最近人と待ち合わせをすることがめっきり減った。
東京へ通勤していた頃は、よく取引先やお客さんと時間を決めて会ったりした。誰でも、会うときはそうだろうけれど。
会社が引けると同僚たちと時間を決めてけっこう飲みに行った。
「6時半にしようか」などと言っては。電話を切ったあとのほのかなときめきが近頃はなつかしい。
途中下車もよくしたなと今になって思う。
大宮駅が多かったかなあ。決まって改札口前の待ち合わせスポットで。相手が改札口を出た時、その存在に気がつき、軽く手を上げる。その時の瞬間がたまらなくいい。
池袋や上野で待ち合わせの時もそのときめきは同じこと。心がふわーっと明るくなる。
人はいろんな所でいろんなふうに待ち合わせをする。
それに必ず付きものなのが時間だ。時間の決めない待ち合わせはおそらく存在しないだろう。江戸時代でさえ、○の刻などときっと決めていたことだろうし。
そんな待ち合わせの時、私は決まって予定より早く着く。
今考えてみると、暇人とせっかちの両面からきているのだろうかな。遅れて行った記憶がほとんどない。
そういえば若い頃にはどこの駅へ行っても伝言板というものがあった。
「先に行くよ○○」とか、「一時間待ちました○○」など、さまざまな待ち合わせに関するメッセージが書いてある。その末尾には記入者と記入時刻が記されてあり、6時間を経過したものは消しますと目立つ文字で注意書が表示されてあった。
利用した覚えはないが、好奇心旺盛でよく他人のをのぞいて、よけいな想像をしたものだった。このシステムは当時の国鉄にはめずらしく、利用する側に立った気配りである。
それぞれの駅長さんが考えたものか、それとも当時のマニュアルに載っていたのか。聞いてみたいような気がする。
そういうわずかな楽しみも苦心も、現代は携帯電話やスマホという便利なモノのお陰で消えてしまった。ましてや昨年からのコロナの影響で、待ち合わせそのものさえご無沙汰がずっと続いている。
今日は時の記念日。
時間をもっともっと大切にしなければと今年も思う。
時計の針は元に戻すことはできても
時間は元には戻せない
過ぎ去った時間は永久に戻らない
時計の針は先に進ますことはできても
時間は先には進まない
今は今だし、この時間はこの時間
だから今日を大切にしたいし
今を大切に生きていきたい
「つれづれ(20) 待ち合わせと時間」