プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 高橋克彦「天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男 九戸政実 上下」

2024年09月01日 | ◇読んだ本の感想。
これ、新聞連載だと思い込んでいたんだけど、違うようだね。
だったらなあ……もうちょっと短くしてくれても良かったような。
単行本で上巻634ページ、下巻567ページあるんだよ。正直飽きた。

特に上巻がね。おそらく史実でもずーっと本家とぐだぐだやっていたんだろうし、
そのぐだぐだがあったからこそ最後の決戦が盛り上がると思ったのかもしれないが、
正直、そんなに能力がある人ならとっとと本家と決着をつけろと。
3回くらい同じことをやるでしょう。もたもたしている。ひたすらもたもたしている。


高橋克彦ってちゃんとした作品を書く人だとは思うんだけど、明確な欠点もあると思ってて。
まあ近年の作品は読んでないんだけどね。
でも20年前くらいに初期のミステリと、「炎立つ」「火怨」、「竜の柩」「霊の柩」……
10冊ちょっとは読んでいる。「竜の柩」はトンデモとはいえ、すごく面白くて買った。

でも「竜の柩」でもすでに顕著だったんだけど、
……この人はほんとーに人が描けない。

いや、かっこいいのよ。主役は常に。
だがそのかっこよさがあまりにも型にはまりすぎて。
全然書き分けが出来てない。作品は違えど造型はみな同じ。
主役みんなが頭が良くて、かっこよくて、人に慕われ、賞賛される。
「またこれか」と思うと……どうもねえ。

この人の話の作りは、主役が全てを見通して台詞で全部を説明するパターン。
ミステリもそうだし、伝奇ものもそうだし、歴史物もそう。
それに加えて、その会話文も全員同じなんだよなあ。
これは主役どころか登場人物の口調が全員同じ。語尾をちょっと変えたりするだけ。
もう少し何とかなってもいいだろうと思う。

台詞で話を進めるところが災いして、なかなか進まない。
「またこれか」と思っているから気持ちよく読み進められない。
小説として、……悪いってわけではないんだけど、うーん、やっぱり不満だなあ。


まあでも、全然知らなかった九戸政実について読めたのは良かった。
面白くなくはなかった。テーマ自体は。書き方に飽きただけで。

だが多分高橋克彦が書くと相当理想化されているだろうと思うので、
九戸政実と南部一族についてはいずれ人文書を1冊2冊読んでみようと思う。
課題図書リストに入れて、おそらく8年後くらいに。

源氏の血筋の九戸政実を、蝦夷の後継者として扱おうとするのは無理があると思われるが、
高橋克彦の日高見愛に免じていいことにする。


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◇ 岩下壮一「カトリックの信仰」(ただし80ページまで)

2024年08月20日 | ◇読んだ本の感想。
8年くらい前に「いま大人に読ませたい本」という本を読んだのよ。
これは谷沢永一・渡部昇一の共著で、――彼らを決して読んでいるわけではないが、
まあ有名だからというスケベ心。
そこに出ていた本、多分10冊くらい興味を持って課題図書リストに入れたなかの1冊が本作。

だが、これはわたしが求めていた内容ではなかった。
わたしは、キリスト者が理性的に信仰を解説してくれる本を求めていて。
キリスト教の神を信仰する「理由」を書いてくれていたら嬉しいなと思ったのよ。

しかしそもそもこれは「公教要理」(=カテキズム=教理問答etc.訳語がいっぱいある)を
解説したものらしい。なので、教義の解説≒説教のようなんだよね。
なので、内容はすっぱり信仰。わたしが読みたいのはここではない。

緒言の部分には、「そうそう、これについて話して欲しいのよ~」と思ってた見出しも
多々あったのだが、
(例えば「信仰と理性との関係」とか「正しい信仰と迷信」とか)
本文をわりと丁寧に読み進めて行っても、どうもそこについて納得出来る内容が
読めそうもなかった……まあ読んだの80ページですけど。


   要するに信ずるというのは、ある事柄を理性が承認することであって
   証明することではない。

   

ここの、「理性の承認」の部分を詳しく!と思ったが、それには言及されない。
すぐあとにはこんな文章が続く。


   君を信ずるという時には、貴方が虚言を言わぬとか、あるいは間違ったことをしない
   ということを認めるということであって、果たして相手が絶対に確かなものであるか
   否かについて、明らかな証拠を掴んだというわけではない。


この例えではなあ。友達と比べられても……という気がする。

この本には例えが多用されているが、元々の文章が書かれたのは昭和初期、
第二次世界大戦の前だから、例えが古くて現在の(わたしの)価値観ではピンとこない
ことが多い。つまり納得感がない。
納得感が低いことについて文庫で1000ページ近い本を読むのはちょっと厳しい。

それでも100ページは読もうかなと思ったが、80ページも100ページも
変わらないですよね。これで中止とする。  
内容について読み込んではいないので、要約などは出来ない。
興味のある方は自力でご一読を。




キリスト教が(歴史的に)強いのはなぜなのか、という疑問を前々から持っている。
まあそれなら、そういうことについて書いてある本をたくさん読めという話だが、
テーマとして重いので、あまりダイレクトに読みたくはない。
ごくまれに、かすってるかかすってないのかわからないラインの本を
ちょこちょこ読んでいきます……

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◇ 池澤夏樹個人編集世界文学全集Ⅲー1 フラバル「わたしは英国王に給仕した」

2024年08月14日 | ◇読んだ本の感想。
わりと期待していたんだが。ユーモラスだっていうし。
が、つまんなかったですねー。短めだから一応最後まで読んだけど。
読んだというほどではない。後半はパラ見に近い。

「ブリキの太鼓」がかなり面白かったのに、こっちがつまらなかったのはなぜだろう。
文章にそんなに中身がないから――っていう言い方は悪意がありますか。
書いてある内容が、わりとドタバタナンセンス的なんだよね。
そこに面白みを感じられる人はもっと楽しめるんだろうけど、
わたしはそこが全然響かなかったので、すでに面白みは半減。

ストーリーでちょっと響いたのは、当時のチェコでドイツ人の元体育教師、
今はナチスの組織の一員として(?)働いてる美女との恋愛部分。

彼女の初登場のシーンで「え?やばいこと言ってない?」という台詞があった。
見ていただいた方がいいと思うので引用する。


   「あなたのおっしゃる通りだわ、プラハは昔からドイツ帝国の領土で、
   わたしたちがプラハの町を歩き、自分たちの慣習にもとづいた服を着るのは
   譲ることの出来ない権利なの。世界中がそのことに無関心だけれども、総統が
   この状況をそのままにはしておかないでしょうから、すべてのドイツ人を
   シュマヴァからカルパチアまで解放する時がかならず来るはずよ……」


おやおやおや。わたしはこの頃のチェコ(スロヴァキア)とドイツの関係を
詳らかにはしないが、それでもプラハでドイツ人に対する反感が吹き荒れてる時期に
こんなことを普通の顔で言っちゃう女性はまずいですよね?

でも主人公は、その内容には特に触れずに彼女の背の低さに恋に落ちてしまう。
(主人公は自分の背が低かったから今まで女性と上手くいかなかったのだと考えている)
そしてなぜかその美女の方も主人公を好きになる。

うーん。ここまで読んで来て、ばりばりナチスの女性隊員が恋に落ちるほどの魅力を
主人公に感じなかったのだが……。
でも女性受けは良かったって本人が言ってるから、実はモテてたのかな?
主人公はチェコ人なんだけど、苗字をドイツ語読みして、先祖がドイツ系だと捏造する。
主人公はドイツ側の土地に引っ越して、そこで肉体検査を受けた上で美女と結婚するが……

美女は人気者だけれど、自分はその付け足しにもならず、ほとんど透明人間のように扱われる。
握手の手を差し出しても無視され、乾杯のグラスも合わせてもらえない。

そして、自分が美女と結婚するために検査を受けているまさにその時期は
ドイツ保護領になったチェコで、ナチスに反対する人々が裁判を経ずに処刑されている
時期と同じだった。そのことに主人公は衝撃を受けるが、
……本人の心情はともかく、現実としてはドイツ人女性と結婚し、
優生学的に優れた子供を儲ける……
あれ?子どもいたかな?いた気がするけど。ごめん、面倒なので読み直さないわー。

戦争後、どさくさに紛れて奥さんが手に入れた(合法か非合法かは不明)
切手(多分コレクターズアイテム)を売りさばいてホテルオーナー、お金持ちになる。
奥さんは戦争終盤で死んでいる。



……なんか、一応主人公の人生を若い頃から老年期まで描いているんだけど、
あっさり進むというか、一人称の小説のわりに語り物の寓話的なのよね。
なのであまりストーリーは深まらない。

1.給仕人として働いていた時代
2.美女との恋と結婚と戦争
3.戦後のホテルオーナーとしての疎外感

話は多分この3つに分けられると思うんだけど、そんなに深みを感じるわけではなく。
深みはなくてもいいんだけど、面白みも感じなかった。まあこういうのは好みですよね。


そもそもわたしが純文学を愉しんで読める確率が低いんだから。
次に期待しよう。次に。


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◇ 朝井まかて「実さえ花さえ」

2024年08月02日 | ◇読んだ本の感想。
相当期待して読んだ1冊。
面白かったが、ちょっと小骨が多いか……と感じた。

読む前に、時代小説だと思いすぎたのかもしれない。
わたしにとって時代小説は、いわば上善如水。するすると読めるをもって良しとする。
そのするする具合を軽く見てしまう偏見もたしかにあるのだが。
時代小説が連作短編で長く長く続きがちなのも、内容の薄さが利していると思う。

本作の場合は時代小説として読んだことがむしろマイナスに働いたかもしれない。
予想よりも内容が濃かったんですよね。
薄いよりも濃い方がいいのではあるが(濃すぎるのも駄目だけれど)、
でも時代小説にこの濃さは必要か?とつい感じてしまった。
先入観に囚われてしまった典型例。


花師(育種家)の話で。
植物のことが美しく丁寧に書いてある。
文章自体も美しい。滅多に見なくなった単語にいくつかお目にかかれて嬉しかった。
人物も上手に書けている。これがデビュー作とは信じられないほど。

ただ、1冊の前半はうっすら細かい部分の不満もあったかな。
ちょっと情報を勿体ぶりがちですかね。一、二、三、四、五と書けば素直なところを
一、二、……三、四、五だったり、一、二、四、三、五と書いたりすると感じた。

あと一番盛り上がってすっきりするだろう部分を省略しがち。
たとえばテングサに植えた桜草の披露は描かれない。披露した瞬間の「おお……」という
どよめきこそ読みたかった気がする。

そういうことが前半部分は目について、若干気になった。
しかし今気づいたが、これは別に連作短編ってわけじゃなかったんですね。
そうすると前半と後半の濃度が違っても別にいいのか。
いろいろ読み方を間違ってたなあ。

後半の濃度は好みであった。好みではあったが、理世の行動が納得できなかった。
わざわざ誰もいない場所で会ってるんだから、ストレートに言ってやれよ。
「希少種を使うな」だけじゃなくて。
そして結局寝るんかい!このきれいな話で、一度だけ肉体関係を持ってあとは
すっきり、ってどうなんだ。わたしは納得できない。

まあでもクライマックスは好きでしたよ。
とにかく吉野大夫が(終盤で突然出て来て大変いい役でまとめるけれども)かっこ良かった。
――「ご隠居様、どうぞ頭をお上げなんして。そして、一人で育ったつもりで
有頂天になっていたわっちをどうぞお笑いなんして」――
このセリフは凡百には書けないと思うよなあ。泣いた。

とはいえ、「有頂天」がはまるかどうかは疑問。わたしの有頂天は夢中で喜ぶことで、
得意の絶頂という意味はあまりイメージにない。まあ得意の絶頂はあってもいいが、
夢中で喜んだ上での得意の絶頂というのがイメージなので、
普通に「天狗になっていた」とかの方がいい気がした。ワードチョイスちょい凝りすぎ。

わたしがこの人を課題図書リストに入れたのは、知人がすごくファンで、
サイン会にも行くほどだって言ってたからなんだよね。
デビュー作でこれならかなりの完成度だし、上手いと思うが、
面白いより上手いが勝っちゃうかな。わたしの好みと若干方向性が違う。
2作目はそこまでハードルを上げないようにして読みましょう。


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◇ 丸島和洋「戦国大名武田氏の家臣団 信玄・勝頼を支えた家臣たち」

2024年07月27日 | ◇読んだ本の感想。
この人の、こないだ読んだ本が面白かったんだよね。
なので、この本も期待を持って読んだ。

本論の武田氏に入る前に、前史として関東地方の公方状況を書いてくれてるのよね。
公方とは、時代によって変遷した言葉だけれど、とりあえず室町時代の公方は
関東圏内にあった武家政権の出先機関の長としての呼称。
関東公方、鎌倉公方、古賀公方とかは聞いたことがあったけど、
堀越公方、小弓公方という聞いたことない名前も出てくる。
Wikiを見ると他にも5つ6つの呼称があったらしい。なかには郡山市や須賀川市、
越中市、大阪府堺市で成立した泡沫公方もいたようだ。

しかしまあこの公方状況についての説明が冒頭の正味1ページ半くらいなんだけど。
ほんっとにややこしかった!たった1ページ半なのに内容が全く頭に入らない!
ゆっくり読んで、わけはわかったけど、それが記憶できる気が全くしない!

