「人生が180度変わった」って本当にあるんです

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犬を飼うのが夢でした13−2

2024-12-31 22:52:45 | 日記
私はそれまでずっと、頭ごなしに息子の主張を否定してきました。

常識的に考えて自分にとって最適な仕事などそう簡単に見つかるはずはない、だからこそ誰もが折り合いを付けながら就職し、食べていくために毎日どんなに辛くても仕事に行くのではないかと。

彼の主張は、現実逃避の青い鳥症候群そのものだと心の中で一蹴していたのです。

しかし、よくよく考えてみると、いつも彼の主張はブレることなく一貫していました。

自分を最大限活かすことのできる仕事に楽しみを見い出したい、そのような確固たる熱い思いが彼の心の中に根付いているのではないか、私はそのように感じて次第に考えを改めるようになりました。


仕事という現実から逃げるために息子自ら頭で捻り出した考えだと決めつけていた自分を反省し、それ以降彼の意見に反論することはやめました。


そして信仰も少しずつ進展し御言葉を学ぶ中で、息子の仕事の悩みと彼の行く末に関する私の不安、この両方を一挙に解決できる道があることが分かりました。


今のあなたがどんなに惨めに見えたとしても、あなたたち一人ひとりには主が用意した使命と御心がある。


この御言葉を私は一度ならず目にしていたはずなのですが、これこそが私たちの求めていた答えだと息子も私もはっきり分かった瞬間でした。


発達障害の子を持つ親の最大の悩みは「子どもの自立」です。

会社勤めを前提に考えると、仕事の進め方から人間関係に至るまで、息子が乗り越えるべき壁が無数に立ちはだかることが予想されます。

彼が円滑なコミュニケーションや臨機応変な対応など社会人として身につけるべき能力を磨くことは恐らく困難でしょう、組織の一員として働くのはほぼ不可能だと思います。

幸いなことに、パソコンやスマホの普及により現在では在宅勤務も可能となり、自営業の道も一昔前に比べてかなり敷居が低くなりました。

しかしそのような働き方は口で言うほど簡単ではありません。

よほど突出した能力がない限り寧ろ会社勤めよりも厳しいと思います。

しかし神様の世界では、その難しいこともクリアできるかもしれないという希望があります。

神様は人類一人一人に例外なく「人生の設計図」を与えてくださっています。

その設計図を神様に祈って見つけ出し、たゆまず努力して実力や能力を身に付けていくならば、必ずこの世で突出した才能を発揮できると神様は御言葉を通して私たちに教えてくださっています。

自分の個性と才能を伸ばした結果、自分の天職が見つかって幸福に生きられるようになったと息子が証できれば、この社会で不条理を感じながら生きている人々に希望を与えられるかもしれません。

神様は、信仰者が個性・才能を磨き様々な分野で神業を発揮することで、神の存在を世界中の人々に教えて上げてほしいと考えています。

それは、人類を幸福に導くためであり、最終的に天国へ招き入れたいという神様の熱い思いからです。

私と息子はまだまだ信仰の面では発展途上にすぎません。

これからもっと心を清め、御言葉を悟って、人類を救うという壮大な目標を目指して、日々自分を成長させようと藻がいているところです。

続きます。


犬を飼うのが夢でした13

2024-12-30 23:00:37 | 日記
信仰についてお話すると、実は息子も私と同様 信仰者です。

私が信仰を持ってからしばらくして、息子も神様を信じるようになりました。

彼は20代中ば、信仰よりも他に何かやりたいことがあるだろうと考えていた私は、息子を本気で伝道したことはありませんでした。

しかし、彼は自分の人生における最大の疑問であり悩みだった答えを信仰の中に見出し、自らクリスチャンの道を選びました。

彼は大学中退後、仕事に就いたことはありません。

彼の仕事に対する考え方は世の中的に見ると単なる我儘であり、働きたくないがための言い訳に過ぎないと誰もが感じると思います。

私もずっとそのように思っていました。

その考えとは、自分にとって最も適した仕事、天職は何か、それが分かるまで仕事には就かないということです。

彼の仕事観は以下のようなものです。

仕事は1日24時間の生活の中で大半を占め、人生を幸福に生きられるかどうかを左右する重要なこと。
人生を充実させることができるのは、趣味や娯楽ではなくあくまでも仕事。
自分にとってこれしかないという仕事が見つかれば、寝食を忘れるくらい夢中になれる、そのように自分は働きたい。


