43歳・既婚・子宮体がんブログ

子宮摘出手術決定。

眠れない夜

2021-02-08 19:28:30 | 日記


▶血糖コントロール入院七日目

昨夜は21時半頃ウトウトし始め、そのまま寝てしまった。
睡眠前の血糖値を計った後、なんか疲れたんだよね。
すこーんと落ちた。

そのまま朝まですやすやと言いたかったが、残念ながら睡眠は破られる。
向かいのおばさんによって。
えらく荒い呼吸が繰り返され、ひどい喘ぎや咳が断続的に続く。
え、これなに?
完全に目が覚めたところで、看護師さんがやってくる。

「○○さーん、大丈夫?」

いやいやいや。
どう見てもやばい。
絶対やばい。
酸素濃度低めの呼吸よ、それ?
どうりで昼間っから咳ばっかりしてると思ってた。
彼女は透析患者で、恐らく糖尿病。
それ以外も色々ありそうな感じ。

日曜日の看護師さんは二人だけだから、本当に手が空いてない。

え、こわい。
なにこの恐怖。
おばさん、死んじゃうよ!

暗闇の中、息を潜めて、様子を窺う。

看護師さんは出たり入ったり。
特に焦っている様子はないが、熱や血圧、胸の音を調べているようだ。

そして二時間ほど経って、何かしらの機械がセッティングされ、心臓?肺?の状態をチェックしていた。

「うん、きれいやね。」
「○○さん、もっかい血圧測るね〜」
「酸素吸入するよー」

明るくはっきりとした声。
それに反して、おばさんは弱々しい。

ただ酸素吸入してからしばらく、あの荒々しい息は鳴りを潜めたように思う。
ホッとする私。
これでまた眠れるだろうと思ったが、そうは問屋がおろさない。

一時間もしないうちに、また苦しそうな呼吸が聞こえてきて、私はもうとにかくトイレに逃げ込んだ。
あんな苦しい声、聞きたくない。
父の危篤の時を思い出す。

くそっ!!!
ちゃんと処置室に先生呼んで、なんとかしてよ!

日曜日に医者を呼び出すのは余程の事態なのだろう。
看護師さん達はもちろんその道のプロ。
動じたりしない。
私だけが焦っているのだ。

またしても時間が過ぎ、空が白み始めた頃、○○さんの意識レベルがグンと落ちた。
さすがに焦る看護師。
もう一人も呼ばれる。
何度か声をかけ、何かしらの処置をした後、微かに戻る意識。

これは間違いなく緊急事態なのでは?
お医者様呼んでよ!

ぞっとする対応の中、それでも看護師さんたちは明るく、○○さんの意識があやふやなことに焦りを感じた様子はなかった。

これがプロなのか
すごいな

「もう少ししたら、先生来てくれるからねーー。大丈夫。」

"もう少し……………"
果たしてもう少しとは一体どのくらいの時間を指すのか。
私は30分と予測した。

しかし現実は違う。
1時間半後の8時半。
担当医はやっときた。

うーーーーん。
こんなもんなのか。

担当医もまたゆったりとした物腰で、相手の様子を診る。

「またこーなっちゃったね。でも透析したら元気になるからねー。」

と、以前にもこういう状態になったらしいおばさんへと話しかける。
おばさんもお医者様が来たことで少し落ち着いたらしい。
呼吸がほんの少しだけ楽になったように見えた。

九時すぎ。
寝不足の私は結局、ベッドに横たわったままのおばさんが透析へと出ていくのを見送り、バタンと倒れるように寝た。
ほんの30分ほど。

腎臓の病、恐るべし。
これはある意味反面教師である。
大事じゃない臓器なんかありはしないが、腎臓は特に大切にしないとだめだ。
痛感した。

その後、昼過ぎにおばさんは人工透析から戻ってきた。
呼吸は多少荒く、咳もしているが、さっきより100倍マシだ。
すごくホッとする。

しかしながらそのままの足で、別の個室へと転室。
私達の部屋からあっさりいなくなってしまった。

いつも電話口で悪態を吐いていたおばさん。
担当医にもしっかり文句をいうおばさん。
なんか………なんかなぁ。
今月半ばに退院する予定だったのにね。
とてもじゃないけど、難しそう。

ここが病院であることを再認識させられた一日でした。

なんやかんや言いながらも、私、がん患者だった。
ついつい忘れてしまうね。

 