今後おそらくこんな機会もないので、武田氏前史である関東地方の公方状況について
理解できる限りにおいてメモっておく。


室町幕府は関東を直接統治せず、鎌倉公方を置いていた。
初代は足利尊氏の四男、基氏の血統。
しかし代々の鎌倉公方は京都の征夷大将軍の位(名実共のナンバー1)を狙い続ける。

それに歯止めをかけていたのが、鎌倉公方の補佐役である関東管領家である上杉氏。
補佐役というよりお目付け役というべきかもしれない。管領の任命権は幕府にある。

第4代鎌倉公方・足利持氏が室町幕府に反乱を起こした。(永享の乱)
その反乱は鎮圧され、持氏は死亡。その結果、鎌倉公方の権力は便宜的に上杉氏に与えられた。
それに関東の豪族たちが反発し、持氏の遺児・成氏が第5代鎌倉公方として任命される。

が、永享の乱で幕府側として戦い、持氏を死に至らしめた上杉氏は新公方にとっては親の仇。
公方と管領という立場で並び立つはずもない。
新公方は上杉氏の当代を謀殺し、上杉氏の勢力範囲であった鎌倉から、
支持豪族の多い下総古河(茨城県)へ移り、以降古河公方となった。

この混乱に対処するために、八代将軍・義政は自らの庶兄・政知を鎌倉公方として派遣する。
が、結果的にはこれが悪手。
義政と古河公方・成氏の間で最終的には和睦したために、政知が宙に浮いてしまった。
当然政知は不服で、しかし鎌倉に入ることは禁じられ、その手前の伊豆堀越で足止め。
その後は堀越公方(ほりごえくぼう。この語は初めて見た)として存在する。
しかし公方とは言っても実権はない。

堀越公方である政知は、実力行使で鎌倉入りし、正当な鎌倉公方となろうとしたらしい。
だが実際に動き出す前に本人が病死。

以上が、武田氏前史としての公方状況の第一段階。まあまあわかりました。
結果的には鎌倉公方が争いの結果として古河へ移り、本来必要のない堀越公方という
存在が出現し、権力争いがさらに複雑化した。



第二段階。
政知の死亡により、堀越公方家では末子と庶長子の跡目争い勃発。
結果的には庶長子側が勝ち、末子側は殺される。庶長子側には関東管領が味方したらしい。


第三段階。
武田氏は位置関係的にも堀越公方家と関係が深い。
それゆえ、堀越公方家のお家騒動の影響を受けた可能性がある。
信玄の曽祖父・信昌と祖父・信縄が末子と庶長子側に分かれがゆえに内紛が起こったのかも。



……というのが武田信玄以前の関東の状況らしいです。
武田氏については各論だから、まあ覚えられれば程度だけれど、
第一段階である古河公方と堀越公方の発生、その際の関東管領上杉氏の立場というのは
覚えておくべきかも。

しかし関東管領家も、(山内)上杉氏の他に扇谷上杉氏がいてその関係性は知らないし、
初耳だがさらに他に宅間と犬懸がいて、上杉四家というらしい。
これについては混乱するので、今後縁があったら後日……



まあこの点だけでも覚えられれば、1冊読んだ甲斐があるというものですよ。
最初の1ページ半の内容だけで満足されては著者はがっかりするだろうが。

その後、曽祖父、祖父、父と信玄、四代にわたっての武田氏と、
近隣大名の同盟・敵対・和睦・婚姻が永遠に繰り返される。
これが頭に入るとは全く思わん。いるんでしょうねえ、好きな人の中には覚えてる人も。

そして信玄の事績、勝頼の事績と武田氏の滅亡。ここまででおよそ4分の1くらい。
手際良くまとめましたね。ややこし~いところを。著者えらい。


それからが本題である武田家家臣団の各論。
まず個人個人の事績を主に描いて、職掌などが後半になってから説明されるので、
普通は書き方逆だろうと思ったが、読み終わってみれば、個人のキャラクターを
うっすら掴めた後に職掌の説明が読める方が頭には入るかもしれない。
わかりやすかったように思う。
しかしわかったことと、それを記憶し続けれらるかどうかは別問題だが。

