きよしさんは、80代男性。身体には麻痺がある。何というか…、脳梗塞による片麻痺のようなものではなく、両上下肢共に自分の意思で少しは動かせる。内科的な病気も色々抱えており、全身的な健康状態はあまり良くない。座位は保て、車椅子への移譲は介助にて可能。
ただ、この移譲介助がとても困難だ。激しい介護拒否があり、介護者への暴力と暴言が頻発する。
きよしさんは、元暴力団員だ。
背中にも足にも、立派な刺青が入っている。小指やくすり指の先は欠損していないから、組織の中では幹部クラスだったのかもしれない。
きよしさんの気分次第で、爆発する暴力は相手が女性であっても容赦ない。麻痺があるとはいえ、ある意味「専門家」だったきよしさんの暴力は巧みでアザが残るほど激しい時もある。
しかし機嫌が良く、激昂していない時のきよしさんは、話し掛けに饒舌になることもあった。私の出身高校の話しをすると、自分の姪御さんと同じだと笑顔を見せた。私は思い切って「なんで、体、動かんようになったん?」と聞いてみた。きよしさんは「ビルの11階から落ちた」とポツリと言った。
私には、きよしさんの麻痺の原因が何となくわかった。これは、全く私の妄想だが、抗争相手とのトラブルか何かで、追い詰められるようにして、ビルから転落したのかもしれない。
きよしさんは時々、私の顔を見て「何で、こんな仕事してるんや」と聞くことがあった。
介護の仕事は、きよしさんの目には、そんなに良い仕事には見えないようだ。
そういう事を聞く…ということは、認知症の程度は、それほど重くはないということだろう。だから、介護者への暴力行為も確信的に行っていると思う。
私はきよしさんの暴力や暴言に困ってはいたが、特に怒りは湧かなかった。それより、なぜ、きよしさんの感情表現は暴力に走るのか?ということのほうに興味があった。
結局、人生のほとんどの問題を暴力で解決してきた、きよしさんには、その方法以外、解決方法がないのだと思った。
気持ちの表現は、ほとんどが暴力。
適切な言葉を使って自分の思いを伝えたり、健全な方法でコミュニケーションをとったりすることは、どう転んでも、きよしさんには出来ないことだった。
暴力で他人を支配しコントロールしてきた人生。今は、家もお金も健康も何もかも無くなって、身動き一つとれなくなっている。そんなきよしさんを訪ねてくる人は、誰一人いなかった。