当店は、お客様が自分で焼かないスタイルなので、男性が一人で来店されることも多い。
カウンターで、本や雑誌を熱心に読みふける人もいれば、ひたすら携帯でメールを打ち込む人、黙ったまま身じろぎもしないで待つ人もいる。
基本的には、お客様のスタイルをじゃましないようにしているが、鉄板の上にジッと注がれる沈黙の視線は、正直、つらい。
こう見えても意外と人見知りするほうだが、なにかきっかけさえあれば、会話をしたほうが気持ちが楽だ。
ある晩のこと。
偶然とは予告なくやってくるもので・・・。
年格好も体つきも全く違う男性が、一人、また一人と、口裏を合わせたように次々と来店、カウンターへ。
椅子を1つおきに席につき、5人の男性がカウンターにわらわらと陣取った。
さりげなく視線を外す男たちの間に、気まずくも不思議な空気が漂う。
それもその筈、全員が口ひげ、あごひげ、どろぼうひげ(口の悪い「Cちゃん」の「スチャラかな旦那さん」に言わせると、オヤジのひげはドロボウだそうだ・・・フン、今どき昔の漫画みたいなドロボウなんているもんか ! せめてヒゲ男爵くらい言ってくれ ルネッサンス~)と、ひげ男のオンパレードだったから。
焼いてるオヤジもひげならば、待ってる人も全員ひげ男。
この光景を第三者が見ていたら、相当ヘンだ。
「ひげ専科・モグランポ」の開店でござい。
とて~もおかしな空気の中、黙々と焼くひげオヤジ。
出来上がったものを黙々と食べ、かつ飲むひげ男たち。
やがてひげ男たちは一段落した。
誰がこの雰囲気を打破するか、緊張が走る。
そこへ、何と不運な・・・。
うら若き女性が2人、ご来店。
いっせいに振り向くひげ軍団。
ギョッと、立ちすくむ女性2人。
顔を見合わせ、恐る恐る、「あの、いいですか・・・」
も、もちろん!
はじけるオヤジ! 満面の笑みで。
「どうぞ、いらっしゃいませ!」
緊張の糸がほぐれ、帰るタイミングはここだ、とばかりに、お会計になだれ込むひげ男たち。
そして平安が訪れた。
口開けに端のカウンターについた、口ひげの(名前までは知らないのが、何度か来て頂いている)男性は、小さく息をつき、かすかにオヤジを見て苦笑い。
その後、「ひげ専科・モグランポ」のメンバーが一堂に会することはありませんでした。
数年前の、世にも不思議なお話の一席でございます。
お後がよろしいようで・・・。
このことがあったかなり後、ヒゲの手入れをしていてうっかり片方を中途半端に剃ってしまい、もう取り返しがつかないので両方剃り落したことがある。
でも常連さんでもしばらく気がつかなかったほどの、存在感のない“ドロボウひげ”でございます。
ついでながら・・・。
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