武田家家臣団を説明するのは大変です。
御一門衆と親類衆、譜代家臣と外様国衆――とすっきり分かれていれば簡単だが、
その他にも別な区分も存在するし、職掌でも違うし、何代か経るうちに家の立場が変わったり、
親族と姻族で扱いが違ったり、まあ当然なんだけれども本当にややこしかった。
ほとんど個別状況なんだもの。

そこらへんをうまく書いていた著者えらい。
読んで良い本。内容を説明は出来ないので読んでください。



――武田氏家臣団は「信長の野望」で若干目に親しいところ。
多分かなり初期の「信長の野望」だな。プレイ方式からして戦国群雄伝だったか。
信長でプレイするより武田信玄でプレイする方が
有能な武将が目白押しで楽だったまであった。
武田信繁。山県昌景。馬場信春。戦闘力も高ければ内政力も高く、大好きだったなー。
数十年の時を隔てて、彼らを教養書で読む。なかなかにエモいことである。


歴史好きを標榜するわたしでも、室町時代のことはほんっとうによく知らない。
考えるに、室町時代には軸がない。大和時代・奈良時代は天皇を軸とし、
平安時代は藤原氏を軸とし、戦国時代は有力武将を軸とし、江戸時代は徳川将軍家を
軸と出来るのに対して、室町時代は室町幕府の影が薄すぎて軸に出来ない。
みんな各地でわちゃわちゃしすぎやねん。

まあそういえば鎌倉時代のことも全体的には知らないのだが、
源頼朝関連はまあまあ知っていることと、元寇についてうっすらと知っていることで
知っているつもりになっている。


武田氏関連書を数冊読んで来た気がするが、とにかく近隣大名のわちゃわちゃが
乗り越えられないなあ。覚えられない。
むしろ信玄の小説を読んでみた方がいいのか?そっちの方がとりあえずの線は
頭に残るのかもしれない。



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◇ 吉田修一「パレード」

2024年07月21日 | ◇読んだ本の感想。
……だと思ったのよ、吉田修一!

吉田修一作品はこれで5冊目かな?ここ1年くらいおっかなびっくり読んでいた。
何がおっかなびっくりかというと、この人の作品は後味悪い系ではないかと……
ところが今まで読んできた4冊は、案に相違してけっこういい話。
あれ?間違ってた?こんな気持ちいい話を書く人?

そしたら5冊目で本性が出ましたねー。これはまさに後味悪い系でした。
あ、この5冊というのはわたしが読んだ5冊目であって、吉田修一作品としてはかなり初期。
もしかして初期作品は後味悪いとかあるのかなあ。

ちなみに今まで読んで来たのは「横道世之介」「続 横道世之介」「国宝」「路」。
これらはいい話でした。好きだった。


本作は、それぞれ悩みながらもぼんやり生きている5人の若い男女。
シェアハウスをしている。危うい人生ながらもけっこう楽しそうに生きてて、
最後までこの薄ら明るさを維持して終わるのかなーと思ったのにさー。

ネタバレですが、最後はほんとに落ちますからね。
まあ前振りはされているわけだが、今までほの明るかっただけにその明るさがツライ。
ここをこう持ってくるか……。と凹む。恨めしい。

というわけで、こういう後味悪い系にぶつかるのが怖いから、
あとは「永遠と横道世之介」上下を借り出せるようになったら読んで吉田修一は
終わりにします。
少し前は予約が20人くらいいて借り出せなかったけど、そろそろ空きが出そうです。

今年中に読むくらいかなあ。横道世之介もほの明るい系なので、
最後の最後に落として終わるのは本当にやめてください。
正続がほんのり終わって、完結編で落とされたらダメージが大きい。

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◇ モーリス・ルブラン「813」「続813」

2024年07月09日 | ◇読んだ本の感想。
「813」には大いなる欠点がある。

実態は「813」は前編、「続813」が後半なのに、
現行表記では「813」で完結、「続813」が続編だと思って、
とりあえず「813」だけ読めばいいかと思って1冊しか借りない。
すると、「813」では完結せず(第一段階の大ネタバレのところで終わる)、
話の大部分は「続813」に続くのだ。

