円安批判を忖度した日銀の利上げは間違っている 「今は政策金利が低すぎるから」は正しい判断か
2025/02/03 13:00様記事抜粋<
1月23〜24日の金融政策決定会合で、日本銀行は政策金利を0.5%に引き上げた。
会合前には氷見野良三副総裁や植田和男総裁などが相次いで利上げ検討について言及するなど「事実上の利上げ宣言」が行われていたが、それに沿った結果となった。さらに、利上げ後も氷見野副総裁が、日銀の経済・物価見通しが実現することを前提に、追加利上げ実施の方針を明らかにしている。
1月の追加利上げは明らかに間違っている
日銀が2024年7月末に「サプライズの追加利上げ」を行ってから、市場参加者は日銀からの情報発信に一喜一憂していたが、筆者は日銀執行部の政策の考え方は過去半年間、ほとんど変わっていないと考えていた。
つまり、経済物価情勢が「オントラック」(軌道に乗っている)であれば、ゼロに近い政策金利は低すぎるので、中立金利(自然利子率に期待インフレ率を加えた金利)の下限である1%に向けて、半年に1度程度のペースで粛々と利上げを継続するということである。
筆者はこの判断を維持していたので、今回の1月時点での追加利上げは予想どおりだった。先述のように、会合前の「事実上の利上げ宣言」というあからさまなコミュニケーションで、昨年7月末のような金融市場の大きな混乱は回避された。とりあえず、金融市場の混乱を招かなかったことで日銀執行部は安心しているのだろう
植田総裁が説明するとおり、名目賃金の上昇率が年3%を超える状況が2025年も続くとみられ、2%の物価安定実現は近づきつつある。ただ、過去1年の日本経済、インフレの状況を踏まえれば、「追加利上げは正当化されない」と筆者は考えている。
今回の利上げに当たって、日銀審議委員の2024年度の実質GDP成長率の見通しは0.5%と前回からほとんど変わっていない。昨年4月時点での成長見通しは年1.2%であり、同年7月末の利上げを経て、経済成長率は想定どおりではなく、むしろ下振れしている。
日銀の情勢認識には無理がある
これは個人消費がほとんど伸びず、設備投資もわずかしか増えていない、など総需要が停滞しているためだ。需給ギャップがまったく改善していないのだから、2023年半ばから、ディマンドプル(需要増加)に起因するインフレ圧力は、ほとんど高まっていない。
今回の日銀展望レポートでは、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる」と書かれている。だが、過去1年はぜいぜい潜在成長並みの成長にとどまっており、この情勢認識には無理があるようにみえる。
総需要の停滞が続いているのだから、昨年の夏場から政策金利を据え置いて、金融環境が緩和的なのか引き締め的なのかを見定めるのが適切な運営だろう。日銀からは、この点について説得力がある説明を、筆者は聞いていない。
植田総裁は「中立金利の下限は1%であり、現在は政策金利が低すぎる」との理由を掲げて、利上げを続けているのだが、この判断はかなり危うい。そもそも、日本銀行自身が認識しているように、中立金利の推計はかなり幅がある(1%台前半〜2%台後半)ので、経済情勢によって妥当な政策金利は変わる。
また、政治の現場では、国民民主党が主張する基礎控除の大幅引き上げによる減税政策がどの程度実現するかが主要な論点になっている。「国内需要を刺激するために財政政策を拡張的に作用させる必要がある」と認識する政治家が多数派だろう。こうした状況で断続的な利上げは、経済政策の整合性の観点からも説明しづらい。
さらに、今回の展望レポートには「人手不足感が高まるもと、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していく」などの表記がある。需給ギャップの改善が根拠にならず、利上げが正当化できないので、「人手不足感」という定性的な要因を追加利上げの根拠として重視し始めたのである。
いわゆる人手不足の状況は、企業や産業によってさまざまで、ともすれば「人材が枯渇している」という企業の声は大きくなりがちである。一部の「大きな声」に、経済全体に左右する金融政策の判断が影響されることは危ういだろう。
なお、2024年12月の完全失業率は2.4%と安定しているが、2018年後半から2019年半ばまで失業率は2%台前半で推移していた。つまり、当時よりも、現在はやや失業率は高いのだから、実際には労働市場はさらに逼迫する余地がある。失業率という重要な指標が、金融政策の判断として重視されない説明は、筆者が知る限り日本銀行から聞かれない。
円安批判を忖度した「前のめり利上げ」は大きなリスク
今回の利上げは金融市場へのサプライズとはならなかったが、根拠が曖昧で前のめりな利上げ継続によって、結局は日本銀行が目指す中立金利への利上げが難しくなるのではないか。時間をかけて慎重に判断することで、日本経済の正常化と中立金利への利上げは十分実現可能と筆者は考えているのだが、「前のめりな政策判断」はその実現を危うくするだろう。
筆者の最新著書『円安の何が悪いのか?』では、アベノミクス発動当初に黒田東彦前総裁が行った金融緩和強化がいかに効果があったかを実証、「円安悪玉論」を批判している。
緩和強化に批判的だった経済メディアや市場関係者らの多くが、2022年以降に「悪い円安」と喧伝していたが、実際には、金融緩和で大きく円安が進んだ2022年を経て、名目賃金の上昇率がようやく年3%を上回るところまで上昇している。
根拠曖昧な「円安批判」への政治的な配慮が、前のめりにしか見えない日本銀行の政策姿勢に影響しているのだろうか。日本銀行の断続的な利上げは、正常化実現が近づきつつある日本経済、株式市場にとって看過できないリスクになりかねない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます