お好み夜話-Ver2

残像の男

芋掘りと松本はほんとうに楽しかったが、小僧にとっては必ずしもそうでなかったようだ。

松本に着いてから元気がなく、目もトロンとして眠そうで食欲もなく、腰が痛いと言いすっかりおとなしく笑わなかったのだ。

へんな姿勢で土を掘って痛めたのだろうが、ゆっくり寝れば回復するだろうとタカをくくっていた。

月曜の朝、普段なら何をさておいても朝飯を食べるのに、食欲がないと驚くべきことをつぶやき、それでも仕事に出て行った。

3時頃、職場から電話がかかってきて、体調が悪そうなので熱をはかってみたら39度もあり、早退させるので向かえにきてほしいとのこと。

それは大変と車で職場へ行き、熱さまシートを額に張りぐったりした小僧を引き取った。

職員の方にお詫びを言って帰ろうとすると、奥から年配の女性に呼び止められ、

「ご親戚の方ですか ? 」

と問われたので、父ですと答えると

え、えーっっっ !!

と驚かれてしまった。

この方6年ほど前に店に来てくださったのだが、その時は今より30㎏オーバーのじょにー・でっぷりだったので、その印象の方が強く、お痩せになったオヤジの変貌ぶりにビックリしたのだった。

痩せたことを驚かれるのは久しぶりだったが、悪い気持ちはしない。


その話しを次の夜、カウンターで生ビールを「うひゃぁ~~っ」と飲んだ「チエさん」と「すちゃらか旦那」にすると、

「そりゃアタシだっていまだにモグマスが膨張しているときの印象の方が強いから、道で会っても昔の残像が残っていて一瞬わからない時があるよ」

と宣う。

するとかあちゃんも、自分も時々おデブの残像が見えるときがあるなどと言う。

ふーん、よっぽどオヤジのじょにー・でっぷりは魅力的で印象深かったのだろう。

「じゃあその当時のじょにー・でっぷりなオヤジと、今の痩せてしゅんとしたナイスミドルなオヤジと、どっちに抱かれたいんじゃ ? 」

と「チエさん」に調子こくと、フンと鼻で笑われてビールを呷られてしまった


「チエさん」はオヤジの「モグマス」の名付け親で、旧「東京蟒蛇倶楽部」の悪魔ナンバー003を標榜する恐ろしい龍柄の姐さんだ。

しかし003・フランソワーズを標榜するなんて許せないと、003にキュンと胸ときめかした昭和の良い子の「すちゃらか旦那」もオヤジも同意見だ。

まあオヤジは009ばりに加速装置を使っておデブの残像を残しているらしいから、悪魔の00ナンバーを維持していると言っていいかもしれないが、そのうち実像の方はくたばっちまって残像のみってことになりかねない。


あっ、オヤジの残像なんてどうでもいいのだが、けっきょく小僧の熱は2日間続き、腰の方は「モミモミ先生」に診てもらい目出たくぎっくり腰と診断された。

まったく、オヤジが石を貯めれば次はかあちゃんと小僧へ、オヤジがぎっくり腰になればかあちゃんと小僧も後を追い、オヤジが痩せればかあちゃんと小僧も痩せるという、単純なミラーニューロンがはたらいているのですな、我が家は。

だけど「千昌夫」の「望郷酒場」じゃないが、
♫ おやじみたいなヨー 酒呑みなどに ならぬつもりが なっていた ♪

なんて血を引いたのは死んだじいさんからオヤジだけで終わりのようで、小僧にはまったく酒を飲みたいという気持ちがない。

まあその方がいい、残像を残してくたばっちまうのはオヤジだけでたくさんだ。

みなさん、お正月まであと2週間、くれぐれもご無事で、笑顔で新年をお迎えください。

                              by 残像の男より

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