いわゆるコンピューターゲーム(以下、ゲーム)は、登場以来、私たちを熱中させ続ける魅力的な娯楽だ。
熱中できる理由は心理学の言葉で説明することができ、端的に言えば「一貫性のある非現実的な場所が舞台で」「目標や勝利条件が明確であり」「達成までの道のりや勝利したことで得られたものがすぐにわかり」「選択の余地と自由度がある」からゲームに熱中できるのだ[参照]。
また、これらは熱中しやすいゲームを作るための要素と言い換えることもでき、この要素を欠かせばたとえゲームであっても魅力を感じづらくなる。
ゲームに熱中できる理由は、特に教育心理学のうち意欲関心を中心に言及する自己決定理論の言葉で説明されることが多い。上記の説明も、自己決定理論による説明をかみ砕いたものだ。
ここで、教育心理学を学ぶ人たちは考える。
「ゲームに熱中できる理由が心理学の言葉で説明できるなら、その言葉を根拠に、どこか別のところで活用できないだろうか?」
「ゲームと熱中しやすいゲームを作るための要素が別々に分けられるなら、ゲームを別のものにすり替えても機能するのでは?」
彼らは、熱中しやすいゲームを作るための要素の、転用を練り始めたのだ。
今回は、ゲーム要素を学習に転用する"ゲーミフィケーション"について解説していく。
ゲーミフィケーションとは、熱中しやすいゲームを作るための要素、つまり"ゲーム的に表せる"意欲発生要因をゲーム以外の事象で利用することを指す。
簡単に言えば経験値・レベル・実績などを学習に取り入れたりすることで、これだけ勉強したから経験値これだけ手に入れて、レベルも上がって実績も取れてやったね! ……というイメージである。
ゲーミフィケーションにおいて重要なのは"ゲーム的に表せる"ということ。
ゲーミフィケーションのもととなる理論、例えば自己決定理論なんかはそれ単体でも利用できるのだが、内容を一般化したために説明が抽象的であり、それを利用するための手順も定まっていなかった。
「これが意欲が湧く要因だぜ」と説明はできても「具体的にこうすれば湧くんだぜ」と具体案を提示できる文献は少ない。「自律性の支援が意欲をもたらす」ことを挙げたものはあっても「自律性の支援のいろはを分析する」ことを挙げたものはそうないのだ。
上記の簡単な説明も、自己決定理論の言葉を使った場合「コンピテンスを明確かつ利己的に表現しフィードバックを即時に返すことで動機の統合化を図り意欲向上を狙う」となる。簡単な説明じゃなくなる。
ゲーミフィケーションの利点は、自己決定理論などを"ゲーム的に表せる"ため説明と利用が楽になることだと筆者は考える。
ゲームの各要素は意欲を説明できるほどに的を射たものであり、非常に身近な例えとしても機能する。そして、それらの要素は独立しているため目的に合った取捨選択が可能となる。
「自律性とコンピテンスと関連性を重視した教育方法を!」と言われるよりも「ドラゴンクエストっぽい教育方法作ろうぜ! ドラゴン要素は省いてもいいから!」と言われたほうが享受する側もされる側もわかりやすい、ということだ。
ここからゲーミフィケーションの具体的な要素を解説していく前に、ここで1つ、ゲーミフィケーションのわかりづらいところを説明したい。
ゲーミフィケーションは発展途上の分野であり、"ゲーム的に表せる"の中身もまだ模索途中だ。
つまり、ゲーミフィケーションの説明と利用は文献ごとにかなり異なり、そのもととなる理論にもかなりばらつきがある。人によって言ってることもやってることも違うのだ。
挙句の果てにはゲーミフィケーションの定義もバラバラである、それぐらい議論が盛んなのだ。上記にあるゲーミフィケーションの説明は、いろんな文献をかいつまんで練った筆者独自のものだ。
もちろん、今世に出ているゲーミフィケーションの定義と詳細を全部記述するわけにはいかないので、今回はBiyun Huang et al.(2018)で語られるGAFCCを基に解説していく。
GAFCCとは自己決定理論など5つの意欲関心に関する理論を裏付けとしたゲーミフィケーションの具体案であり、目標(Goal)・選択(Access)・フィードバック(Feedback)・競争(Challenge)・協調(Collaboration)の5つの要素からなる。
イメージ画像(参考:CRAFTOPIA)
目標(Goal)とはクエストやストーリーなどで表される短期的・長期的な学習目標である。
目標は現実的に達成可能かつ学習目標の文脈に沿ったものの場合、より効力を発揮する。また、報酬や期限を設けることで目標達成への行動を促したりもできる。
少なくとも「それの達成が学習者にとって利益となる」ことが示せればいい。
選択(Access)とはクエストに対する選択の余地などで表される学習行動の自由度である。
一部クエストの達成を推奨に留めたり、どのクエストを行うかを学習者に委ねることで、学習行動における意思決定を保証する。
学習者のレベルに応じた上位クエストの開放もこれに当たる。これは後述のフィードバックと連携した要素であり、上がったレベルの受け皿として機能するのが望ましい。
また、教材の扱いやすさもこれに当たる。「学習者の学習行動を阻まない、飽きさせない」ために必要だ。
イメージ画像(参考:DELTARUNE)
フィードバック(Feedback)は実績やステータス表などで表される学習行動の進捗を即座に知らせる仕組みである。
クエスト達成により報酬がもらえたりレベルアップしたり、ストーリーの進捗をプログレスバーなどで可視化したり、それらの範疇を超えたやりこみを評価する実績を設けたりなど、形態はさまざまである。
少なくとも「学習者のしたことが無駄じゃない」ことが証明できればいい。
イメージ画像(で参照したかったけど一身上の都合により掲載不可)
競争(Challenge)と協調(Collaboration)はマルチプレイやランキングボードなどで表せる対人交流の確保である。
クエスト達成数やステータスで順位を決め、上位を目指すよう競争を促したり。あるいはマルチプレイ前提のクエストを設け、共同作業を促したり。チャットやグループなど、言葉を交わせる仕組みがあればなお良しである。
「あの人に勝ちたい」や「あの人がやってるから、私も」を促す構造であればよい。
実際にはこれら5つをすべて導入するわけではない。掲げられた学習目標を参考に内容を練り、取捨選択を行い適応させる。
学習者の傾向と分散、学習内容とその目的、教材と教員などを加味して組み上げるのだ。
特に競争と協調は社会心理学も混じった要素であり、扱いを間違えると当初掲げた学習目的を放棄されかねない。この要素の導入は学習者の傾向と分散をもとに決めたほうが好ましいだろう。
ゲーミフィケーションとは"ゲーム的に表せる"意欲発生要因をゲーム以外の事象で利用すること。
"ゲーム的に表せる"ため、意欲向上の説明や、そのための教育方法の構築に一役買っている。具体的な方法も"ゲーム的に表せる"ため、とっつきやすいというメリットもある。
このため、一部界隈では反転授業に並ぶ新しい教育方法だともてはやされているが……現実はそう単純な話ではないのだ。
参考文献
Biyun Huang and Khe Foon Hew. (2018) Implementing a theory-driven gamification model in higher education flipped courses Effects on out-of-class activity completion and quality of artifacts.
Biyun Huang,Khe Foon Hew et al. (2019) Investigating the effects of gamification-enhanced flipped learning on undergraduate students’ behavioral and cognitive engagement.
Jan Hense PhD & Heinz Mandl PhD. (2014) Learning in or with games?
Michael Sailer,Jan Ulrich Hense et al. (2016) How gamification motivates An experimental study of the effects of specific game design elements on psychological need satisfaction.
Sujit Subhash,Elizabeth A.Cudney (2017) Gamified learning in higher education A systematic review of the literature.
Zamzami Zainuddin. (2018) Students' learning performance and perceived motivation in gamified flipped-class instruction.
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