月の都 太陽の檻

主に、鬼滅の刃二次創作サイトお知らせ用。
『月の都 太陽の檻』
https://www.tsugikuni.com

完結『ミモザとアップルティー』・参・

2022-03-09 09:44:00 | ss:novelー継国巌勝―

おはようございます。今日も宜しくお願いします~。

本日で完結です(後書きはサイトのみ掲載です)。サイトには13日からUP、scheduleは明日変更します。

暇つぶし・息抜きにどうぞ♪

 

 

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・参・

 

 白いパラソルが音を立てて床に倒れた。

「あ! ごめんなさいっ」

 店内に響き渡った音に数人が振り返り、朱乃は、顔を真っ赤にして言った。席を離れて屈んで取ると立ち上がり、ふと、窓の外に目が行く。

『あ!!』

 大きく心の臓が跳ねた。

『継国先輩…!』

 ミモザのブーケを抱えた、継国神社の跡取息子が、軒下に滑り込んできたところだった。きっと突然の雨に、坂を、駆け上ってきたのだろう。

 ブーケが傷まないように抱えつつ、私服についた大量の雨粒を払い落としている。何度も空を見上げる面が、悪態を吐くようだったり残念そうだったり。或いは仕方ないかと笑ってみせたり。ころころと変わる表情に、思わず、パラソルを胸に抱いたまま魅入ってしまった。

