昭二さんは90歳代、男性。心疾患の既往歴はあるが、体調は概ね良好。認知症もない。
体格は小柄だけれど長年、港湾関係の仕事に従事していたそうで、しっかりした身体付きをしている。
勤めていた会社では、責任のある立場だったということが昭二さんのプライド。「わしは人を動かすのが、上手かったんや」とよく話す。「動かん部下を動かすには、どうしたらいいと思う?」「口で言うてもアカンぞ。何よりもまず、自分が動くことや」と胸を張って、教えてくれる。
昭二さんは、奥さんを早くに亡くしていた。加えて、結婚して二児をもうけていた息子さんも亡くした。そして、その子どもさん達を引き取って、昭二さんが育て上げた。今は成人したお孫さん達への負担にはなりたくないと、自ら施設への入所を決められた。
家事全般をこなして来た昭二さんは、とてもマメだ。私達が家事援助のヘルプに入っても、細かく指図される。買い物には自分で行かれるが、特売品や値引き商品を選ぶ倹約家でもあった。
そんな昭二さんは、私達の同僚のある介護者に思いを寄せるようになる。
彼女は40歳代後半で、ポッチャリとした体と優しい面差しを持ち、また情のある話し言葉を使い、他の入居者様からも人気があった。ただ何かのことで、彼女がシングルマザーであるという事情を聞き、昭二さんの心にスイッチが入った。
昭二さんから彼女へのアプローチは、日ごとにヒートアップしていく。もちろん、彼女にそんな気は更々なく、いくらお断りしても「結婚してくれ」と迫られると困っていた。職場の上司からも再三、昭二さんに注意は入ったが、昭二さんはその時は「わしはそんな事、言ってない」と、とぼける。
ある日、昭二さんの部屋の窓の下に、いろんな食料品が、投げつけられたように遺棄されていた。よく見ると、半額シールの貼られたパンやお菓子やお惣菜だった。私は昭二さんの部屋へ行って、「買ってきた食べ物、捨てたん?」と聞いた。「わしはそんな事、してない」とまた昭二さんは、とぼけた。
それらの食料品は、昭二さんが意中の彼女にあげようとしたものだった。
彼女がそれを固辞したので、腹を立てて、ぶちまけたのだ。
彼女はそれから、まもなく退職して去った。
人気者の彼女がいなくなって、他の入居者様も、私達職員も寂しかった。
その時、同僚の女性にとても好意を持ち、あからさまに態度に出てた男性の方が
その女性が休んだりすると不機嫌になったり
女性患者さんが、若い男性のリハビリ担当の方にとても好意を持ってて、彼が部屋に入るとまるで少女のような顔になったのを思い出します。
木嶋佳苗の魔の魅力、それもわかるような気がします。