セルフハンター:自分探しの旅ガイド

心の底に眠り続ける本当の自分があなたの迎えを待っている

年の暮れのご挨拶

2022年12月28日 05時28分42秒 | その他
ご挨拶

あまり投稿できなかったのですが、それでも多くの方に目を通してもらい嬉しく思います。新しい環境で日々予想以上に忙しく時間が取れませんでした。

数年前にカナダの豪雪地帯の本格的な山奥に引っ越し、オフグリッド(電線を引いていないので、電気はソーラーパワーとジェネレーターを利用)で、街から離れているので野菜の栽培や冷蔵庫なしの食料の保存法、メディカルハーブ栽培・利用法等を学びを始め、4匹のアクティブな大型犬(みんな40kg前後)のママとなって世話に追われていました。

こうした生活では時間がなくて、スピリチュアル・プラクティスは無理だろう?と思われかもしれませんが、読書といった勉強の機会は格段に減りましたが「真のスピリチュアルに生きる」本格的なプラクティスと理解を深める素晴らしい機会になりました。

真のスピリチュアル・プラクティスはどんな状況でも可能

というか、あなた次第で全ての瞬間がスピリチュアル・プラクティスを行うチャンスにできるのです。特に、忙しく、不眠で自分の時間が取れなくて・・・といった時こそが自分がどれだけスピリチュアルに成長してきたかを理解でき、成長できていない部分により焦点を絞ってさらに訓練を進めていける機会。

まずは、自分の心の声に常に耳を澄ましましょう。自分から離れた視点で自分を分析しましょう。日本の方はネガティブな思考に「そんなことを考えてはダメだ・甘えだ!」と押し殺す傾向にありますが、スピリチュアルトレーニングの秘訣は「自分のネガティブな声を認める。」こと。

イライラして、泣き言を漏らしている自分を認められたら、自分を変えていける第一歩。というのも、スピリチュアリティーとは「真の自分を生きること=意識レベルを高めること=ハッピーに生き始められる」ことだから、ネガティブに陥っている時は「自分を生きていない、何か注目して変えていかねば」ってサイン。これにはネガティブさから自力で這い出すパーソナルパワーを高めることは欠かせない。こうした自分との戦いこそ、人生で最も難しいもので、この戦いに勇ましく挑むものを「西洋ではスピリチュアル戦士」とも呼ぶ。

ネガティブさはどこからくるのでしょう?

日本の多くの方はネガティブになることが癖になってしまっています。親や環境の影響で幼少時から常にネガティブなので自分がネガティブであることにも気づいていないのです。ネガティブな思考は身体に影響し、またネガティブエネルギーは悪いものを引き寄せます。

今の世界はネガティブなことが多すぎますが、ネガティブな事実を語ることと、ネガティブな態度・思考に陥ることは分けることが可能です。事実を理解し、その中で自分が何ができるのか、よりポジティブに考えるプラクティスを始めましょう。

西洋で多いのは、非現実的なポジティブさ。これも非常に脆く危険。混乱した世界の現実を把握しながらも、美しい自然や美しい人、自分の心にも目を向け、可能な限り「正しく生きる」それには常に「正しいとは何か?」を問い続けることも必要。スピリチュアル戦士の道に終わりはないのです。

自分を変えるって予想以上に難解

でも、幸せに生きるには必要不可欠。というのも、変えられる保証があるのは自分の心のあり方、生き方、思考方法といった自分だけ。環境を変えるには限界があり、他人は影響やサポートはできるが変えることはできない。

嫌なことがあったら可能な限り環境を変え、あとは自分が「強くなる」ように日々鍛錬するのみ。ここで言う「強くなる」とは、体力や他者を論理で打ち負かすといったことではなく『パーソナルパワーを高める』のこと。愛を深めることでもある。

自分を変えることは可能だが、本当に難しい。無意識の自分の思考パターンの根底(自分哲学)を変えないと自分は変わらない。それには自分を知らないと無理。「自分を知っている」と信じてしまっていたら自分を変えることはまず無理。