今まで「813」を2回くらい読んだ気がするんだけど、毎回この失敗をするんだよなあ。


わたしはシャーロック・ホームズ派だったので、ルパンはそんなにしっかり読んでない。
と思う。小学校の時に何冊か読んだと思うけど。
なので、今回全部読んでみようと思ってリストアップしてみた。
まあリストアップしたのは7、8年前だが。
そしたら大人向けのは全10巻くらいなのね。もっとあると思っていたから意外。

久々に読んで思ったけど、ルパンシリーズはエンタメ性がすごいのねー。
派手さがある。ストーリーにメリハリがある。

特にこの「813」は長いことも長いから、
ただの殺人事件(殺人をただの、というのもなんだが)から始まるが、
隠し子とか身代わりとか、悪魔のごとき敵対者とか、大どんでん返しの変装とか、
脱獄とか追跡劇とか皇帝?とか、――もうそれはそれは派手。

初めて読んだ時にかなり犯人に驚いたので、残念ながらその記憶は覚えていた。
なので、最初からそれを意識せざるを得なかったのだが、そう思って読むと
あの人が犯人なのはかなり無理がありますね。

そんなに先手先手を打てる立場じゃないよなあ。
まあ半分くらいはがんばって打てるかもしれないけど、
刑務所に入っているルパンのことなんて、一体どうやって知ったんでしょうね?

しかもわかって読むと、けっこうミスリードがひどい。
まあぎりぎりありかなーという範囲のミスリードではあるかもしれないが。

わたしとしては話は地味でもいいから、もう少し蓋然性のあるストーリーの方が好みかなー。
面白いんですけどね。
やっぱりわたしはホームズ派。まあホームズもかなり荒唐無稽な話がありますけど。

次は「奇岩城」。これも読んだ記憶はあるが、内容は全く覚えてないので楽しみ。


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◇ 池澤夏樹個人編集「世界文学全集Ⅱー12 ギュンター・グラス ブリキの太鼓」

2024年07月03日 | ◇読んだ本の感想。
ノーベル賞受賞者。「ブリキの太鼓」は、非常に具体的なところが印象的で、
タイトルとして昔から記憶にはあった。今回初めて読んだ。

うん。面白く読めた。純文学にしては。
何よりも文体が平易なところが勝因だろう。平易とまではいえないのか。
しかし「永遠の三歳児」(物語の後半では成長するが)の語りなので、
――なので、とも言い難いがそこまで抽象には走らない。
登場人物の具体的な行動、一文が短いので読みやすい。
一文が短いのって大事ですよねー。著者並びに訳者:池内紀のお手柄。

内容は、ノーベル賞受賞の時に評されたらしい「陽気で不吉な寓話」という言い方が
合うと思う。内容はかなりブラック、時々グロテスク、しかし語り口はユーモラス。
一人称の文体。というより語り物に近いか。回想だから語り物になるか。

主人公は精神病院に入院している、30歳くらいの男性。
3歳の時に地下室に落下したことが原因で、背が伸びなくなっている。
その落下も、本人が(当時3歳の)それ以上の成長を止めるためにわざと行なったことに
なっており、それ以降、精神は年齢相応以上に成長していたのにも関わらず、
20歳くらいまでは3歳児のふりをして生きてきた。
その主人公がユーモラスに、ブラックに語り続ける周囲の人々のエピソード。

おばあさんのことから始まるのよ。ジャガイモ畑でジャガイモ色のスカートを
4枚重ねたおばあさん。通りがかりの放火犯であるおじいさんをそのスカートの下に
かくまい、そこから娘=主人公の母が生まれる。
母は父と結婚し、しかし従兄?と不倫しており、主人公は従兄を推定父と考える。
父への軽蔑と疎ましさ。推定父への軽蔑。母への愛着と憐み。

家族以外のご近所さんとか、知り合いとか、友人とかだんだん登場人物が増え、
(そしてまた、主人公がユーモラスに、ブラックに語り続けるエピソード。)
母が死に、推定父が死に。
3歳児に擬態して生きていた主人公が少し年上の少女と交わり、生まれた子ども。
しかしその少女は、やもめになった父と結婚して義理の母になり、子どもは弟になる。

ブリキの太鼓は、3歳の時に母から与えられたお気に入りのおもちゃ。
主人公は太鼓をたたき続ける。叩き続けては壊し、叩き続けては壊す。
主人公には特殊技能があり、声でガラスを自由自在に割れること。
ひ弱な3歳児として生きる上で、この声と太鼓は武器だった。

