新聞や雑誌に連載された本は読むまいと決めていたが、森鴎外一家には興味があり読んでしまった。、長期にわたる連載は重要でない枝、葉が多くて退屈する経験があったので…。鴎外亡き後の財産や特に印税の分け方で兄弟姉妹がごたごたしたり、パリに遊学したが大してものにならなかった。結局、鴎外の子として格闘し続けたが、親を超えられなかった苦悩か…?。類は言っている”僕の夢は何も望まず何も達しようとしない事だ。質素にひっそりと暮らすこと”。しかし周りが許さなかったのでは?。私が最も興味があったのは鴎外の次女杏奴の息子即ち鴎外の孫、小堀鴎一郎が国際医療センター病院長定年後訪問診療医として活躍しているドキュメンタリーをテレビで観て深く感動した。彼が看取りの経験を書いた「死を生きた人々と訪問診療としての355人の患者」は第67回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しているそう。鴎外のDNAは確かに孫が受け継いでいる。