古代ギリシャの偉大な哲学者ソクラテスが最も賢いと言われた所以は、自分が何をどこまで知らないかを知っていること。物理学が進歩したのは、「科学は全てを解明した!」という視野の狭い思い込みを打ち破ることができたから。

自分の当たり前だと思っている言動を「上手に」疑うことができたらいい。日本人の「自信が無い」ことからくる自分への疑い、西洋人の「自分が最高」で自分を疑わず全て悪いことは他人のせいにするナルシシズム、双方全く違う態度だが、出所は「低レベルな意識」からくる。

全ての人の中に異なったレベルの意識が存在し、今の世界は人々を低いレベルに留めるようになっている。全ての人がより高い意識レベルにアクセスすることが可能。それには沢山の壁を打ち破る必要があり、恥、後悔、不安といった「心の痛み」があなたの足枷となり、成長、幸せを阻んでいる。

世界は混乱して日々滅入ってしまうような状況ではあるが、意識次第で実は自分を大改革していけるチャンスでもある。エンターテイメントは目標が無いとスピリチュアル的には時間とエネルギーを無駄にして成長の機会を遠ざける罠となる。エンターテイメントが限られ、自宅で家族やパートナーと時間を過ごすことを強いられてきた過去数年、実際にこの機会を上手に利用し心を大きく成長させて人たちも少なくない。

私のブログに目を通されている方の多くは平均的に意識レベルが発達している方が多く、今の幼稚でアンフェアで辻褄の合わないような世で普通に生きようとすると快適には暮らしにくい。そんな今の世界にあなたが存在している理由の一つは、あなたが更なる心の成長を求められていることでもあると理解されていいと思います。

低い意識レベルが今の世をリードしているから世はメチャクチャ。高い意識を持つものは低い意識をガイドする重要な役割がある、というのは自然の摂理。意識が高い方は自分をより理解し、心を強くしていかないと潰される。真の強さは「深い愛」からくるもの。チープに聞こえるけど、全部疑って、全部ゼロから始め直して行き着いた答えはやはり愛。この点については新年に投稿しようかなと考えています。


****過去の記事の内容でも理解が難しいことや質問があったら気軽にコメントしてください。時間があったら回答したいと思います。皆さんが何を知りたいのか、何を知らないのかを理解できたらより有効な投稿ができると思います。

良いお年をお過ごしください!
Ryoko

日本人が幸せになるヒント :「人目を気にし過ぎる」ことをやめていく

2021年05月03日 06時40分35秒 | その他

人目を気にし過ぎる弊害として簡単に例を挙げると

ーエネルギーを消耗する:学校、会社で良い結果を出せない大きな原因でもある。

ー本来の自分を見失う:自分が何が好きで嫌い何かも分かりにくくなってしまう。

ー他者と深く繋がれない:他者とは上部の付き合いになりがち。

ー創造力を発揮できない:自分で考えるプラクティスを幼少時からしていないから当然。これは大人になっても訓練で徐々に身についていく。(人は本来創造する生き物だから、自分を取り戻すことで自然に思い出す)

ー自由を失う:周りに合わせることばかりに必死で自由の意味もわからなくなる。

ー被害妄想:「周りが自分をことをいつも悪く言っている」という思考が浮かんだら、悪化する前に対応し始めることを勧める。

ー判断力が失われる:周りと異なることを恐怖としてしまうことで、自分で考えることを無意識にやめてしまう。

ー自信が付きにくい:周りに合わ続けることで自分の感覚を信用できにくくなる。自分を信用できていない人をどして信用できようか。事実、日本人の多くの方が自信を欠損している。自信のある人も表面的な壊れやすいものである場合が多い。

ー一貫性を失いやすい:周りに合わせるには柔軟性が求められ、柔軟性は軌道修正には必要だが、自分が無く目的もなく過度になると一貫性が失われやすく、身の回りの「不公平」「辻褄が合わないルール」にも気づけず、周りに利用されやすくなりやすい。

ー「公平さ」のセンスが身につかない:自然を破壊して人類の滅亡の道を歩むことを止めるにはこのセンスを育てることは必要不可欠。自分で判断する力をつけることが必要。

ー心の成長がしにくい:自分を押し殺し、小さい視野で生きてしまうことではやはり心は育ちにくい。心を成長させることが誰もの最も重要な人生のタスクの一つでもある。

他には何があると思う?

