私は、博多駅に着きました。
懐かしい光景が私の目に入ってきました。
何度、この駅を利用した事でしょう、すれ違う人達もなぜか、親しい友人のように感じられて、胸がつーんとなりました。
この駅、高校の頃、ラグビーの遠征や合宿へ向かうのに何度も何度も乗った。
いつも、亡くなってしまった親友が、田舎ものの私を、遠征へと一緒に連れて行ってくれた。
私は、前原駅に時間通りに電車に乗り、今宿駅で親友たちと会えば、間違いなく試合会場に行けた。北九州でも久留米でも佐賀でも、大分でも。
博多駅イメージは、疲れた体でスポーツバッグを持っている自分の事しかない。
今でもそうである。
博多駅、私の青春時代のイメージは汚れたジャージが入っているスポーツバッグである。
確か、思い出話としては、新人戦の準決勝で筑紫高校に負けた時に、映画を見た。
当時、博多駅には、『ステーション・シネマ』という映画館があり、500円で映画が見れたのである。再上映ものが主体であるが。
ラグビーの試合に負けた我々は、ガックリとしていた。久留米からの帰りに博多駅に着き、誰の提案でもなく映画を見に行こうということになり、『ステーション・シネマ』に行った。
映画は、『蒲田行進曲』であった。
ご存知の通りの映画で、大変、感動したのを覚えています。
私は、博多駅から地下鉄空港線~筑肥線へと乗り換えました。
・・・つづく
懐かしい光景が私の目に入ってきました。
何度、この駅を利用した事でしょう、すれ違う人達もなぜか、親しい友人のように感じられて、胸がつーんとなりました。
この駅、高校の頃、ラグビーの遠征や合宿へ向かうのに何度も何度も乗った。
いつも、亡くなってしまった親友が、田舎ものの私を、遠征へと一緒に連れて行ってくれた。
私は、前原駅に時間通りに電車に乗り、今宿駅で親友たちと会えば、間違いなく試合会場に行けた。北九州でも久留米でも佐賀でも、大分でも。
博多駅イメージは、疲れた体でスポーツバッグを持っている自分の事しかない。
今でもそうである。
博多駅、私の青春時代のイメージは汚れたジャージが入っているスポーツバッグである。
確か、思い出話としては、新人戦の準決勝で筑紫高校に負けた時に、映画を見た。
当時、博多駅には、『ステーション・シネマ』という映画館があり、500円で映画が見れたのである。再上映ものが主体であるが。
ラグビーの試合に負けた我々は、ガックリとしていた。久留米からの帰りに博多駅に着き、誰の提案でもなく映画を見に行こうということになり、『ステーション・シネマ』に行った。
映画は、『蒲田行進曲』であった。
ご存知の通りの映画で、大変、感動したのを覚えています。
私は、博多駅から地下鉄空港線~筑肥線へと乗り換えました。
・・・つづく