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浄土の話(4) 浄土教の弱み

2011-07-14 00:06:08 | 高森光季>仏教論2・浄土の話

 大乗仏教の経典というのはおしなべてそうなのですが、ガウタマ・シッダッタさんが述べたものではありません。どれも「如是我聞」(私はこう聞いている)という形で、「仏説」と主張していますが、もちろんそれは、ありていに言えば「嘘」です。
 この問題は、日本では明治になって、原始仏教の原典研究が進むとともに、大問題となっていきました。「大乗非仏説」――大乗仏教の教えはブッダの教えではない、ということです。
 今ではもう当たり前のことになっていますが、文献学的に見れば、法華経も、浄土三部経も、密教諸経典も、お釈迦様とは関係ありません。浄土三部経のうち『観無量寿経』は、インドの原典が見つからないので、中国か中央アジアで成立したものではないかとさえ考えられています。(ちなみに法華経は紀元一世紀頃の成立と考えられていますが、どこで誰が編纂したのかはまったくわかっていないようです。)
 信仰(あるいは思想)の根拠にしている本が、出処由来のわからないものであるというのは、かなり重大な問題です。もちろん、「ガウタマ・シッダッタの直説のみが正しく、それ以外のものは間違いである」ということにはならないにしても、典拠となる正統性とか、権威による保証といったものがないと、へたをすれば「何やら怪しい文書と違う?」と疑われてしまう。

 このあたりのことを、昔の浄土教提唱者たちがどのように思っていたのか、よくわかりません。仏様というのは永遠の“神のような存在”で、経典とされるものは皆その永遠のブッダの教えとされているものなのだから、ありがたく拝読すればよい、と思っていたのか。それとも、やはり仏教諸派の中で、どちらが正統だとか、どれは間違った教えだとかいう論争(平安初期には「教相判釈」が熾烈だったようです)があったくらいだから、信憑性・正統性にはかなり悩んだのか。
 法然や親鸞は、当時の仏教主流派に戦いを挑んだ面があったから、案外、典拠の正統性論証には苦心したのかもしれません。親鸞が『教行信証』で、自分の主張を展開するよりも経典への論及に集中したのは、そういった経緯があったのでしょう。そして親鸞は、浄土教は龍樹(ナーガールジュナ)の『十住毘婆沙論』や、世親(ヴァスバンドゥ)の『無量寿経優婆提舎願生偈』にきちんと論じられているとし、龍樹を「七高僧」の第一祖、世親を第二祖として、正統性の根拠にしています。中国浄土教の祖・曇鸞だけでは正統性が不十分だと思ったのかもしれません。
 (ちなみに龍樹という人物――スーパーマンみたいな人ですが――に関してはよくわかっていないところが多く、複数説もあるようです。『十住……』は龍樹著作ではないという見解もあります。)

      *      *      *

 世親(唯識の大成者)が論じ、鳩摩羅什や菩提流支(いずれもインド人の仏教僧翻訳家)が訳したのだから、仏教としての認証は得られている、というのは仏教界内での信憑性論議ですけれども、仏教外で、さらには近代的な「知」の場面で、信憑性があるかというのは、また別の話です。
 端的に言えば、近代の一般人に、阿弥陀仏や浄土の「信憑性」を言い立てられるのか、ということです。「それ本当なんですか、ソースは?」「浄土三部経……」「それ誰がいつ書いたもので、どれだけ信憑性があるの?」

 いや、こういう問題は、別に浄土三部経や法華経だけでなく、ほぼすべての宗教文書に対してあてはまるものだと言えます。福音書に書かれたイエスの奇蹟が事実だという証拠はあるの? ブッダは解脱したというけれどもそれが事実だという証拠はあるの?……
 ただ、ある人が、長年の求道生活や超越的体験を基に、「思想」「哲学」を開陳した場合、それは必ずしも真偽論ではない、「説得性」という評価基準があるように思われます。パウロの贖罪論にしても、道元の只管打坐論にしても、真実か否かという点で見られるのではなく、「説得性」「共感」といった点において、意義があると思います。このあたりは非常に難しいところなのですけど、どうも、哲学や思想というのは、真偽とは別の範疇に属する「価値」があるのかもしれません。
 ただ、阿弥陀仏と浄土の問題は、哲学・思想というものではありません。それは「実在」を主張する言説です。法蔵菩薩が実在し、阿弥陀仏になったことが事実で、浄土が実在するということでないと、浄土教は本来、成立しないはずです。(まあ、法華経の諸言説もそうだと思いますが。)
 つまり、事実を、「実在」を主張する教義でありながら、肝心の主人公の実在もわからず、文書の編纂者もわからない、というのは、これはかなり弱いと言わざるを得ない。