どうして人目を気にし過ぎるの?

個人の特性は勿論だが、主に日本の「集団主義社会」の影響。集団主義社会では、集団の意見が正しく集団からはみ出ると生活が大変困難。(ところで集団の意見を左右しているのっては何だと思う?)いい点は、日本社会はまとまりがあり、効率的で世界の中でも非常に安全な国である。社会が美しく調和が取れていてフェアなら周りに合わせることも良いかもしれないけど、それでも自分で判断する力を失うことの危険性を知らないのは無責任で、無責任さは世の混乱に貢献する。無意識に自然を破壊し、自分や自分の愛するもの達も結果的に不幸にしていくことも「しょうがない」と割り切ってしまうことは非常に大きな罪。

集団社会の一番の問題は自分を見失いやすい点。というのは、こうした社会で生きているうちに、自然に物事を判断するのは自分の判断ではなく、「集団の判断」を追うことになり、自分で考えている、自分の意見だと思っている大半も実は周りに植え付けられてきた価値観に根付いたものになっている。当然創造力は発揮できない。日本の教育が「考える力」を伸ばそうと本気で乗り出したのは、思考力(判断力や創造力)が失われることのダメージを否定できない状況になっているのでしょう。今後の日本(どの国でも)を繁栄させていく鍵の一つだよね。

集団社会で自分を保って生きることは難解だが、自分を生きることこそやはり真の幸せにつながる。集団が何を求めているのかを常に理解しておきながら、自分の感覚を麻痺させず、可能なら自分を上手にもっと出していけたらいいし、そうしているうちに同じような生き方を追求している人と繋がり始められる。

気をつけるべきことは、人目を気にし過ぎない方が良いってことは、自分勝手になんでもして良いってことではない。誰もが勝手し放題だったら社会は速攻で崩壊していく。過去は宗教によって自分勝手さが制限されて善悪の基準となっていて、今でもある程度生活に影響があるが、無宗教の人が増えた日本社会では「人目の恐怖」、「恥」で行動を自己制限することが社会の安定を保っているものの一つのよう。これは悪化すると強迫観念になってしまうから早めに手を打つことを勧める。

西洋に暮らして10年を超えるが、西洋は日本よりは言動の自由はあるが、近年は思考の自由が失われていっている様子。自分の意見だと主張している方も実はメディアに洗脳されてい場合が大変多い。更に西洋では「非現実主義」が主流になっており、「真実など存在しないから、善悪といったものは時と場所等によって変わる」、というような考えから無責任さ、強欲さなどが許容され、自分の弱さ幼稚さを合理化し、当然美しい調和は欠損し人間関係を初め全てがボロボロになっている。

西洋の良い点は、こうした点に気付き異なった生き方をすること(日本では変人と呼ばれるような生き方)もある程度オッケーなこと。ホームスクールも最近増えている様子。

宗教や人目の恐怖なしでどうやって自分を正しい方向にガイドしていけるのか?

恐怖や恥で言動を制限するようなマイナスのモチベーションは効果が強いが個性は発揮しにくく、個性を潰すと創造性も潰されてしまう。創造力こそより良い未来を築いていく鍵。創造力とはチャネリングのようなもの。本来の自分は宇宙の一部であることからも完璧に論理的のはずで、論理的により良いもの探り当てることが可能。それを幼少時から植え付けられてきた偏った思考で判断力が鈍り、自分を生きられず、宇宙から自分を切り離し続けている。自分で這い出すしかない。

人の目から自由になるヒントは、人の目を超えたものを気にすること。判断の基準をより崇高なものへと変えていく。お勧めは「大自然や宇宙の摂理」に自分が沿って生きてるのかを気にすること。「大自然の目、宇宙の目」といったものでしょうか。大自然、自分、愛するもの達を守る力が身についていく。シンプルな方法は、自分の言動の結果が大自然を守ることにつながっているのか、破壊につながるのか。これは思考力の育成にもつながる。

残念だけど、人間社会は大自然から随分と切り離されてしまっていて、社会の正しさが大自然の正しさと異する場合も多い。例えばどうやってお金を稼ぐのか。大気や海洋汚染を悪化させながら得たお金で買い集めたブランド品で身を飾る。。。

自分がミスしたり、間違った方向に進んでいることに気づいたら「反省」して切り替える。反省の仕方も問題。日本人の多くは非常にネガティブな方法で無意識に自分を徹底的にいじめてしまう「反省」を行う傾向があるが、これでは反省は楽しいものではないからそれを避けるべく、失敗しないようにあまり身動きをしなくなったり誤魔化したり、自分に嘘をつくようになってしまいがち。

「失敗は成功のもと」だから、自分を痛め付けるのではなく、失敗の原因を分析し追求し、次回に生かそうと自分を自分で励まそう。自分を自分でガイドするパーソナルパワーがついていく。パーソナルパワーをつける必要性や方法もまたいつか紹介できたらいい。

それでもやはり周りと合わせる能力は身につけておくにはプラス

自分を押し殺すのではなく、周りから学び、上手に混乱した世界を乗り越えていくよう賢く利用する。個人主義の西洋でも「違い過ぎる」人は目をつけられやすい。周りと合わせることが必要な時はエゴを飲み込んで周りに合わせた方が良い時もある。自分を見失わなわないには、自分が何の為に何をしているのか、という目標と理由を常にしっかりと認識しておくこと。また、軌道修正を恐れないこと。

最後に

正しく生きようと励み、人目を気にしなくなっていくと人生は大きく変わってく。自然体で優しくなれ、自分を生きる自由を堪能できる。溢れる情報の中から本物を見つけやすく、本来の自分の個性を発揮して物事をより良い状況へと改善してくことに貢献できる喜び、更に、本来の自分を取り戻していくことで、本来持ち合わせた能力が開花し始め、視野が広がり、進むべき方向が見え、出会うべき人たちと出会い始める。

アートに目覚めたり、自家栽培を始めるなど自然生活を追求したり、作詞作曲し始めたり、リーダー資質が目覚め昇進したり、サイキック能力が芽生えることも少なくない。それでも常に学びの姿勢を失わず、その後も自分を磨き続けるものには誰もの中に存在する「自分の中の賢人」からの声をキャッチし始められ、大自然に愛され、周りをより深く愛することができ、笑顔が増え、宇宙からのサポートも増える。

人生を向上させる為の思考力を向上させるには?

2020年07月18日 22時02分54秒 | その他
今年2020年から日本の教育は「思考力」の育成に本格的に取り組み始めたようですね。
混乱した世界で愛するものを守りながら幸せに生き抜いていくには思考力は欠かせないものですからね。

国的には、アップルの創始者・スティーブ・ジョブズのような思考力に秀でた人材が今後の日本経済の発展に欠かせないことを認めざるを得ない状況になっているのでしょう。それを可能にしていくには課題は多いかと思いますが、詰め込み教育からようやく動き出せたとは嬉しいことのように思います。

思考力は誰もがある程度改善できるものですが、スティーブ・ジョブズをはじめ、アインシュタインやソクラテス、ガリレオといった飛び抜けた思考家はやはり生まれ持ったもの。ジェラシーは必要ない。自然の摂理からも、誰もに世の美しい調和を保ってよりよく生きるための重要な役割があるはず。その役割を認識して果たしていくには、それぞれの生まれ持った資質を発見し、上手に育てるようサポートする環境が必要不可欠。今までの「思考を潰す」教育、「出る杭は打たれる」環境(特に身の回りで影響を与える人達:私たち一人一人ですね)はやっぱり変えていかないとね。でも環境が変わるには時間がかかるので、まずは自分でできることを始めないとね。

ところで今の日本で最も必要とされているだろう思考力って何だと思います?

