のほほんぷろぐ

音楽のことを中心に書いてます
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号泣

2012年08月02日 09時50分14秒 | Weblog
レッスンで・・

音楽のわかる高校生の生徒さん(中学の時にピアノ演奏グレードと指導グレード5級取得)に

自作曲「祈り~新しい朝へ」を弾いて聴かせたら号泣してしばらく収まりませんでした。

凄く嬉しい!!

かっこつける・・

2012年08月02日 09時48分05秒 | Weblog
私の勝手な考えですので・・気に障ったらごめんなさい。

カッコつけるって・・

カッコつけるって・・カッコイイふりをしてるんでしょ?カッコいいように見せてるだけなんでしょ?

それってカッコ悪いんじゃないかな~っと・・中学のころから思っています。


私はカッコイイの好き!

カッコイイ人好き。カッコいいこと好き。かっこよさにこだわる。

昔からかわいいよりカッコイイと言われたかった。特にピアノを弾いているときは。


昔から・・本当に小さいころからカッコつけてる人が大嫌い。

以下カッコつけている人をカッコツケマンといいます。

今はだいぶ変わったけど、私が小さいころ・・小学、中学の頃のアイドル・・だから25年くらい前、

皆さんすごくカッコツケマンだった。

だから私は好きなアイドルという人は一人もいなかった。

カッコツケマンを見ると気持ち悪くなる・・(ぶりっ子も同じ)


カッコイイってなんだらろう・・考えた。

カッコイイって・・正々堂々と正直に一生懸命やっている・・時、人・・をカッコイイと感じるのではないか?

私はそう思うんだ。

だから、カッコツケマンにならなくったって誰でもカッコよくなれる。

私はそう思うんだ。


人間、真剣になにかに取り組んでいる顔はカッコイイと思うんだ。

私は誰でもそんな姿を見ると惚れ惚れする。子供さえも。

それが「真」のカッコよさなんじゃないかな。


私は・・普段はどうみられてるかわからないけど、ピアノを弾けば「カッコイイ」と言われる。


いつまでもカッコよくいたいな。

ヤマハ演奏グレード2級

2012年08月02日 09時38分05秒 | Weblog
7月22日にヤマハピアノ演奏グレード2級の試験が終わりました。

このために年明けから少しづつ準備していました・・まずとても難しい・・ハイレベルな試験なため、合格者が少ない。
全国集めて一年間で5~6人。

そして受験曲が多い・・4期からそれぞれの1曲づつ選び、プラス自由曲、自作曲で40分以内に収まるプログラムを作り、構成する。

楽曲演奏の他に、音列即興。
これは、4個から6個の音が全音符で並んでおり、この音を使って調性、拍子、モチーフ、ハーモニーを考えて曲を作るというもの(予見時間15分)。

私の受付時間は16:05。
私は念のために会場には15時半前に到着。ここからひどい緊張が始まる・・腹痛・・

呼ばれて、レッスン室で15分間のウォーミングアップ。自由に指ならしをしていい。
15分後にスタッフが入ってきて、音列即興の課題が渡される。問題3問の中から1つ選んで曲を作る。

幸いにもすぐにモチーフが思い浮かんだ音列があったので助かった。
(私が選んだ音列・・Cis・A・Gis・H)

15分でロンド形式の曲を作り終え(規定が6分以内の為)、レッスン室から出て、試験会場へ。

会場は収容人数100名程度の広さのサロンで、舞台の高さは15センチ。
ピアノはCFⅢXPで床はフローリング。

まず即興演奏。少しミスはしたが、和音進行には支障のないミス。落ち着いてできました。

それから楽曲演奏。
1、ベートーヴェン:ソナタop.
28 第一楽章
2、バッハ     :平均律 Ⅱ巻 No.10 プレリュードとフーガ
3、ショパン    :ソナタ 第2番 op.35 第一楽章
4、スクリャービン:エチュード op.8-12
5、ガーシュイン :ラプソディーインブルー
6、自作曲     :祈り~新しい朝へ

少々なミスはありましたが、緊張しすぎて舞い上がってしまったり、足が震えるようなことはなく、
ほどよい緊張で演奏できました。

演奏後、先生方から講評をいただきました。
先生は作曲の先生1名、演奏の先生2名。

作曲は祈りというイメージにぴったり合う曲で、とても素直な曲。といわれました。
ただ、モチーフが全部4小節単位で作られているため、悪く言うと飽きると言われました。

即興は和音進行も何も問題ないが、強弱の変化があるともっとよかったと言われました。

演奏の先生からは、難しい曲を良く弾いている。力のある人なんだと思う。曲を大きくとらえることのできる人。等々、いいことも言われましたが・・細かい音や、和音など、ちゃんと音になっていない音があると・・。

イタタタタです・・これは私の弱点です・・。つつかれました・・。

もう一人の先生からは、とても音楽が好きなことが伝わってくる。曲への思いがいっぱいいっぱい伝わってくる。・・がその反面、それをどう受け止めればいいかわからなくなることがある・・と。
もう少し客観的に聞いて弾けるといい・・と言われました。

これも、イタタタタです。どうも曲に入り込んでしまうので・・

そして最後に「また頑張ってください」と言われました。

これは・・これは・・また・・というのは・・もう一回・・ってこと??