「陽気で不吉な寓話」のまま、30歳までの人生を丹念に語る物語。
シュールにフェイドアウトするエンディングなので、特に結末がついた気がしない。


一人称を「ぼく」と「オスカル」をずいぶん混ぜて使うことにはどんな意味を込めたのかな。
一人称自体は相当回数多く使われている。「ぼく」だけだとあまりに頻繁過ぎたのか。
やはり「オスカル」の距離を取った目線も欲しかったのか。

ラス2の章だけ、他人の一人称なんだよね。
これまで長い話を饒舌に喋ってきた主人公なのに。
その他人は裁判の陳述として主人公のことを証言するんだけど、
出てきたばかりの、関係性の薄い登場人物だったので、それで饒舌に語られてもという
違和感がぬぐえなかった。どうしてこうしたのかな?グラスは。


物語が終わった時の主人公の人生は破滅してはいない。
死体遺棄かなんかで裁判を受けて、その後に精神病院に入れられ、そこから解放され、
さあどうする、と光が差した段階。光が差した?差しているけど、実際は?

破滅はほんの先にあるようにも思える。でも意外に牧歌的に生き続けられるかも。
今後、オスカルは同じように生きていくんだろう。
人気楽隊として。太鼓叩きとして。モデルとして。石工として。
歌いながら、消えていく。


まあどういう話だったかはあんまり分かりませんでしたね。
でも読んでる分には面白かった。50ページくらいは続けて読めたから。
ただもう一度同じ本を読めと言われたらごめん被る。
読むとしても10年くらいの間は置きたいよ。


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◇ 佐藤雅美「覚悟の人 小栗上野介忠順伝」

2024年06月21日 | ◇読んだ本の感想。
ここのところ小栗上野介関連の本を何冊か読んでいる。
今回のこれは、小説だと思って読み始めて、数ページ読んで「小説……?」と思い始め、
途中から小説じゃないんじゃないか?と釈然としなかった作品。
一応、分類番号は913なので小説らしいんですけどね。

第一章がアメリカとの不平等交換レートの話で、それをけっこうひっぱるのよ。
分量でいえば4分の1くらい。

まず単純に自分の好み的に、初っ端からこっち側が理不尽に損をする話を読むのがツラかった。
江戸時代末期、通商の最初の頃は3倍のレートで交換していたらしいから。
3倍損してたら、早晩国として立ちいかなくなりますよ。
それに加えて、理不尽に巨額な賠償金を払わせられたり、幕閣たちは軒並み経済オンチ
だったらしいので、交換レートの本質も知らない。ツライ。

そりゃ、全てに無知な国に対して外国が公正に振る舞うことは期待できないよね。
人間やっぱり得をしたいものでしょう。それを「国益」というと、
とたんに大義名分が立つしね。日本だって歴史的にずるく立ち回った時期があった。
まあ西欧諸国ほどではないだろうけど。でも五十歩百歩。

そんな時期の日本を見ているのは歯がゆいよねー。


内容というか、書いてあることの素材は面白かったとは思うんだ。
偏りは感じたけれども、いろいろ細かいことを書いていてくれたし。
わたしはこの辺の知識に薄いから、内容自体には不満を持たず読んだ。
しかしこれ、「小説」でいいのかねえ。

あんまり小栗にフォーカスが当たっていないきらいがある。
むしろ幕末の幕府をめぐる状況が主なテーマであって。
小栗がしばらく出てこない部分がざらにある。小説だからといって常に主人公が
出てなければならないわけではないが、小栗は単に一要素でしかない気がする。
これを小説・小栗上野介と題するのは外れてるんじゃないかと……

そして小説として読むと、あんまり面白くないんだよねー。
特に会話部分が壊滅的。地の文でいいところをわざわざ会話にするのは安易だし、
単に字数が増えるだけで、小説としての締りがない。

そして小栗があまり活躍しない……。
まあ小栗の人となりが全く描けてないとは言わないが、そんなに魅力的じゃなくて、
せっかく読んだのにこんなもんかあと思うと残念感が。

第一章、これでもかというほど「一分銀は紙幣のような通貨」という文言を繰り返すが、
それがまったくピンとこない。最初に説明はされて、うっすらとわかる気がするけど、
その後20回くらい繰り返されるほど有効なフレーズである気が全くしない。


この作家は雑誌記者からの小説家。わたしが偏見を持つ経歴だ。
著作のラインナップ的に経済に強かったようだから、それはアドバンテージとして、
文章としての味わいは……ないねえ。
むしろ普通の歴史エッセイとして書いた方が良かったと思う。
その場合、もう少し状況を整理して書いて欲しかった。細かいのはいいが、
全体的に詰め込み感があった。

ただ小栗の死の状況は、関連本の何冊目かのこの本で初めて知った(今までの本では
死の状況はまったく印象に残っていなかった)ので、それが読めたのは良かった。
うーん、でもやっぱり不満の方が多い小説でしたな。

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< ハロルド・フライのまさかの旅立ち >

2024年06月18日 | ◇読んだ本の感想。
おお!これが映画になるのか!と驚いて見に行った。
こんな地味そうな映画、わたしの他に誰も見ないだろうと思ったら観客は十数人いて、
なんだったら普段わたしが見ている映画より多いくらいだった(笑)。

これは十数年前に原書をプレゼントしてもらって。
ストーリーが簡単で、登場人物が少なくて、文章がシンプル。というリクエストを出した上で
いただいたものなので、読みやすいはずだとは思いつつ、十年以上手を付けられず。
数年前に風邪ひいて寝込んだ時に半分弱まで読んだけれども、
それ以来、あらすじを忘れる前に読まねばと思いつつ、途中で止まっている。

そうですか。こういう話ですか。
半分近くまで読んだといっても内容は3割程度しか理解出来てないから、
話が新鮮だった。まあ大枠はなんとかつかんでたんですけど。
ストーリーとしては、隣人の何とかさんに打ち明けるシーンはまだ読んでないところだった。

多分前半の細々したエピソードはだいぶ省略されていると思う。
そしてわたしはもっとコミカルな(若干シニカル寄りの)前半だったと思ったんだけどなー。
イギリスお得意のユーモア&シニック。映画はだいぶ柔らかくなってましたね。

読んだ時に犯した痛恨のミスは、時代を間違っていたこと。
原書の表紙の色合いがセピアっぽいし、タイトルに「巡礼」という時代がかった単語が
使われていたこともあって、1900年代前半くらいの話だと思っていた。
が、だいぶ経ってからモバイルフォンが出て来て、あ、これ現代の話だったのか!と。


映画としては、まずなんといってもイギリスの風景ですよ!
そう、こういう、可愛くて少しわびしさを秘めた街並み。
郊外に延々と続く牧草地。天気がいい時はもっと映えたはずの風景を、
イギリスらしい雨催いの中に置く。
目的地のベリックも橋があっていいところなんですね。行ってみたくなった。

役者が良かったですね。ジム・ブロードベントなる人。
出演作は数作見ていて――でも印象には残っていなかった。
苦悩の表情はいくらでも達者な役者はいるけど、旅の途中でモーリーンと出会って
ケーキを食べるシーンで、あんな(良い意味で)ビー玉のような丸っこい無邪気な
目が出来る人はなかなかいないだろうと思った。

でもエンディングを迎えても、多分ハロルドはモーリーンのことはあまりわかってないよね。
というか、わかろうとはしていない気がする。
まあ長年わかってない人が、人生も終盤にさしかかって、急にわかる人になるのもなさそう。
モーリーンは自分が彼を愛していると認識した上で、諦めて生きるしかないんだろうな。

それから、クイーニーと最後に会ったのが、多分30年近く前な気がするのに、
絵的にそう見えなかったから、話の説得力がちょっと減った気がしている。
はるか昔の話。としないと、おとぎ話的な部分が足りないんじゃないか。

この映画ではハロルドがすごくいい人に描かれているけど、
実際にやったことは、なんかなあ……という。
でもまあクイーニーに対しては負い目があっただろうし、
そういう時、人間は逃げるものだけれどもね。

あと息子との具体的な関係性は描かれないのね。これは原作でもそうなのかな?
全部説明することがエライんじゃないだろうが、わたしは説明してくれた方が好み。

サポーターとそんなに簡単に別れられるのか?とも思うし、
今どき、テレビ局はしつこいほど密着するだろう、と思うし。
クイーニーとの再会はあっさりしすぎていたんじゃないかと思うし。


映画タイトルとして多少整理したということはあるんだろうけど、
「ハロルド・フライのありそうもない巡礼の旅」じゃダメだったんかね?
巡礼だと宗教イメージが強すぎて、映画としては色がつきすぎる?
「まさかの旅立ち」ってタイトルはピンとこなかったなあ。


まあ全体的には楽しんで見たけどね。いかにもイギリスらしい。
そしてイギリスらしい風景。堪能しました。


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