分析力とか創造力とか。。。
もっと大雑把に捉えてみると
日本の教育は長く詰め込み教育で記憶力重視でしたね。その詰め込んだ情報や身の回りの出来事、大自然から人生をよりよく改善していく術を発見していく力、といった感じでしょうか。ニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見したというような。

思考力を高める方法が今後もどんどん出回るかと思いますが、
今回は、思考力の向上の鍵は「本来の自分を生きる」ことだと自身の体験から気づいた点を紹介します

15年ほど前に西洋に暮らし始めた頃、自分が考えることが上手にできない、自分の意見を持てない、持てても人前で言えない、また上手に表現できないことなどが浮かび上がり自分自身非常に驚きました。こちらのESL(英語スクール)の先生方の間で、「日本人生徒は考えることができない」と評判にもなっていました。

なぜ考えることができないのか、意見が言えないのか?深く自己分析を行ってきた過程で、当時の日本社会では他者と違うこと(違う意見を持つこと)は無意識に危険だとみなしてしまっていたことが自分の思考力の発達にネガティブに影響していたことが浮かび上がりました。日本では幼少時から周りから浮かないように常に周りを気にして周りに合わせ、エネルギーを使い果たし疲れ果てていました。

やはり自分を押し殺して生きてしまうと幸せが遠のくことは勿論、思考力は非常につきにくいのです。自分を取り戻していくにつれ、人間という動物として自然と持ち合わせる思考力・創造力・愛情が高まり意見も明確になっていき、これは確実に自信につながります。日本の方で幸せを感じられない方の大半は自信がありません。また自信があっても、「周りと比べて何が優れている」、といった非常に不安定な自信であり、「自分が自分であることへの自信」を持てることは大変難しい環境です。

スピリチュアルの視点からも思考力はとて興味深いもの

スティーブ・ジョブズも主張していたように、私達の思考とはいわゆる「チャネリング」であるといった考え方はとても納得です。スティーブはスピリチュアル にしっかりと足を踏み入れていました。日々の心の訓練(基本的に自分と向き合うこと)で感情に振りまわされず(押し殺すのではありません)思考をクリアにしていくことで「この世を動かす法則」、道(タオ)とも言われますね、を自然と察することになり、より優れたものにアクセスすることが可能になります。

気をつけないといけない点

思考力は正しさに向かって徹底的に行わないと結果的に破壊をもたらします。人間社会の科学や産業の発展の段階で思考家・科学者・リーダー達が「考え抜かなかった」こと、それを受け入れてきてしまった私達が現在の深刻な環境汚染といった今の世の混乱を招いてしまったのです。海に汚染物質を垂れ流したら当然魚が取り入れ、私たちの口に入り、体内に積もってガンを発生させる。。。論理に沿えば結果がちゃんと見えるものですが、エゴ(有名になりたい、お金を稼ぎたい、楽に生きたいなど)がその論理さを混乱させ、間違った判断を正当化させます。

スピリチュアルの視点から言うと、心が混乱し、幼稚なエゴが主導権を握り、物質主義に囚われているままだとレベルの低いものにチャネリングしてしまうこと。低いレベルのもののサポートを得ると、一時的に物凄くパワフルに感じられ、短期的にラッキーで楽な人生を送れるかも知れませんが、愛を学べず、つまり自己中心さから成長できず、最終的に自己崩壊を招き、周りを混乱させ、世の調和を乱すことに貢献する非常に残念な人生を送ることになりがちです。西洋でも、そうしたパワーでのし上がったセレブ達の混乱した人生がよりあわらになってきています。日本のスピリチュアリティーでも、低級霊に頼ると後で人生を混乱させられると言われますよね。

より優れた思考力を高めるには

本来の自分を生きることが鍵。それにはエゴを理解してしつけることも欠かせない。幼稚でしつけのされていないエゴは論理力を混乱させます。この世は完璧な論理でできているので、その一員である私達は幼稚なエゴから解放されることで自然に論理的に生きられるはず。すると、より優れた思考力が育ち、人生を大きく左右する直感力も冴えるもの。エゴについてはまたじっくりお話しできたらいいと思います。