病院食の素晴らしさ

2021-02-07 08:16:47 | 日記

管理栄養士さんの指導のもと、作られるご飯たち。

私のように食べることのウェイトが大きい人間は、一日三回の飯が何よりの楽しみだ。

美味しい美味しくないは病院それぞれである。

そして今回、私はアタリを引き当てたと思っている。

どれも美味しい。

とにかく美味い。

見た目は地味だけど、味はしっかり出汁が利いている。

創意工夫がされているといったらよいのか。とにかく満足できるのだ。

朝は必然的に軽め。

野菜のおひたしはたっぷり。

お肉は出来るだけ油を使わないよう、蒸したりしている。

卵焼きは甘めで、油をつかってはいない。ふわふわ。

 

こういう食事が、あなたに相応しいのよ

勉強しなさい

 

ということで、写真を撮り、後ほど真似しようと企んでいる。

 

ちなみに一日三食合わせて1500〜1600キロカロリー。

まさに神の仕業。


繋がり

2021-02-07 07:14:12 | 日記

私の精神は今、いろんな管と繋がっている。

もちろん一番大きな管は主人へ。
そして友人たち。
SNSで知り合った、優しき患者さんたち。
誰かと繋がり、誰かに支えられていると、これほど実感したのは初めてのことである。

ここ数年、本当に色々あり、その都度自分の精神がこれほどまでに脆かったのか、と目を瞠ってきた。
ダメージの蓄積は、もしかすると体をも蝕んでいったのかもしれない。
もちろんそれだけが理由ではないが、がん細胞というものは、ストレスを溜め込み、免疫力の落ちた体を好む傾向にある、と聞いた。

なるほどね。
それも納得。

だからこそ、よりメンテナンスに時間を割かなくてはならなかったのに。
それを怠ったが故の今がある。

しかし、ガンになって初めて解った事は多い。
人の繋がりは何よりも貴重で尊い。
正しい生活習慣のあり方。
食生活の充実。
そして心のケア。
全てが混在一体となって、ようやく健康という宝物を手に入れられるのだ。

私のような自分に甘い人間にとって、本当に良い機会になったとおもう。
ガンにならなければ、恐らく適当な生活を送り、どこかで合併症を引き当て、人生を嘆きながら送る羽目になっただろう。

今は目も問題ない。
緑内障も患っていない。
手足も不自由ではない。

充分取り戻せるはずだ。

最近苦手な運動、といってもスクワットだが、日に60回行っている。
調子よければ80回。
朝と夕方、行う。
おかげで入院前、筋肉が落ちてブラブラしていた脚もしっかりむっちり戻ってきた。
やれば結果は伴う。
ありがたい。

リンパ節をごっそり取ってしまうので、脚の筋肉は付けたほうが良いとアドバイスを頂いた。
無論、リンパ浮腫を軽減するためである。
私は自分の脚の形がわりと好きなので、出来ればあまり変化してほしくない。
主人は気にしないといってくれたが、私が気にする。
マッサージ指導なんかもあるらしいので、それも会得する必要がある。

やれやれ。
色々盛りだくさんの課題だが、一つ一つ着実に。
ちなみに、昨日自宅にルームランナーが届き、いそいそと歩く主人は楽しそうだ。
まあたとえ、万が一私に何かあっても、彼は一人で生きていけると確信したので、少し安心したかな。
旨そうな飯も作ってるみたいだし!

※大山地鶏をグリルでしっーーかり焼いたもの


調整入院五日目の朝

2021-02-06 07:28:01 | 日記

さてさて、コントロール入院も五日目を迎えた。

昨夜は九時半に寝落ち。
一時半に目覚め、You Tubeを観て、三時半にまたしても落ちた。
五時起床時は何故か汗だく。
おかしいな。
三時半の時は寒くて仕方なかったのに。
どうやら体に僅かな変化が見られるらしい。
それが血糖によるものか、環境によるものかは不明である。

今朝方の起床時血糖は93。
インスリンを止めたおかげが、低血糖は回避できている。
まあこれは一喜一憂する状況なので、本来、安定してこの数値を叩き出してほしい。

毎日、上げ膳据え膳でご飯を頂き、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、一番気がかりな主人の食生活。
彼は彼なりに頑張っていることが読み取れる。
大学時代はひとり暮らししていたわけだし、料理も作っていたし、心配はしていないが、それでも仕事、家事、私へのフォローと、ここ一週間は相当な負担だったと思う。(弁当まで作っている、えらいな)

精神的な負担。
それは間違いなく体にあらわれる。
だから今日明日の二日間、仕事が休みだと聞いて、ホッとしたのも事実だ。
(土日出勤当たり前の会社はやだね)

今日はお待ちかねのルームランナーが届くので、彼もテンションが上がるだろう。
我が家の寝室に似合う似合わないはひとまず置いておいて、術後の運動はこれに任せることにした。
靴も買ったし。(笑)

