お好み夜話-Ver2

ハルコさんのチュー

「ハルコさん」はとても上品なお顔で、笑顔がチャーミングだ。

いつもは目でご挨拶するだけだったが、その日はたまたま向かいの席に座ったせいか、真っ直ぐにこちらを見て、嬉しさを全身に滲ませながら笑いかけてくる。

ごく普通に「こんにちわ」と挨拶してしばらくすると、いきなり左手をギュッとつかまれ引き寄せられた。

その予想外の力強さに驚いていると、手の甲に熱いチューをされてしまった。

見れば目尻から涙がひと滴こぼれ、声にならない声で何事かをうったえている。

とっさのことでどうしていいものやらわからず、ウブなチェリーボーイみたいに狼狽えてしまうワテクシ。

「ハルコさん」はその様子がさらに嬉しかったのか、握ったワテクシの手に力を込め、何度も何度もチューをー繰り返すのでありました。



ご婦人からこんなに情熱的なチューをされたことは久しくないので、戸惑うばかりなワテクシを隣で見ていたかあちゃんがニヤリと笑い、「モテモテだね」などと冷やかした。

だが「ハルコさん」余りに興奮しすぎたのか、車椅子から転げ落ちそうで気が気でない。

「ハルコさん」は半身が不自由なうえ、右手しかきかず、言葉も発せられない身の上で、それでも一生懸命に何事かを伝えようとしているのだ。

その目からはますます涙が溢れ、ヨダレと鼻水で、ワタクシの左手はベトベトちゃんであります。

テーブルの端のテッシュを自由な右手で取り、「ハルコさん」の目と鼻と口を拭いてあげると、身体を揺すって感謝を示され、さらに強烈なチューを受けた。


もはや車椅子が倒れそうなほど身体が傾き、見かねた看護師さんが助け舟を出してくれ、ワテクシのベトベトな左手は解放されたのであります。

「ハルコさん」が全身を使って何を伝えたかったのか、青二才のワテクシにはわからなかったけれど、もし隣に座ったとしたら、間違いなくホッペか唇を奪われたことであろう。


前略おふくろ様、あなたのいい歳をした息子が、あなたと同年輩の女性からチューをされるのを目の前で見て、何をお感じになったのですか?

相変わらずおバカなヤツと、お思いでしょうか?


今日ふだたび施設にいくと、「ハルコさん」は満面の笑みで、かすれた切れぎれのか細い声で、「ありがとう」と言ってくれた。

ちょっと、ウルッときた。

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