自分の心が大きく揺れるもの(好きなこと、カチンとくるもの、嫌なことなど)の原因、理由、を追求し始めしょう。自分を他者の視点で分析しましょう。追求していくことで根底にある「人生哲学」が見えてきます。何を大切にしているのか、人生とは、自分とは、他人とは、この世とは何だと思っているのか。無意識に支持してきた人生哲学を掴み、今後よりよく生きる為の理想の哲学を立ち上げ、達成していくよう務めることは自分を向上させ思考力を高める鍵です。このプロセスは時間をかけてじっくり行うべきもの。また時間ができたら人生哲学の掴み方や改善方を紹介できたらと思います。

誰かを『嫌だな』って思ったら? ー 絶好の心の学びの機会でもある!

2017年06月18日 23時15分26秒 | その他
誰かを嫌だなって思ったら、その思いに苦しむことに時間とエネルギーを浪費するだけじゃなくて学びの機会にもできる。学んで成長してゆくことで苦しみは減少してゆくはず。スピリチュアル的な観点では、世の中のものすべては天からの贈り物。嫌だと感じる時こそ最大の成長のチャンス。

「嫌だな」と感じるのは動物の防衛本能として自然の反応。その反応を利用し自分や大切な人達を守るよう作戦を練ることができる。問題は、嫌な気持になることが無意識の癖になり、嫌な気持ちから抜け出せずに長期間ストレス下にあり続けることで心身に支障をきたしてしまうことや、相手を懲らしめたいといった悪意が心に育ってしまい邪悪に利用されやすくなること。そうした場合の嫌な気持ちは過去の経験や思い込みといった幻想から発するものが多い。嫌だなって感じる理由は様々だけど、心を成長させ、今までの自分と他人との付き合い方を変えてゆく必要性があるってサインでもあるよね。

ブッダやその他世界中の「永遠の哲学」(オルダス ハクスレー著)と分類される古代からの様々な教えでは、現実をきちんと捉え自分に起こること全てを自分で責任を取るべく無意識を意識化して清く強い心を育て全知を求めてゆくことが基本。つまり、世の美しい調和を目指しより良い言動を選ぶべく自分を自分で躾け、心の中心にいつでも自力で戻れる力をつけることでで苦しみから離れてゆくことが可能。気持ちを押し殺したり、無視したり、人のせいにしてては決して苦からは逃れられない。

どんな状況でも事実を把握しつつ動じない「中道」の境地に至れたらストレスから自由になれるのだろうけど、実に難しい。感情を押し殺すとか無視することとは違う。己の過去に囚われずに清らかに生き心を開くことで「道(タオ)」つまり真理につながる。

感情を押し殺してばかりの人は感情の暴走に対応する方法を身につける機会を得られなかったため、限界を超えると「切れて」しまい、衝動的な行動を取り大変な問題になってしまったり、またその間の記憶を失うこともある。とても危険だから感情を開きながらコントロールする方法を身につけよう。こうした心の訓練は女優訓練みたいなもの。喜怒哀楽に深く浸り意図して瞬時に感情を変えられるようになる。女優訓練とスピリチュアル訓練の大きな違いはその意図や演じるのではないという点。

現実に起こっている「事実」は変えることはできないが、それをどのように自分で認知するのかは自分の責任。嫌な気持ちになるのは自分の責任。誰かや物事がトリガーとなって自分の嫌な気持ちに火がつく。だから自分が変わらない限りはどこにいっても誰といても嫌な気持ちは繰り返し永遠に自分に襲いかかってくる。自分を知る、つまり火種を見つけ、トリガーとなる条件、状況、プロセスを知ることで気持ちが燃え始めたことに気がついたら早急に消火活動に当たれる。

嫌な気持ちを根底から解消してゆくには?


1「変わりたい」という切望

長年の無意識の癖となっている感情の反応に対応してゆくには本気にならないとまず無理。変わりたいという目的が強ければ強いほど人生で最も難しい「自分との戦い」を乗り越えてゆくことが可能になる。

2 自分の気持ちに責任を持つ

人や何かのせいにしない。何がきっかけとなったのか(誰かの言動や状況等)も分析してゆくことも自己理解を深めるに必要だが、嫌な気持ちを持つことは自分の責任だと「納得」することで自分で気持ちを変えることが可能になる。

3 嫌な気持ちになった自分に気がつく

「嫌だと思ってはいけない」と自分の気持ちを押し殺し続けるのは危険。気持ちに気がついて認めない限りは改善は始まらない。嫌だと思う自分を責めるのではなく、学びの絶好の機会として捉えよう。

4 嫌な気持ちの理由を探る

この世のもの全てに必ず理由がある。無意識であっても必ず何かしら理由がある。また、表面的な理由の奥に深い理由が潜んでいるので忍耐強く様々な角度から検討し、これだ!と思ってもそこで止めない。ある程度の理解にたどり着かないと、何かしらの問題が生じ理解を助けようとする。つまり、取り組まない限りは問題は無くならない。

怒りや悲しみを十分感じることは自分を奮い立たせる動機付けになるが、抜け出せないと動き出せない。抜け出す際は「理由」が必要となり、その理由に納得できるかは己の目的の明確さとそれを達成したいという思いの強さ。

5 自分の中にある様々な人格達を統率するリーダーとなる

自分とは過去に体験して拾い集めてきた様々な人格のパッチワーク。大半の人はそうした人格達から形成された自分ではないキャラクターになりきって過去の経験から誘発する感情に振り回されて生きている。意識して自分を嫌な気持ちにさせている自分の中の人格の存在を知り、そいつと対話をしながら躾けてゆくことで感情の暴走を抑えてゆくことが可能になってゆく。

自分の中の様々な人格は特に大きく分けて「分離したがる」と「つながりたがる」を基盤としている。これは世を構成する基盤でもある。この二つのパワーのバランスで全ての存在が可能となっている。嫌な気持ちは分離を促進する。人々が幼稚さから成長できず、魂の成長のための学びを避け、人同士がより分離しバランスが崩れ世界はバラバラで様々な問題が発生し続けている。分離を最小限に留められるように人々の心の成長が急務とされている。それには環境が変わらないとで、環境を変えるには”普通”や”常識”や不公平を生み出してきた物質主義に疑問を投げかけ日々魂の修行に励んできたあなたのような「年上の魂達」が立ち上がらないと。

6 自分の心の中心を見つける

穏やかで澄み切った心の状態。始めはシンプルだけど嬉しかったこと等を思い出しながら、笑顔を保って深呼吸しながら全身をリラックスさせるといい。その心身の状態を覚えておくことで、ネガティブに陥っている自分に気付いた際に切り替えやすい。「自分は守られている、愛されてる」とより深く信じられることで自分の中心に戻って行けやすい。それには日頃から自分を信じられるよう自分に嘘をつかないように、また周りの人に思いやりを持ち正しく生きようと努めることが必要。

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心の中で少しでも相手が変わることを望み続けている間は他人への嫌な気分から自由になることは難しい。自分で操作が可能な自分の心といった範囲だけをまずは集中したほうがいい。そして、その人との今後の関係について検討し深く付き合ってゆきたいのならば指摘をし、そうでないなら己の身の安全を最優先しながらも相手から悪い影響を与えられない距離を見つける。離れるべきなら先を見越し計画をたてる。身の危険があるのならまずは避難する。そうした場合は誰かに相談することも躊躇してはならない。

深い自信を持つことで他人に振り回されにくくなり嫌な気持ちも少なくなる。周りや流行に合わせて善悪の判断や言動を選び続けるようでは自分を見失い自分で判断する能力が養われず周りに頼り続けることから深い自信は伴わない。自分は深い部分で真実とつながっているから、自分が正しくない言動を取っていることは心の底では必ず感知してて、自分を信用することができず、自分を信用できないと人を信用することはとても難しく、宇宙から与え続けられる愛を信用し受け止めることは無理。

正しく生きようと努めることが必要なのは、人類は文明を発展させる過程で自然とのつながりを失ってきたことで動物として自然と持ち合わせるはずの善悪のセンスを喪失してきたから。自然にとっての正しさとは、この世の美しい調和に貢献してゆけること。無知から愚かなことをして、自分や周り、地球、宇宙に被害を与えないように生きるには善悪のセンスを取り戻すことが必要。取り戻せるまでは徹底して正しく生きようと努めなければ容易に道を踏み外す。気をつけるべきことは、社会の正しさが自然界やスピリチュアルでの正しさと沿わないことが多いって点。

深い自分探しで心身を清らかにしてゆくことで真理と繋がり始め、複雑な状況においても正しさの判断がよりクリアに迅速になってゆく。古代からのスピリチュアリティーの最終目的は神との一体化。神の道具となり美しさを世に齎す手伝いをすること。自分だと思わされていた自分から自由になってゆくことで見つけてゆく境地。

誰もの心の底に美しい魂が存在するが、誰もが混乱した社会に傷ついた被害者でもある。スピリチュアリティーはそうした傷を癒して魂(本当の自分)に戻ってゆくプロセス。人との出会いはそのプロセスの為に天から与えられる計算されつくされたギフト。必要だから与えられる。必要なくなるまで与えられ続ける。嫌な気持ちに囚われている真っ只中では難しいけど、どんな人との出会いでも成長の機会だと思い出して感謝できたら成長は促進するよね。


そうだね
誰もに魂として果たすべき
重要な役割があるんだよね

本当の自分を思い出してゆく
その美しさを体験したら
後戻りなんて考えられない

Ryoko

Twitter @SelfHunterJapan


近況報告など

2016年05月19日 01時46分41秒 | その他
ブログをご覧いただきありがとうございます。多忙につきあまりブログを投稿できない状況ですが、Twitterにはもっと頻繁に投稿しているのでそちらもご覧ください。

今年中に弊社Param Media から北米で英語でスピリチュアリティー関連の体験談と直感を記載した本を出版する予定です。来年にはこの本の日本語翻訳、あるいは日本人向けのセルフサーチガイド本を出版する予定です。

世界はより混乱し、人間同士、また人間と自然との関係がもっとバラバラになっており、どの国でも規制がより厳しくなっていき、個人の美しい自由が急激に失われています。そんな中で一人一人が今この瞬間から始められることは、分析心理学の創始者カール・ユングや神秘思想家ルドルフ・シュタイナー、古代ギリシャの哲学者ソクラテスといった歴史的賢者達が提唱するように自分の心を探る「内観の旅」に出ることです。

物質主義がどれだけ世界を荒廃させてきてしまったのかという現実を直視し、流行に踊らされている自分から目を覚まし覚悟を決めて「スピリチュアル戦士」となり、インディビジュエーション(自分化)を進め心の底に眠り続ける本当の自分をゆすり起こし、本来の自分の持ち合わせる能力に気づき育て、役割を思い出し遂行してゆくことで世界に貢献することになります。

私は日本で30年間暮らし、幼少時から世の不公平さ人間関係に大変苦しみました。特に20代からは物質社会に必死に馴染もうとし自分を見失っていきました。それでも自分の情熱を追い続けたことで神秘的な導きによって海外でソウルメイト達に出会い、パートナーで師でもある物理哲学博士の下で10年を超える日々のセフルサーチ、形而上学、哲学、スピリチュアリティーの学びを得、たくさん泣いて笑って自分を取り戻してきました。

心の闇に直面し、戦い、バランスをとってゆくことで他者、社会、世界がより深く理解できてゆくようになり、真実に向かって正しく生きる誓いが深まることで真の自信が育ち心が安定していき、自然からのサポートをより受け止めることが可能となっていきます。スピリッツの成長に伴う痛みを通り超えてゆくことで、今まで知ることもなかった美しい世界を体験してゆくでしょう。

私の経験が日本で自由と幸せを求める方々へ少しでも役に立てたらと思っています。



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セルフハンター
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