手術……………そう手術の後は、細心の注意を払いながら生活しなくてはならない。
今はコロナの恐怖があり、私は出来るだけ外出を避け、感染しないよう心掛けなくてはならない。
うちは相当な田舎だが、おかげさまで近くのスーパーが食材をネットで届けてくれるし、そこまでの不便はなさそうだ。
友達の"優しさ便"も届く。
不安はない。

手術のことを考えると、胸がじくっと痛むけれど、それは健康になるための第一歩。
私が私の体にケジメをつける為の大きな試練なのだと言い聞かせる。


そういえば昨日の夕方、検査でお世話になったいつもの婦人科の先生に電話をした。
お忙しいとおもいきや、たまたまお手隙だったらしく、直接お話が出来た。

「うんうん。Y先生から話はきいてたよ。全部きっちり取ってもらって、しっかり治療しよう。」

本当にそうですね。
この先生の言うことをちゃんと聞いて、定期的な検査、そして内膜の掻爬を受けていれば、今頃こんなにも苦しまなかったのかな。

いや
いや
そういうことではない
私は自分の甘さを自覚している。
痛い目を見ないと反省しないことも。

だからこれは全てにおいて分岐点だ。
人並みの寿命を生きるため、今は人生の岐路に立っている。

感謝を述べ、電話を切り、外を眺めたら、なんとなく春が近付いてきている気がした。
退院する頃には、山の雪もきっちり溶けているんだろうな。
早くその景色が見たい。

 


調整入院四日目▶わりと順調?

2021-02-05 04:22:54 | 日記


▶入院四日目

あれよあれよと四日目の朝を迎えた。
昨夜はお通じがないことを訴え、軽い下剤を2錠頂く。
毎日快便だった私が、これはよほどの事態だと焦ったからだ。
まあ環境が大きく変わり、私自身張り詰めた世界に身を置いているのだから、致し方ないのかもしれない。
※その後、無事解決することが出来た。

さて昨日の午後は婦人科のお医者様、いわゆる担当医からの説明があった。
午前中だったはずだが、緊急オペが入り、午後にずれ込む。
お預け状態は正直、相当なストレスを生んだ。あまりの不安から泣きそうになった。

なんで独りなんだと憤った。

主人にも聞いてほしかったから。


看護師さんから外来へ行くよう言われた時は心拍数は明らかに上がったし、想定外のことを言われた時に気絶しないだろうか、心配になった。

 

そしてお話が始まる。
一応音声録音だけはさせていただいた。

結果としてガンはG1 (グレード1)。状態からするに、二期。

初見通りだ。
ただ私の場合、子宮内膜から子宮頸部に垂れ下がったポリープらしきものがあり、その細胞を千切って調べたところ、やはり同じガンと判明。
ようするにだ。


正しいかはわからないが画像にあるとおり、子宮内膜に蔓延ったガンが、ヨイショって感じで頸部へと溢れてきている。

何とも嫌な展開であるが、砂時計みたいな感じなのかな?←違うか

MRIで見る限り、内膜の内側、グレーっぽいところは全てガンだった。
ただし分かるのはそこまで。
筋肉層への浸潤や、他への転移は、取り出して検査してみないとわからない。

とまあ、先生が初診でおっしゃった通りだと判明し、ある意味ほっとした部分も多く、私は肩から力が抜けた。

そして手術の話。
今のところ、予定通りに行うとのこと。
私のコントロールが順調でなくてはならないが。
手術ははっきり「大手術になります」と伝えられた。
お臍下辺りまでリンパ節を取るのだから当然。
所要時間はおおよそ8時間。
しかしそれはあくまで最短の話らしい。
長いと12時間の覚悟。

うーん長いぞ。

……………さぞかし先生たちは大変だろうな。
私は麻酔で寝ているだけ。デスクワークですら座りっぱなしだとキツい時間だ。
それが神経を張り詰めたままで立ち仕事。
うーーん、すごい。やっぱお医者さんはすごい。

 

血糖値が高いと、術後の感染症に気をつけねばならない。
傷口がなかなかくっつかない場合もある。

そんなリスクを伝えられ、そうですよね、と納得する。
だから私はここにいるんだ。
最大限、リスクを減らすために!

手術の詳しい説明は次回、主人と共に聞くことが出来るだろう。
それまでの間、私は私の出来ることだけをする。

内科の先生のおかげもあり、いい感じのコントロールが出来てきている、と思う。
もちろん油断はならないが、ご飯はきっかり30分かけて頂き、よく噛み、じっくり味わうようにしている。
たったそれだけで随分変わるんだな。
素直に驚いた。

過去の食生活には戻れないし、戻ってはいけない。
健康とはやはり、積み重ねがものをいうのだから、ここはしっかりその習慣をものにしようと考えている。
それにわりと間食なしでも頑張れるものだとわかったから。
ま、一種の緊張がそうさせるんだろうけど。