サザエさん症候群のような日本人の仕事へのネガティブな意識を知るにつけ、彼の仕事観は益々揺るぎないものになっていきました。

「妥協して仕事を決めてしまうと、結局、いつも辞めたいと思いながら嫌々仕事をすることになる。そのような大人の姿を子どもに見せてはいけないのではないか。」

確かに彼の主張も一理ありますが、「仕事をしないと のたれ死んでしまうよ」と言い返すと、なぜこんな窮屈な社会に自分を産んだのか、生きやすい社会に変えてから自分を産んでほしかったと厳しく指摘され、話し合いはいつも平行に終わります。

息子には発達障害に起因する「強いこだわり」があります。

想定外の事態に対して臨機応変に対応できず、気に病むと立ち直るのに時間を要します。

日本では場の空気を読むことが重要視されますが、彼にとって想像力を働かしたり忖度したりすることは苦手そのもの、日本の職場は息子にとっては戦場に近い場所なのです。

更に彼の場合、父親の暴力によるトラウマから怒られることに対する恐れがいまだにあり、職場でミスをしないようにと必要以上に神経を使い過ぎることは目に見えています。

万が一就職したとしても、精神的に破綻するのは時間の問題、彼が仕事に就くことは難しいと感じていました。

彼は以前何度かアルバイトを経験していますが、精神的に辛くて数回働いて辞めました。

彼自身、このような自分の特性を鑑み、仕事に就くことを回避するためにこのような主張に固執しているのではないか、私はそのように勘繰っていました。

しかし、時には感情的になってお互い何度も議論を戦わせる中で、私の考えは次第に変化していきました。

続きます。


犬を飼うのが夢でした12

2024-12-24 21:57:36 | 日記
元夫と私が彼を叱るのは勉強に関することもそうですが、私たちが一番心配したのは彼の虚言癖でした。嘘を付いたことで特に厳しく叱ったことが今まで何度かありました。

数ある嘘の中でも、その内容が大胆で警察や学校を巻き込むような嘘を付いた時には、このまま息子は罪悪感を抱くこともなく生涯嘘を付き続ける人生を送るのではないかと悩みました。

彼はADDという発達障害の診断を受けています。私は、発達障害の特性と言われている「嘘を付くこと」が常習化する前に、何とか矯正できないかと必死でした。

しかし、今になって考えてみると、彼が嘘を付く場面は限られていました。それは「怒られたくない」からなのです。

騙そうと意図して嘘を付くのではなく、怒られることを回避するために事実を隠すのです。

息子と二人暮らしを始めて丸3年以上経ちますが、嘘を付かれたという記憶はありません。

あの頃付いた大胆な嘘について彼は、他人に対してあのようなやばい嘘を付く訳がない、親が怒るからそれを避けるために付いただけだと話してくれました。

つまり、虚言癖と言えるまでの常習性は彼の中には無く、私たち夫婦が極度に心配していたことは杞憂だったのです。

発達障害の特性上、彼は常に変わった子どもという捉え方をされ、学校の先生や塾の先生から注意されることが他のお子さんよりも多かったはずです。

また、学年が進むほど友人からは変わったやつという扱いをされ、疎外感を感じることも多々あったでしょう。

そのうえ、家に帰って来ると怒られる、暴力も振るわれるではたまったものではありません。私はようやく彼の心情を理解できるようになりました。

彼の心はどんどん荒さみ、私たちへの憎しみが増すのは致し方ありませんでした。

彼は塾に通っていた中学生の頃から、父親と顔を合わせたくないがために夫が寝たのを見計らって、深夜を過ぎた遅い時間に帰って来ることが度々ありました。

本来くつろぐべき家という場所で、安心して過ごせない毎日を何年間も彼にさせてしまった私は毒親でした。

母親として妻として、当時夫に働きかけるなり、息子の本音を真剣に聞いてあげるなり対処方法は色々あったはずなのに。

私は無力にも、時が過ぎれば夫と息子の確執の日々もきっと正常に戻るだろうという何の根拠もない希望を持ちながら自分を慰めることに終始していたのです。

続きます。


犬を飼うのが夢でした11

2024-12-23 21:59:27 | 日記
モカを定期的に預けることを息子に話したところ、息子は反対しました。


自分を苦しめた父親にモカを預けるなんて、それも1日ではなく、3泊も。


それまで落ち着いてた父親への憎しみがまたよみがえったのでしょう、私が勝手に元夫との間で取り決めたことを非難しました。


お父さんはモカの面倒をよく見てくれていたし、モカのことはよく分かっているから預けても安心できると思うよと説得したところ、結果的にしぶしぶではありますが了承してくれました。


