パンキュッシュな白昼夢

フィクションとノンフィクションの狭間を行き交う白昼夢。

現代版『自虐の詩』。今宵…あなたは目撃者になる!

ひとりよがりの恋と中原中也の『湖上』

2024-08-10 16:59:45 | コラム

たまに、思い出のラブソングについて書いてらっしゃるブログを見かけることがある。

読んでみると、

甘美だったり、妖艶だったり、せつなかったり、痛みを感じたりで、

その世界に引きずりこまれてしまう。

でもね、僕、

ラブソングに関して、ほとんど思い出がない。

僕が十代のころは、

アイドルやポップスターの全盛期で、

身近にラブソングが溢れていたし、自然に耳に入って来た。

だから、曲は知っているし、中には口ずさめるものもある。

けど、どのラブソングの世界も、

僕の心を撃ち抜かなかったし、

素直に共感することもできなかったんだよね。

すべての言葉が虚飾に輝いてるような気がして、

すごく居心地が悪かった。

まぁ当時の僕は、

暴力がチロチロとくすぶる、

退廃的で破滅的なPUNKな世界にどっぷりと浸かっていたから、

世界があまりにも違ったのかもしれないけどね。

ただ、例外はあるもので、

恋の美しさを教えてくれた詩がある。

中原中也の『湖上』だ。


ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮かべて出かけませう。

波はヒタヒタ打つでせう、

風は少しあるでせう。


沖へ出たなら暗いでせう、

櫂(かい)から滴垂る(したたる)水の音は、

昵懇しい(ちかしい)ものに聞こえませう、

あなたの言葉の途切れ間を。


月は聴き耳立てるでせう、

少しは降りても来るでせう、

われら接唇(くちづけ)するときに、

月は頭上にあるでせう。


あなたはなおも、語るでせう、

よしないことや拗言(すねごと)を、

洩らさず私は聞くでせう、

けれど漕ぐ手はやめないで。


ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮かべて出かけましょう、

波はヒタヒタ打つでせう、

風も少しはあるでせう。



この詩を初めて読んだのは16歳の夏だ。

恋のきらめきを知らない男の子には美しすぎた。

何度も何度も読んだ。

読むたびに違った眩しさや切なさを感じた。

それは、僕が恋をしていたからかもしれない。


当時、僕は二つ年上の女の子に片思いをしていた。

ライブハウスで見かけた彼女に一目ぼれをしたのだ。

何度か会ううちに、たわいもない話をするくらいの関係にはなったけれど、

彼女は僕に特別な感情を持ってなかったに違いない。

ある夜、横須賀の人気バンドのライブの打ち上げで一緒になった。

たまたま、帰る方向が同じだったので彼女を家まで送った。

真夏の満月が艶やか照らす、駅から真っすぐに伸びた、ひとけのない道を歩く。

彼女が楽しそうに、

いろんな話をしてくれたけれど、僕は気のきいた返事が出来ないでいた。

それは、多分、満月のせい。

オレンジ色をした月明かりはひどい罪だ。

僕から言葉を奪い続ける。

ゆっくりと歩きながら、

僕は彼女に想いを伝えようと思うけど、

どうしても言葉が出てこない。

彼女の家の近くで踏み切りに捕まった。

電車が轟音を連れて通り過ぎる。

僕は彼女の横顔を見つめながら、

声になるかならなりくらいに、つぶやいた。


「あなたが好きです」と。


もし、言葉になっていたとしても、

轟音にかき消されていたはずだ。

彼女は僕に顔を向け、小首をかしげた。

僕は黙って首を振った。

そのまま彼女を送り届けた。

彼女に対する行きつくあてのない想いを抱えたまま、

僕は同じ道を引き返す。

真夏の月明かりは優しかった。

残酷に咲く花も淡く濡らしてくれそうで、

身を切るようなせつなさも、そっと流してくれた。

僕は月に濡れるにまかせたまま家に戻った。


真夏の満月を見ると、

彼女を思い出す。


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