 ……と書くと、「お前は浄土教学を全然理解していない」と怒られそうです。でもですね、「三願転入」とか「真実と方便」とか「他力と自力」とか「現生正定聚」とか、いろいろな議論は、阿弥陀仏と浄土の“実在”抜きには意味がないのではないか。いや、逆に、阿弥陀仏と浄土の“実在”さえ得心すれば、特別な議論などはいらないのではないか。そこで「信心」を持ち出したり、「内面の問題」と位相を転換させたりするのは、結局浄土の“実在”を証しできないということではないのか。
 ……おっと、ますます誹謗正法の暴漢みたいになってきたかな。でもですね、私はある意味では「浄土」は実在すると思っているわけですけど……

      *      *      *

 浄土を証しする方法は、何があるでしょうか。
 一番はっきりするのは、誰かが浄土往生し成仏して、再び衆生を救うためにこの世に戻ってきたということを明言することでしょうかね。ただ、「私は仏になって戻ってきた」なんて言う人は、傲慢になってしまうから、そうそういないでしょうけれど。
 (これ、余談で内緒の話ですけどw、どうもそう自覚していた人がいないではないようです。これは当て推量ですけど、ひょっとすると弘法大師は、それに近い自覚があったのではないか。もう一人、現代に生きている人で、某教団の教祖の方は、文章にはして公にはしていませんが、そう自覚されているようです。前世は高名な僧侶だったそうです。確かにたくさんの人を教え導いているすごい方なので、私はそれ否定してませんw。法然上人はどうだったでしょうか。私は敬愛する歌人・式子内親王が法然上人の大ファンだったという話――たぶん割合最近明らかになった説――を聞いて、ものすごく魅力的な人だったのかなと思ったのですけれども、生涯についての記述を読んでも、あまりよくわかりませんでした。親鸞さんが「法然先生にだまされるんだったら地獄へ行ってもかまわないよ」と言ったそうですので、それほど人を魅する力があったということなのでしょうか。そして親鸞聖人は……ちょっとよくわかりません。)
 スピリチュアリズム風に言うなら、浄土にいる人が「通信」を送ってきてくれればいいということもありますが、これはなかなか難しいでしょうね。どなたかが法然上人や親鸞聖人の「霊界通信」を受け取ってくれたりしないものでしょうか(笑い)。
 あるいは、修行によって浄土を「見た」とか、阿弥陀仏にお会いしたという証言がなされる、ということもあるでしょう。これは鎌倉浄土教の興隆以前に、天台宗の常行三昧とかでも追求されたことです。平安末期の融通念仏宗開祖・良忍上人(1073-1132)は、念仏中に阿弥陀仏と会い、「弥陀の妙偈」という言葉を受けたと言います(「一人一切人 一切人一人 一行一切行 一切行一行 是名他力往生 十界一念 融通念仏 億百万遍 功徳円満」)。また、阿弥陀仏から阿弥陀仏自身と十体の菩薩を配した絵が描かれた白い絹を授与されたとも言われています。
 ほかにも高僧伝や往生伝などを調べると、こういった事例が見つかるのかもしれませんが、そこまで勉強していません。上古から中世には、案外、「この世から浄土を覗く体験」はあったのかもしれません。近代の学者さんたちはこういうものを問題にしないでしょうけれども。

 そして、もし浄土が証しされるものであるなら、余計な教義はいらない。ただ浄土の“実在”を示し、阿弥陀仏を信じて願うように促せばいい。それが最大の他者救済であって、余の必要はない。衆生済度は後に仏になってたっぷりできるのだから。だから教団を作る必要もない。集まって修行する必要もない。宗教そのものも要らない。