ちょっと考え深いことを言われましたが、自分なりに弾けたので深く考えないで・・

会場を出て、そのままソラマチへ行って、自分にご褒美にキルフェボンのケーキを買いました。
初めてのソラマチにウキウキしながらショッピングを楽しみました!

4月のことですが・・2

2012年08月02日 09時32分28秒 | Weblog
年が明けると・・すぐに私の誕生日がやってきます。

ついに30歳になりました。

30歳になってしまった・・か・・

今後の色々な衰えを考えて・・とりあえずヤマハピアノ演奏グレード2級を受けることを決めました。

だから、今年は手話に挑戦するのを見送ることも決めました。

グレードに向けて5曲練習し始め、自作曲を仕上げています。

曲はバッハ:平均律、ベートーヴェン:田園ソナタ一楽章、ショパン:ソナタ2番一楽章、スクリャービン:エチュード、ガーシュイン:ラプソディーインブルー。

それに加え、自作曲を以前作った「祈り」を「祈り~新しい朝へ」と題して10分近くの曲を仕上げています。

この自作曲は楽譜にも起こさないといけないから・・早く作り上げないと・・大変!

そんなこんな・・練習していたら・・

じいちゃんの体調が悪くなり・・度々祖父母の家、そして病院に行くようになりました。

とりあえず入院して、少しづつ良くなるかな~っと思っていた矢先・・突然亡くなり・・

なんだかまだ信じられない、ウソのようです。

でも確かにもうじいちゃんの顔を見ることもできないし、じいちゃんの九州弁も聞けない・・

今日はばあちゃん一人になってしまった家へ家族で行って、お線香をあげてきました。

確かに亡くなったんだ・・そうだ・・病院で水を欲しがっていたり、苦しそうな顔が懐かしい・・

最後はそんな顔しかできなかった・・それをどうにかできなかった悔しさがのこります。

それと・・改めて考えると・・

じいちゃんは孫の結婚式には一度も出席できなかったんだな・・申し訳ない・・寂しかっただろうな・・と考えました。

3人の姉妹を持ち、私は真ん中の娘の子供。
長女の子供は男。そして身体障害者。差別するわけではないが、やはり難しいようだ。

一番下の妹の子供は男2人の28歳と26歳の警察官。

年齢的にもそろそろいい私も結婚せず花嫁姿とやらを見せてあげることができなかった。

これは本当に可愛そうなことをしたと思っています。

ごめんね、じいちゃん。

そして、やっぱり最後に支えてくれるのはやっぱり家族、肉親なんだな~と思いました。

4月のことですが・・

2012年08月02日 09時26分43秒 | Weblog
私のじいちゃんは88歳。

前々から体調悪かったけど…

いよいよ歩いても転んでしまい自分で起き上がれなくなったので

一昨日から入院しています。

こうなったのは、以前から末端に血液が循環せず、冷たくなり、できものができ、それが悪くなる一方で…

手、足、舌がぐちゃぐちゃです

だから歩くにも足(足の裏まで)が痛くて、かばいながらなので歩くのも困難。

舌にできものがあるので
固形物が食べられず、栄養が十分にとれない。

そういう理由でどうにか入院できました。

ずっと入院を嫌がっていたじいちゃん、先週あたりから入院したいといいだしました。

それはじいちゃんの優しいだと思います

まず、ばあちゃんに「楽になるな」と言っていました。

私は今日と一昨日、16日にも行ったけど、日に日に
悪くなっているのがわかります。

今日行ったら、手は包帯がぐるぐる巻かれていて、
鼻から栄養のチューブ、手からも栄養の点滴、尿通にも管が入っていて完全オムツ、寝たきりです。

舌にまでできものができているから、水も飲ませてもらえず、口の中がカラカラで
「水を含ませて!」と騒ぎましたが、その願いも叶わず、舌に保湿の薬を塗っただけで可哀相でした

私と母の願いは、いよいよになった時にはチューブを外して水を飲ませたいです

私はじいちゃんが発する
力の無い声を口に近づくくらい傾けてやっと聞き取っています。

いつ言葉がわからなくなるかわかりません。

今日でも通じないと、途中でくたびれて寝てしまいます

先生からは、いつ心臓が止まってもおかしくないと言われました

悲しいけど、私は満足して見送れます

入院当日は、私がずっとそばにいて色々と介助しました。
できることをやっただけだけど、それをとても喜んでくれて、感謝してくれました

ばあちゃんに「よーつぐみがやってくれた」(九州弁) と何回も言ってくれました。

私は幸せです

最期に大好きな小倉アイスを食べさせたかった

でもせめて水だけは!