれた主人がどこにいるのかも、審査員の先生方が何人いるのかも、何にもわからないまま唄いました。
-その結果、初挑戦で見事合格。
少し間違えたのでこれはもうだめだと。主人も「また来年ついて来なければならないな」と思ったそうです。
師匠に「すみません、また来年リベンジします」と。気が重くて、暗~い気持ちで、半べそかきながら翌日、石垣島に行ったんです。
合格発表はその翌日で、夕方、サンセットディナークルーズに行く途中、K原さんから「受かったよ」という電話が。
それからはルンルンの旅でした。
―週に3日間、人工透析治療を受けながらお稽古を続けています。
透析開始から10年目になります。
不整脈と吐き気でしんどくて、透析の翌日は会社に行っても午前中は動けなくて横になっている状態です。
道場に入って数か月は、いつも「練習しなければいけない」という焦りがあったんですけど、体調が悪くて練習もできない。
それで、数か月たってからは「もう焦るのはやめよう。生ライブを聴きに行くつもりでとにかくお稽古に行こう」と決めてからは楽になりました。
家にはいつも三線が立ててあるんですが、それを見て「ああそこに三線がいるんだなあ」と思うだけでも癒されますね。
家ではいつも具合が悪いんですが、お稽古に行って帰ってくるとものすごくテンションが上がって元気になっている。それを知っている主人はいつも「稽古は休まず行け」と言うんです。
-最後に、東京横浜三線道場の良いところを教えてください。
みんな仲良し。新人も旧人も関係なく、みんな分け隔てなく仲良しなのがいいと思う。
師匠の人柄でしょうね。みんな親切だから誰でも入れる。
個性豊かな人たちなのに、団結力はすごいです。
現在、Yさんは怪我のあとのリハビリのため、休会して静養中です。
でも、昨年の合同発表会の際には横浜からはるばる沖縄まで来てくださりやっぱりアクティブ。
早くお元気になって東京横浜三線道場に戻ってきてくれるのを待ってます!
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