 ふと、

「「!」」

 振り返った彼と窓越しに、目が合った。

 肩が一瞬で縮こまって上がり、耳朶まで真っ赤に染まるのが分かる。体中が熱で火照って、

『どうしよう! 目が合っちゃった…! この季節、ここに通ってるの、ばれてる!? ううん、分からないわよね、知らないわよね!』

 身動きできずにいると、相手はぺこり。と無表情で頭を下げて、店内に滑り込んできた。

『はわわわ…』

 心臓の音が耳に大きく聞こえ、腰が抜けたように席に着いた。卓上に広げていた『菫色のdiary』が目に入ると慌てて、仕舞おうと手を伸ばす。

 だが、震える手は照準を誤り、ソーサーに当たってカップは倒れた。

「あああっ」

 間一髪、日記が濡れることは免れたが、卓上に零れた紅茶にはすっかり青ざめて、

「大丈夫? か?」

 見上げて差し出された布巾と相手に、また、心臓が止まるかと思った。

「は、は、はい…ありがとうございます…っ」

 布巾を受け取ると、彼はミモザを向かいの席に置いた。倒れたカップを手に取り、もう片手で、溢れる紅茶を零さないようにソーサーを持ち上げて、カウンターに運んでくれる。

 手際の良さにほう…と吐息が漏れて、その音に自分で驚くと、

『静まれ…心臓! お願いもうやだ聞こえちゃう! ああんかっこいいよう先輩! 違う違う、そうじゃなくって!』

 きゅ。と口を真一文字に引き絞って卓上を拭いた。恥ずかしさで、涙が込み上げてきそうだった。

 テーブルを綺麗に整えては、ミモザを取りに戻った彼とすれ違い、布巾を戻そうとカウンターに近付く。

 オーナーがこちらを向いて、柔らかな笑みを零しては、彼の方に視線を飛ばし、

「あ。今日はそこでいいよね?」

『はああ!? オーナーナイス! じゃな~い!! 無理だってば! なんで!?』

 飛び上がりそうになった。

「ね? 朱乃ちゃん? お礼しないとね?」

「あ、あ、あ…そうですね、そうです…はい」

「同じのでいいかな?」

「は、はい、はい…え。あ。うーん、いいのかな?」

『聞けないよ!! オーナーのバカあ! ごめんなさいっ!』

「えーとおぉ。はい…」

 何度も首を縦に振ると、オーナーはすぐ隣の火元へと寄った。

 仕方なく、席に戻る。

 仏頂面の彼は、席には着いていたが、ミモザを抱えたまま外を見ていた。

『そうよね。迷惑よね…』

 俯いて、スカートの裾を強く両手で握った。

『どうしよう…会話。何か、会話…』

 間が持たない。感情のジェットコースターに、眩暈までしそうだった。

 オーナーが紅茶を淹れて卓上に運んでくれるのを見ては、つい、救いの眼差しを向けた。が、彼はにっこり微笑んで頷いたきり、戻ってしまった。

『う~~~~、…そうだ!』

 思い立ったのは、

「あの!」

「…」

 彼はゆっくりと、こちらを向いた。

「その節は、お世話になりました」

 テーブルに額が当たるのではと思われるほど、勢いよく頭を下げた。

 再び紅茶のカップを倒しそうになって、取り乱す。「ひゃっ」と声が漏れると、彼のくす。という笑いと共に、

「…何か、あったっけ?」

 何度か深呼吸してから顔を上げる。訳が分からない、そんな表情に苦笑う。

「お父様。兄の挙式で継国神社(つぎくにさん)にはお世話になって」

「…そう、だったんだ?」

「はい。何度か一緒に挨拶に行ってて…山の上では足の悪い祖母には辛いだろうって言う兄に、式は麓の分社で挙げてくれたんです、お父様」

 彼の顔が、思案気になった。

 反応しているのは分かったが、喋ってはくれない。

 とくん。と胸の奥に雫が落ちて真っ暗闇に落ちかけた時、

「聞いていい? かな」

「え? あ、はい!」

「何度か挨拶に、って…」

「あ…。兄が彼女さんには内緒で幾つか前もって候補を見て回るのに、私が継国神社を推したんです。それで、夏休みの終わり頃、何度か一緒に…」

「! そっか…! そうだったのか…!」

『え? え、え…?』

 次第に明るくなる彼の表情に、戸惑った。

 ただ、初めて自分に向けられた、笑顔の様な気がした。それが何より、嬉しい。沈みかけた闇には朝日が昇ったようで、つい、

「ミモザ」

「ん?」

「お好きなんですか?」

「あ…」

 彼がまた、考え込んだ。

「う~ん~…、好きな人が好きなんだ。多分」

「え…?」

「好きだよ」

 ドキッとした。

 真っ直ぐ見て言われたからだ。

 朱乃はなんとも言えない顔になって、

「私も。…好き」

 困ったように見つめ返した。

 その瞬間、互いの小指の、細い糸が見えた…否、繋がった気がした。だが、淡いそれがしっかりとした赤いそれになる前に、目を逸らす。

「ミモザ。好きなんです。このお店に飾られてるのって、継国先輩が運んでらしたんですね」

「……。……うん」

 ゆっくりと、二人の間を紅茶の香りが渡った。

 互いの小さな吐息を繋げるような、甘い香り。

 ふと、彼がカップを口元に運んでは喉を潤して、

「美味しい。これ、…なんの紅茶?」

「あ。アップルティーです…」

「これも、好きなんだ?」

「はいっ」

 思わず笑顔になった。ただ、少し引き攣ったようには思えた。

「そっか!」

 同じように笑顔になった彼にはほっとして、紅茶に視線を落とす。腿で祈るように組んだ手が、小刻みに震えた。

『好きだよ』

 先の彼の顔が浮かんだ。

『…いいよね。少しくらい勘違いしても。幸せのお裾分け、させて貰っても』

 無言で彼が紅茶を頂く空間に、時計の針の音だけが響くようだった。妙にはっきりと、耳に大きく聞こえた。

『好きな人、いたんだ…。先輩……』

 やがて彼が「ご馳走様。ありがとう」と言った。ミモザを抱えて席を立った。

「こちらこそ…」

 見上げて首を横に振ると、彼の眼差しが先程と同じく、真剣なものになった。

「ミモザを好きな女性、そうそういないよ。…俺なら、泣かせない」

「!」

「…またね」

 カウンターへ向かった彼が、ミモザを渡しつつ二人分の会計を済ませるのを見た。

 え、と思うが、彼はもうこちらを見向きもせずに、店を去って行く。

 思わず、立ち上がった。

 扉の鈴が大きな音を立てて開いては閉まり、雨の上がった外の景色が自然と目に入る。心臓が早鐘を打ったように鳴り響いて、知らず、胸元に手に当てその手首を掴んだ。

「朱乃ちゃん!」

 びくっとした。

 厳しい声だった。

「オーナー…」

 見ると、彼が真っ直ぐ扉を指さした。

 背中を強く、押された気がした。

 はっとした。

 急いで席を離れた。扉を開けて、

「先輩!!」

 軽く身を折って叫ぶ。彼は、既にロータリーの端まで行き着いていた。

「あ…」

『聞こえなかった…?』

 そう思った矢先、彼が立ち止まり、振り返った。

「朱乃!」

「!」

 満面の笑みで、手が差し出される。まるで、「行こう!」そう、言ってるようだった。

「先輩…!」

 駆け寄り、手に手を重ねた。強く引かれ、肩を寄せる。

 二人一緒に空を見上げて、笑顔になった。

 石畳へと軽快に、一歩を踏み出した。

 

 

 その後。

 菫色のdiaryと白いパラソルは、溢れんばかりのミモザが纏められた、一つのブーケと引き替えに、持ち主の元へと戻った。

 オーナーは、その日も、二杯のアップルティーを差し出した。

 

 

ミモザとアップルティー・完

 

 

 

***

 

 駄文読破、お疲れ様でした! お付合い下さいました皆様、ありがとうございました。

 この話は後日譚へと続きますが、それはいつか。またの機会に~♪

 


『ミモザとアップルティー』・弐・

2022-03-08 12:16:15 | ss:novelー継国巌勝―

こんにちは。今日も宜しくお願いします~♪

直接連載中です。サイトには13日からUPします(後日schedule調整&報告します)。

暇つぶし・息抜きにどうぞ♪

 

***

 

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・弐・

 

 

 縁壱は柔らかな眼差しを向けてくると、

「兄上」

 囁いた。吸い込まれるようにその場に寄って、

「どうしてここに」

 放った声が裏返った。

 咳き込む。気を鎮めて自身を宥めた。弟が座っている席は、いつも自分が座る席の正面だった。

 仕方なく、向かい合わせになる。

 カウンターから豆を挽く音が聞こえて、恐らく、自分のために淹れてくれているのだろうと察した。オーナーがこちらの言動を遮ることがないのも、通った年月があればこそだ。

「…なんで」

 長い息を吐きながら、二度目の問いを投げた。

 縁壱は巾着袋から冊子を取り出すと、テーブルに置く。

 それは、菫色のベルベット生地のカバー、鍵のかかった分厚いノートだった。

『diary』

 文字の下、ノートカバーの中央には、手作りだろうか。色鮮やかなミモザの押し花を詰めた、ブローチが填められている。

 見覚えはない。

 疑問はそのまま面に出ていたようで、縁壱が言った。

「母上のです」

「!」

「不思議に思っていたのですよ」

 縁壱が微かに首を傾けて、淋しそうな笑みを浮かべた。

「兄上のことです。母上の命日を忘れることなど決してないはずなのに、毎年…墓参りにはいらっしゃらないので」

「……」

「でも、月命日には来てますよね?」

「…よく見てるな」

「ふふ。それで思い立って、蔵に仕舞ってある母上の荷物を整理してみたんです」

『その結果が、それか』

 巌勝は、視線をまた日記にやった。

 手に取ってみる。ずしりと重い。角を使えば鈍器になり得そうなそれに、

「読んだのか」

「いえ。鍵がなかったので」

「あ。なるほど」

 手首をひっくり返して裏を見、

『継国朱乃』

 母の文字を見た。

 やがて、燻る珈琲の香りに、日記を置いてそちらを見た。

「運んでも?」と物語るオーナーの目配せに有難く頷き、しばし間を置く。

 そっと置かれたカップに手をやって、口元に運んだ。

 挽き立ての濃い薫りが、既に美味しい。自然と笑みが零れて、一口含んだ。雨音が耳に届き、静かな午後の外を見る。

 縁壱が続けた。

「もう、遠い昔ですけれど。母上が、ミモザの花が好きだったことを思い出したんです。その表紙を見た時」

 カップをソーサーに戻した。

「この時期になると、墓前にはミモザが飾られていますし。いつだったか、鉢ごと花を供えたこともあったでしょう、兄上」

 巌勝は苦笑した。

「ストーカーか」

「失礼な」

 縁壱は真顔だった。

「お社の霊園の管理者から、連絡頂いたんですよ。『鉢、どうしましょう? お社で植え替えますか?』って」

「…あ」

「ふふ」

「その鉢から分かったのか、店が」

「ええ。あのミモザは迷った挙句霊園の一角に植え替えたんですが、その時花屋さんの住所と店名はメモで残して置いたんですよ。で、先日、そこでここのことを聞いたんです」

 縁壱はふ…と、オーナーを呼んだ。

「アップルティーを。お願いできますか」

「!」

 まさかの名前が出てきて、巌勝は慌てて言った。

「同じものを。俺にも」

「はい」

「兄上…」

 縁壱の瞳が嬉しそうに、一層優しさを帯びた。見つめてくる眼差しに己のそれを重ねて、同時に遠く窓の外を見る。

「こんな雨の日だったんですかね。母上。父上と想いを交わしたの…」

「らしいな。まさか母上の命日に、お前とその日を再現する羽目になるとは思ってもみなかったが」

 縁壱の笑声が漏れた。

 明るいそれに、母の姿が重なる。

『お前の優しさは、母親譲りだな…』

「アップルティーをここで二人で飲んだって、話してましたものね」

「ああ…」

 巌勝は伏せ目がちに笑みを一つ零すと、

「そういや心底驚いたって、父上が仰ってたよ。フラれた後だったから、勇気が要ったって」

「え?」

「え?」

 縁壱の声色に、自身も驚いて彼を見た。

「いやほら。数年越しだろ? 想いが叶ったのって」

「あ。ええ」

「二度も三度もフラれたって話してたぞ? 父上。一度目はバレンタインの翌日、二度目は夏の終わりの継国神社(うち)の境内、三度目は次の年のホワイトデー。母上はもう社にも来なくなって、更に数年後。大学の時、ここで偶然会ったって」

「…はい?」

 縁壱の面が微かに怪訝そうになって、考え込むように俯いた。

 空いた間がなんだか胸奥をたわしで擦られるようで居たたまれず、

「父上から」

「母上から」

「話を聞いたんだよな?」

「話を聞かなかったのですか?」

 同時に言っては、きょとんと顔を見合わせた。

 刹那、笑声が重なる。

「ちょっと待てよ…?」

 巌勝が無理矢理笑い収めながら言うと、縁壱が、

「母上は、その、バレンタインのずっと前から父上に片思いだったそうですよ?」

「なんだって?」

「住む世界が違うし、遠目に見ていられればそれだけで幸せだったんだけどって」

「嘘だろ…三度もフラれたって話は? じゃあ…」

「バレンタインの時の話は、母上、よく話してくれました。バレンタインの日に、飼ってた猫が死んでしまったそうです。それを、いつも傍にいられていつでも会いに来られる、大好きなミモザの木の根元に、翌日、埋葬したって」

「な…」

 巌勝は、これでもかと言うほどに目を丸くした。

「それを、見られたんだそうです。どこから見られていたかは分からなかったらしいですけど、学校に埋めたって言う罪悪感と、泣き顔と、それも好きな相手に見られたって三重苦で、逃げ出したそうですよ」

「そうだったのか……!」

 しばし、顔を見合わせたまま双子は固まった。

 互いに口を開きかけた時、巌勝が笑って「どうぞ」と言わんばかりに手を差し出す。

 縁壱は微笑んで、

「二度目の、その…夏の終わりの社の境内のことは私は知りませんが、三度目の、ホワイトデー。それ、兄君の結婚式だったんじゃないですかね?」

「…は?」

「ホワイトデーに結婚式を挙げたんですよ。伯父さん」

 巌勝は、片肘を突いて頭を抱えた。短髪をぐしゃっと握りしめては乱雑に掻いて、

「じゃ、なんだ。姿を現さなかったのは、単に式に出席していたからで、その後、社に来られなかったのは…」

「それも単に、忙しかっただけでは? だって大学進学前の春休みでしょう。母上、県外に進学したんですよ」

 二人はまた、見つめ合ったまま固まった。

 不意に、

「どうぞ」

 と、いつになく満面の笑みを浮かべて、オーナーがアップルティーを運んで来てくれる。その表情は、諸々知っていそうなそれだった。

 縁壱と一緒に彼を見上げたまま、卓に並ぶアップルティーが優雅な香りを運んで来た。

 ついと手元を見た隙に、オーナーはくすくすと笑いながらカウンターへ戻ってしまう。呼び戻すにも別の客に呼ばれて、彼は、忙しなくし始めてしまった。

 巌勝は縁壱を見て、

「そんなこんなで、よく俺たちが産まれたな…」

「確かに。母上も、本が好きな物静かな方でしたし。見ているだけで幸せって、話してましたしね」

「剣道バカで無口な父上だったんだぞ? その上フラれたって勘違いしてて、よく口説けたな? なんて言ったのか想像すらできん」

「兄上の話からすると、あまりにも接点がなさ過ぎますよね? だって父上が、母上が『社に来ている』って気付いたの、バレンタインの後なんでしょう?」

「ああ。俺はそう聞いた」

「でも、母上は小学生の時に、既に一目惚れだったそうですよ? 学年が二つも上だから、父上はすぐ卒業。って事だったらしいですけど。それからは社に、ほぼ毎週、通い詰めだったそうで」

「ええっ!?」

「だから、見ているだけで幸せって。小さく小さく胸に点った、本当に微かな光を、両手で優しく包んでいたんです」

「気付かれないように…」

「ええ。恐らくは」

 二人見つめ合ったまま同じ方向に首を傾げて、まるで鏡を見る様に肩を揺らした。

「ますます謎だ…」

「ですねえ…」

 よもや、何か知っていそうなここのオーナーが一役買ったか? と、二人は同時にそちらを向いた。

 カウンターに戻ったオーナーは一段落着いたようで、巌勝が渡したミモザのブーケを、ドライフラワーとなってしまった一年前のそれと、交換しようとしている。

 思い出したように、縁壱が言った。

「兄上。この後、一緒に墓参りに行きませんか」

 巌勝はアップルティーを一口含んで、

「そうだな…」

 カウンターに掛けた、白いパラソルを見た。

 その傍には、やはり、アップルティーが置かれている。二脚だ。互いに互いを引き寄せ合うように、湯気が螺旋を描いて昇っていた。

 じんわりと熱いものが込み上げてきて、

「行くか。父上にもちょっと、言いたいことできたし」

「ふふ!」

 それからは、しばらく無言で紅茶を楽しんだ。オーナーには礼を言って、縁壱と店を出る。

 手にはまた、白いパラソルが握られていたが、開く必要はなかった。

 二人一緒に空を見上げて、笑顔になった。

 石畳へと軽快に、一歩を踏み出した。

 

続く。

 


新作『ミモザとアップルティー』・壱・

2022-03-07 19:46:51 | ss:novelー継国巌勝―

明日は『ミモザの日』。

ミモザが好きなので、継国兄弟を絡めましたw サイトにはホワイトデー前後にUPします。

短い話なので、ブログにて先にUP。良かったら息抜きにどうぞ~。連載します(思いがけず新作UPすることになったので、scheduleを後日修正します~;;; 申し訳m(*_ _)m)。

 

***

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・壱・

 

 

 彼女を見かけたのは、放課後。丈が倍ほどもあろうかという、黄色いアカシアの樹――ミモザの花霞の中だった。

 俯いていた。

 左手は胸元に、右手は目尻を拭っていたように思う。

 肩まである髪と揃えられた前髪が顔に色濃い影を落として、暫くその場から動かなかった。

 ミモザが風に揺れて芳醇な色香を漂わせる度、彼女のそれかと紛うほどだった。両手の力が抜けて、焼却炉にゴミ出しに来ていたはずの荷物が、

 ガタン。

 地に当たり、大きな音を立てた。

 はっとしたように彼女が振り返った。耳朶まで真っ赤になって走り去る彼女に、「あ」と声が漏れた。

 だが、追い駆けることもなければ、呼び止めることもできない。

 名を知らなかったのだ。

 微かに見えた胸元のネームプレートの色から、学年が二つ下だと言うことが分かったのみだった。

「継国(つぎくに)~!」

 途方に暮れて、どんどん小さくなる彼女の背中をただ見送った。

 その、自分の背の方に、声が届く。

「おい! ――ったら!」

 二度目は多少怒りが混ざっていた。

 仕方なく振り返り、

「…神々廻(ししば)」

 落ちたゴミ箱を抱え直す。

「何やってんだよ、部活始まるぞ!」

「あ。ん」

 返事は漫ろになった。

 親友が焼却炉の扉を開いてくれ、持ち上げたゴミ箱の中身を放る。へばりついた底のゴミをも手を伸ばして取ると炎に投げ入れ、小さな溜息が出た。

「…大丈夫か?」

「え? あ。大丈夫。これ戻したらすぐ行くよ、道場」

「分かった! 早く来いよ! 今日こそ決着を付けたる!」

「ははっ!」

 笑顔で駆けていく友を見送って、ゴミ箱を抱えた。

 意識せず、彼女が走り去った方をもう一度見た。当然、姿はもうない。風が吹いて、ミモザの花がまた、豊かな香りを散らした。

 

「今週も、また…来るかな」

 

 髪をギャツボーでぎちぎちに固める。オールバックだった。

 白い着物に水色の袴を履くと、帯を締めた。衣擦れの音が軽快に響き、顔が綻ぶ。全体が引き締まるこの瞬間が、とても好きだった。

 この様で社務所に向かうと、入ったばかりのアルバイトの巫女達は目をひん剥く。

 とは言え、どうせ一月もすれば、この姿にも皆、見慣れるのだ。

『いいんだよ、烏帽子被るんだからさ』

 面倒くさくて、いつからか、そんな言い訳もしなくなった。

 あれからどれだけの月日が経ったろう。

 彼女が、自分ら一族(継国家)が護るお社に熱心に通ってくる一人だったとは、それまで気付かなかった。

 境内を清々しい顔で歩く彼女。人混みをすり抜ける様はとても優雅で、まるで麗しい小鳥のようだ。捕まえられない。すぐに、飛び立ってしまう。

 拝殿や渡殿から見る自分とは、目が合うこともない。ただ、週末の楽しみができて、それが何より嬉しかった。

『あの日は確か、バレンタインの翌日だったんだよな…』

 だが、折に触れて放課後あの場所へ行ってみれば、果たして。

 彼女はよく、そこへ来ていたのだった。

『またあそこで、本読んでる…。好きなのかな、あの花』

 道場へ行く前に、ミモザの庭を覗くのも、日課になっていた。

 

「!!」

 拝殿へ向かう足取りが、急に止まった。

 

 彼女は確かに、今日も来ていた。

 だが隣には、見知らぬ男性がいた。

 彼女より、頭一つ分以上背の高い、端整な顔立ちの大人びた男。

「…」

 見上げては見下ろして、二人の視線が噛み合う。

 腕を組み時に肩を揺らして、微笑み合う。

 綺麗だった。彼女は。とても。今までの、どの表情の彼女よりも。

 目映くて、そして。痛かった。胸奥が一気に、砂漠化してはひび割れた。

 

 

 

 

『次は~ 白亜の堂前~ 白亜の堂前~』

 巌勝(みちかつ)ははっとして、座席窓枠にあるボタンを押した。

 軽快な機械音が車内に響く。

 ぼんやりと外を眺めていた瞳には確かな光が戻った。スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、電子マネーを起動させる。

 バス停の名は、今度は運転手の口から発せられた。

 緩やかに停車した車体の揺れが収まりきらないうちに、巌勝は席を立つと、最前へと大股で闊歩していった。

 もう片手首には、傘の柄が引っかかっている。

 女物だろうか。

 白い傘はパラソルのようだ。縁にはフリルが付いており、スーツを着た大柄な男と小柄な傘が、通り過ぎる席に座す者の視線を奪った。

 決済音が響くと同時に、

「どうも」

 運転手に礼を言い、返礼を受け、ステップを降りる。

 扉の閉まる音とエンジン音を背後に聞きながら、巌勝は、白いレースの傘を差した。

 途端、踊る雨だれが耳に入ってくる。

 割と大仰に弾ける音に、巌勝の顔が綻んだ。

 通りには誰もいない。石畳の続く街路は、家並みも基本白磁のそれだ。まるでここだけ西洋に紛れ込んだかのように、アパートメントが左右に軒を連ね、窓には所々、鉢植えの花が彩りを添えているのが見えた。

 巌勝の靴音だけが、雨だれと連弾し始めた。

 白亜通りにしばらく、控え目な音が響く。

 やがて通りは、登り坂になった。

 少し登ったところで、巌勝の足が止まる。

 左手に、花屋があった。

 傘を畳み雫を払うと、複雑に入り交じった香りの花屋に身を滑らせた。色とりどりの花が、どれもバケツ一杯に生けられ所狭しと飾られている。溢れる花々の姿は、まるでカラフルなブロッコリーのようだ。手作りのポップも見た目に楽しく、ついつい、目移りするようだった。

「あ! 継国さん! いらっしゃい~」

 奥からエプロン姿の女性が出てきた。店主だ。

 リボンや剪定鋏など、必要な物が大きなポケットに詰め込まれている。無造作に束ねられた髪は少し乱暴な気がしたが、笑顔と傷だらけの手指が、どれだけ熱心に花たちを愛しているのか、教えてくれるようだった。

「予定より少し早くなった」

「大丈夫ですよ。できてます。…栞ちゃ~ん!」

「はいは~い!」

 二つ返事のそれも、明るい声だ。

 奥からもう一人――栞は彼女の愛娘だった――高校生と思しき少女が出てくる。きめ細やかな黄色い花が、栞の両腕から零れるように咲き乱れていた。

 ミモザのブーケだ。

「…だいぶ量が多いようだが」

『頼んだのは、その半分ほどだったと思ったが…』

 呆気に取られて見つめていると、店主が笑った。

「今年は例年より、多くがとても綺麗に咲いたみたいで。単価がね。安くなったのよ~」

 おまけ。

 と言わない辺りが、彼女らしいと思った。それなら気兼ねなく、受け取れる。

「そうか。…きっと喜ぶ」

「良かった!」

 受け取ると、所々、かすみ草の白い花が、控え目程度に顔を覗かせているのが分かった。彩りよく葉も添えてくれて、気遣いに、ミモザの花の喩えが心に宿るようだ。

「ありがとう」

 胸に広がる温もりを言葉に添えて、巌勝は微笑んだ。

「お母様によろしく」

「ああ。来年も。また頼む」

「はい!」

 軽く頷き返して店を後にすると、巌勝は、鼻を擽るミモザの香りに少し瞼を伏せてのち、抱えて白い傘を差した。

 

 