息子と暮らし始めてみると、私たちはお互い意見を譲ることができずに、度々口論に発展することがありました。


彼は独特の考え方を持っています。


だからこそマスコミを鵜呑みにせず自分の考えをしっかり持ち、この世のカラクリを暴いたラプト理論を受け入れることができたのだと思うのですが、反面、柔軟さの欠けた かなり頑固な一面があります。


私たちはお互い歩み寄ることができず、最後は罵り合いになることもしばしばです。


彼の主張は以下のようなものです。


「自分に最も適した仕事でなければやらない。何が一番ベストなのか分からないのに、食べるために取り合えず仕事をするなんておかしい。」


大学3年生のときに、息子と私は就職活動のためのスーツや靴、カバン等を一揃え新調するために紳士服専門店を訪れました。


しかし、服を選んでいる時も就活に対する意欲らしきものは感じられず、案の定、一度も袖を通すことなく企業調べも一切せずに4年生になる前に大学を退学したのでした。


「こんなに世界中で戦争やら地震やら水害やらがある世の中に自分を産むなんて虐待と同じ。子ども(自分)を大事に思っていない証拠。」


最近の主張はもっぱらこのような内容が多く、自分が経験した嫌なことを子どもにも同じように経験させるなんて、ひどい親だ。親になる資格などないというのが彼の根本的な考え方です。


「生まれてこなければ良かった。家族がほしいとかいう理由で安易に子ども(自分)を産むのは浅はかだ。夫婦二人で仲良く暮らしてればいいのに、俺を巻き込むな。」


彼の独特の思考はその他にもまだまだあります。


私も世の常識が正しいとは思わないからこそ、今信仰を持って生活しているので彼に賛同できる考えも幾つかあります。


しかし、その意見の大半は受け入れ難いと感じました。


私は父と母に感謝していますし、そのことを息子に話しても、親が子どもの面倒をみるのは当たり前のことと一蹴されます。


彼はとても心の優しい子どもでした。


嫌な顔一つせずお使いを引き受けるタイプで、祖父母に会うと積極的に肩もみをし、夫が交通事故で重傷を負った時には、階段の上り下りに手を貸すなど世話好きで優しい一面がありました。

それがどうしてこのような考え方に至ってしまったのか理解できませんでした。


「俺だって、あんなに殴られたり怒られてなければこんなことは言わない。パニック障害になったり、髪の毛が抜けたり、下痢症状に悩まされたりしなければこんなこと言いたくないよ。」


彼の本音を聞いて、私は目が覚めました。

彼の際立った考えの原因は、やはり私たち夫婦に原因があったのです。


身体的に後遺症をもたらし、その上彼の性格をゆがめてしまった私たちの代償は大変大きく、悔やんでも悔やみきれません。


続きます。


ラプト理論についてこちらからご覧いただけます。


犬を飼うのが夢でした10

2024-12-22 22:58:22 | 日記
登記が無事終了したのも束の間、彼の方から離婚に伴う取り決めをしておきたいという申し出がありました。


その取り決めの中に、「モカと定期的に会えるようにすること」という内容があったのですが、私としてはもうこれ以上彼と会うことは想定していなかったのでどう断ろうかと思案していました。


彼の言い分は次のとおりです。


自分は在宅勤務だったから、モカと過ごす時間は君より長かった。


その分モカの世話は自分のほうがしてきたと思う。


モカは君の犬だから連れて行くのは仕方がないが、定期的に会わせてもらいたい。そうでないと離婚はできない。


「俺が目の黒いうちは犬は飼わない!」とまで言った人がここまで犬に執着するとは。モカは彼にとっても大切な家族だったのだと再認識しました。


確かに彼の言い分はもっともでした。


私はフルタイム勤務だったので、平日モカと過ごす時間は僅かしかありませんでした。


最終的に、1か月に一度3泊4日間モカを預けるということに同意しました。


私は大雑把な人間、モカのご飯もきちんと軽量していたのは最初だけで目分量であげることもしばしばでした。


しかし、彼はドッグフードの原材料を吟味し、無添加かどうか、グレインフリーかどうか、たんぱく質の割合は高いか等々モカに最適なフードを徹底的に調べる気の入れようでした。


散歩のコースもマンネリ化しないように工夫し、帰ってきたらモカの足をお湯で洗い、ドライヤーで丁寧に乾かしてくれました。


実際、モカは今まで暮らしてきた家を離れ新居で暮らし始めてから数か月間、私の後を引っ切り無しについて回るようになり明らかに情緒不安定になっていました。


人間の都合で馴染んだ家から知らない場所へ移され、さらに家族構成も変化して、モカにとっても大きなストレスだったに違いありません。


つづきます。