      *      *      *

 結局、浄土教は「思想」になっていった。どうしてもそう思わないわけにはいきません。特に近代以降は。
 (また悪たれ口を言えば、仏教の人は理屈が好きですね。もともとインド思想がそうだし、仏教哲学は特にそうですから、伝統的にそうなのだということなのでしょうけれども、ちょっと理屈に淫してはいませんか、……と、お前が言うな?w)
 しかし、浄土往生――端的に「死後」の問題――は、思想・哲学の問題ではないと思うのです。(私は思想・哲学をやっているつもりはありませんのですがw)


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8 コメント

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空海の場合 (今来学人)
2011-07-14 14:30:25
空海が自覚あった無かったについてですが、私が言うのもなんですが、自覚はかなりあったと思いますよ。その場合、「最新の仏教、つまり密教を日本にも伝えて世間に広めたい」というような意識がかなり強くあったように思います。世間といってもまずは国家、天皇に密教の凄さを分かってもらうことが先だったように思いますが。

末木氏などが最近、近代の親鸞像の見直しを言ってますが、近代はある種ターニングポイントなのかもしれませんね。高森さまのご意見を拝聴してその思いがますます強くなりつつあります。無視出来ない時代ですね。近代は。
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密教の呪術性 (今来学人)
2011-07-14 14:45:25
ちなみに密教の加持祈祷がその効力と意味合いを公的に言えなくなってくるのもこの時代です。近代以降、末木氏の言うプロテスタント的な仏教が主流になってからはそういう呪術面が言いづらくなってますし、他派からも批判されます。これは考えなくてはならないテーマです。
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追加 (高森光季)
2011-07-14 19:16:07
 まずは追加です。
 向こうへ行って還って来たという証言ですが、親鸞聖人は師・法然上人に関して、『高僧和讃』でこう述べていました。(そうでした、これがありましたよ。)
 源空=法然上人は、自ら「昔、釈迦の説法を聞いた、三度この世に生まれた」と言っていたと言い、人々は「法然上人は道綽禅師か善導大師の生まれ変わりだ」と噂していたというのです。
 また、金の光を放ったとか、臨終時には光・音楽・芳香が出現したといった「超常現象」もあったと言っています。讃仰のゆえの作話か事実なのかはわかりません。
 (現代語訳は真宗大谷派西覚寺光輪会ホームページ http://www.biwa.ne.jp/~takahara/kousan00.htm を一部修正して引用させていただきました。)
 「源空存在せしときに 金色の光明はなたしむ 禅定博陸まのあたり 拝見せしめたまひけり」(104)(源空上人がおいでになったとき、身から金色の光を放たれた。関白藤原兼実はその光明を、まのあたりに拝見された)
 「本師源空の本地をば 世俗のひとびとあひつたへ 綽和尚と称せしめ あるいは善導としめしけり」(105)(源空上人の本来のお姿を、世の人々はいい伝えて、道綽禅師の生まれかわりといい、また善導大師であるとも話し伝えていた。)
 「命終その期ちかづきて 本師源空のたまはく 往生みたびになりぬるに このたびことにとげやすし」(111)(いのち終わるときが近づいたことをさとられて、本師源空上人は弟子たちに語られた。浄土に往生するのは、今回が三度目になるけれども、今回は心残すことなく、浄土に帰っていけると。)
 「源空みづからのたまはく 霊山会上にありしとき 声聞僧にまじはりて 頭陀を行じて化度せしむ」(112)(源空上人がご自身からおっしゃった。釈尊が霊鷲山で法会を開かれた時、私は仏弟子の方がたといっしょになって、修行し托鉢に出ては、人びとを教化していたものだと。)
 「粟散片州に誕生して 念仏宗をひろめしむ 衆生化度のためにとて この土にたびたびきたらしむ」(113)(粟粒を散らかしたようなこの国に誕生して、念仏の教えを広めてきた。人びとを導き救うために、この国には何度も来たものであった。)
 「阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ 化縁すでにつきぬれば 浄土にかへりたまひにき」(114)(阿弥陀如来が人びとを導きすくうために、本地源空上人となって現れてくださった。教化のご縁が終わったので、浄土に帰っていかれたのだった。)
 「本師源空のをはりには 光明紫雲のごとくなり 音楽哀婉雅亮にて 異香みぎりに映芳す」(115)(源空上人のご臨終には、光明が紫の雲のようにたなびき、音楽が悲しみに満ちて清らかにひびきわたり、常にない香りが馥郁と満ちていた。)

 また、讃には、恵心僧都源信について、
 「源信和尚ののたまはく われこれ故仏とあらはれて 化縁すでにつきぬれば 本土にかへるとしめしけり」(88)(源信僧都は、「私もと仏であったが、人々を導き救うためにこの娑婆世界に生まれ出てきた。しかし、なすべき仕事が終わり、教化の縁が尽きたので、阿弥陀仏の本国に帰っていく」と告げられた。)
 とも言っています。
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今来さまへ (高森光季)
2011-07-14 19:41:35
 何度も言ったことかもしれませんが、近代仏教は唯物論に屈服したんですよ、やっぱり。
 (その点、まだキリスト教の方が頑張っていると言えます。)

 で、残ったのが、禅と中観・唯識。特に「空」哲学ですね。まあ、それで行かれるのなら行かれたらよろしいでしょうと思いますけど、だったら葬式はやめたら?みたいに思います。駒澤大学名誉教授の佐々木宏幹先生は、「空でご飯が食べられますか」と冗談でおっしゃったことがありますけど。
 日本仏教(禅を除く)を全否定するのですか、と。

 私は仏教の方々には聞いてみたいと思うわけです。「唯物論でいいんですか?」と。まあ、「物もないんですよ」と言われるのがオチかな(笑い)。そういう時は虎をけしかけるか……

 そうだ一つ思い出しました。今来さんにご教示をいただきたいと思っていたことがあります。
 弘法大師の偈に
 「生き生き生きて、生の始めに閃し、死に死に死にて、生の終わりにまた暗し」
 というのがあるそうですが、これはどういう意味でしょう。
 ある先生からこれを聞いた時、「生き生きて生に暗く、死に死にて死に暗し」と変えて聞いてしまったようで、その時、「ほう、これはすごい」、つまり輪廻の間は死んであちらへ行っても無明ということを言っているのだと思ったのですが、どうも原文は違うようですね。
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Unknown (今来学人)
2011-07-15 09:42:38
「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し」は『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)という書物の序に記されている文章です。有名ですよね。『宝鑰』は『十住心論』の略本と言われてます。人間がいつまでも輪廻しているさまを空海得意の詩で表現したものです。空海は同じ言葉を何度も繰り返すという表現を好みます。嵯峨天皇からは仏教者というよりも漢詩などの文学的素養に富んだ僧侶と見られていたようです。

高森さまの意図されていることと大差は
ないように思います。

唯物論に屈したとは手厳しいですが、間違いはないと思います。

「空」で飯は食えないですが、その理念は知っておきたいところです。たとえば上司がよく使う比喩として人参の喩えがあります。人参一本がどのような条件(農家の努力、日光、水)のもとで今我々の目の前にあるかを考えなさい、と。仏教的に言えば、これは縁起もであり、空でもあります。しかしこんな考えかたなんぞは農家の人なら誰でも知っているというんですよ。それを聞いた上司はショックを受けたと語っておられました。哲学としての縁起とか空とかいう難しい言葉は必要ないと思いますが、理念は心得ておかねばならないと思います。
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今来さまへ (高森光季)
2011-07-15 18:37:04
ご教示ありがとうございました。

「空・無自性」は、現代物理学や構造主義に通じるもので、「一面の真理」だと思います(世界はヒモでできているw)。また、欲や執着を解毒する「方法」として有効だと思います。
で、もう一方の極に、別の真理がある、それは「イデア論」だと思っています。
人参もやはり「イデア」だ、と……w
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Unknown (今来学人)
2011-07-16 15:48:04
イデア論についてはまた色々お聞きしたいところです。

関係ないですが、最近、田口ランディの『アルカナシカ』を読みました。スピリチュアリズムからは、はずれているように思いますが、高森さまなどの専門家からご意見をお聞きしたいところです。私は面白く読みました。変人扱いされるかもしれませんが。
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Unknown (高森光季)
2011-07-16 18:40:15
恥ずかしながら、読んでません。そのうちにと。
スピリチュアリズムからはずれているというより、スピリチュアリズムがはずれすぎているのかも(笑い)。変人はむしろこちらでしょう。
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