 白亜通りの坂を登り切ったところは、ロータリーになっている。

 それより先に道はなく、元来た道を下るしかないからだ。

 ロータリーを囲むように丘の頂を彩るのは、個性的な店や建物ばかりだ。ドールハウスや教会、チョコレートの専門店。

 巌勝は、迷うことなく時計と反対回りに歩を進め、二件目の喫茶店に向かった。

 軒下で傘を畳み、扉を開く。

 カランコロン。

 出迎えの音はどこか懐かしく、傍の傘立てを一瞥しては、

「いらっしゃい」

 声を掛けてくれたオーナーに目配せした。

 カウンターでグラスを磨いていた髭面の紳士は、優しい笑みを浮かべて頷いてくれる。

 ほっと一息漏らすと、巌勝は、概ね焦げ茶色の店内を、静かに歩んでいった。

「ありがとう、巌勝くん」

「いえ」

 ミモザのブーケを渡すと、彼は一層穏やかな顔になった。

 低く甘い声が、多くを語ることはない。カウンターに白いパラソルを掛けると、

「…」

 オーナーの手が止まった。

『ん?』

 つい、と視線をそちらに戻すと、彼の目が窓の方を見ている。誘われるようにそちらを見遣って、

「…縁壱」

 二人用の小さな卓の一方に座した相手に、心底驚いた。

 

 

 続く。

 


『久遠の笛の音よ』・弐・

2022-02-15 11:58:22 | ss:novelー継国巌勝―

サイトUPしてからお知らせで載せるほどの文量もなければ走り書きなので、こちらにそのまま掲載することにしました。

気ままなSSです。夢で見たとある風景。

巌勝さん、何を思ってたんだろうか…

 

*****

『久遠(くおん)の笛の音(ね)よ』・弐・

 

 巌勝(みちかつ)は、使い切った懐紙を脇へ置くと日輪刀を掲げた。握った柄が目線の高さまで上り、手首を返す。刃が室内の光を拾って二度ほど反射すると、

「…」

 眼差しが満足そうに揺らいだ。表情は、大して変わらなかった。

 鞘に収め、立ち上がると刀置きに向かう。手元から離れた時小さな音がしたが、刀が、ほっと一息ついたように見えた。

「…」

 格子を開け放った狭い一室に風が通る。

 庭の楓の葉擦れの音が耳に届き、青葉が一枚、軒下に流れてきた。

 後れ毛が戦(そよ)いで誘われるようにそちらを向くと、ひだまりが、まだ若く散った葉を包むように照らしていた。

 何気なく縁側まで寄って――だが、部屋の敷居は跨がなかった――陰と陽の境目近くに腰を落ち着ける。

 仄かな光が隣から漏れ出てくるが、闇色の姿はそのまま変わらず、巌勝は、対照的な青葉をじっと見つめた。

 風がまた吹いた。

 今度は肌身にまで感じるそれを、受け止めるように天を仰ぐ。

 自然と瞼が閉じて滔々と流れていく時間を感じると、巌勝の面は、微かに穏やかになった。

 ふ…と、胡座をかいた膝元に、重みを感じる。袴を通してじんわりと温もりが伝わって来、

『……』

 微かに目を丸くして視線を落とすと、

「…ねこ」

 思わず呟いた。

『野良か?』

 その割には、ふてぶてしい。

 見ず知らずの人間の足の輪に入ってくるとは、いい度胸だ。

 野良猫が、顔が歪むほどに大きなあくびを一つ、かいた。

『このまま寝る気か?』

 思うが、嫌な気はしない。

 どこからこの鬼狩りの里へ迷い込んできたのか、皆目見当もつかない。だが、何となく似たような境遇を思って、巌勝は、ふ…と口の端を上げるとまた蒼穹を見上げた。

 ゆったりと流れていく皐月の薄い雲。

 戦ぐ風に前髪が揺れて、心地よかった。

 野良猫の静かな吐息が聞こえて、知らず、手が、丸い背に伸びる。そっと尻の方まで撫でて、

「にゃ」

 濁声で見上げられた面に、視線を合わせた。

「あ」

『嫌だったか?』

 思ったが、それきり、また、丸くなる。

 尻尾が大きく揺れて、それがなんだか催促されているようで、巌勝は、小さく笑うとまた撫でた。

 満足そうな、二度目のあくびに顔が綻ぶ。

 撫でる動作だけはゆったりと途切れず、また、天を仰いだ。

 

 鬼になる、あの運命の日。

 その、一月前のことだった。

 

・弐・完

 

 

 

 

 

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日夏家の大きなにゃんこ…いやわんこ(だな。性格上)も目を覚ましましたなww

このまま今日は拉致られそう。

天気もいいし、ドライブかねえ……