ヒラギノというフォントをご存知だろうか。
私は以前、仕事で行書体を使う必要に迫られ、Windows標準の書体にどうしても納得が行かなくて、このヒラギノというフォントのパッケージを買ってインストールしたことがある。
たしか当時1万円前後を支払ったように思う。まあ、仕事に使うということで経費で落としたから個人の財布は痛まなかったが、たかがフォントが一つCDに入っているだけで(厳密には等幅とプロポーショナルの2フォントだったが)1万円とは、高いものだなぁと思った記憶がある。
しかし、さすがに一流メーカーが販売している有料ソフトだけあって、均整の取れた美しいフォントだった。
それからしばらくして、かのカリスマ経営者スティーブン・ジョブスがNextStepを手土産にアップルに返り咲き、それがMacOS Xとして装いも新たにMacintoshに搭載された。
そのMacOS Xの日本お披露目の際、アメリカから駆けつけたジョブス氏は、熱狂するマック・ファン及び一般マスコミの注視するステージ上で「とって〜も美しいヒラギノフォントも標準搭載してマ〜ス」などと言っていた。
テレビか何かでその様子を見た当時の私は「ヒラギノフォントなんて日本人でさえほとんど知らないよ」とか「いや〜日本語フォントが美しいかどうかなんて、アメリカ人のジョブスさんには分からないでしょ。営業トークにしても、もうちょっと違うこと言ったらどうか」などと生意気なことを思っていた。
時は流れ、カリスマ経営者ジョブス氏もついに他界され、彼の経歴や人となりが改めて人々の注目を集めた。
その時私は初めて、彼が学生時代にカリグラフィーに熱中していたという事実を知って、十年前の彼の演説を思い出し、「ああ、なるほど」と腑に落ちた。カリグラフィーというのは、私も良く知らないが、金属製のペン先を使って美しく装飾的なアルファベットを手書きする、西洋における書道のようなものらしい。だとすれば、ジョブスは美しい文字に人一倍のこだわりを持ち、また、美しさを評価する訓練を若いときに受けていたということになる。
審美眼というのは持って生まれたセンスも大事だが、多くは訓練によって培われるものだ。そして訓練によって身についたセンスは得てして近傍のジャンルに対しても有効だ。フランス料理を学んだ西洋人のシェフの味覚が、日本の寿司に対しても有効であるように、漢字の意味は分からなくてもジョブスは美しい日本語フォントを見分ける力があった可能性は高い。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます