「ヴァレリー著テスト氏」小林秀雄訳 創元社
先日、ヤフオクで「ヴァレリー著テスト氏」小林秀雄訳の初版本(昭和14年)が500円で出品されていたので落札した。
私は清水徹訳の「テスト氏」は随分前に読んだことがある。
小林秀雄の末ヘどのようなものであるか、興味があった。
さすがに難しい旧漢字が多くて辞書を引きつつ読んだ。
小林秀雄はこの創元社から出版する5年前に末A何か所か推敲して出版した、と書いてある。
33歳と言えば彼が孤軍奮闘しつつ批評活動していた時期である。
「テスト氏」の末カから彼の張りつめた緊張感、悲壮感、激しい熱情が感じられる。
小林秀雄自身の末?カの文章にも何とも名状し難き激しい、祈りにも似た想いが込められている。
「前略 『人間』がそのまゝ純化して『精神』となる事は何の不思議なものがあろうか、人間が何者か失ひ『物質』に化す事に比べれば。 £?ェー 僕は繰り返す。何凾ノも不思議なものはない。誰も自分のテスト氏を持ってゐるのだ。だが、疑ふ力が、唯一の疑へないものといふ凾ワで、精神の力を行使する人が稀なだけだ。又、そこに、自由を見、信念を摑むといふ凾ワで、自分の裡に深く降りてみる人が稀なだけである。缺けてゐるものは、いつも意志だ。」
小林秀雄はヴァレリーと親和融合しつつ意図を汲み取り自分自身の言葉に置き換えて末キる。
この小林秀雄訳「テスト氏」読んだ読者が恫喝するような小林秀雄訳よりは清水徹訳は分かりやすい、などと感じるのは真摯な自己探求をせぬ己を恥ずべきだと思う。
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