みんなが黒ちゃんと呼ぶ。
最初は顔が黒いからだとてっきり思っていた。どうも違うようだ。
本名が黒田というのを知ったのは、それから一年近く過ぎてからだろうか。
黒ちゃんは山形県の寒河江市出身らしい。本人が言っているのだからこれは間違いない。どうして埼玉県のはずれのこの町に住むようになったのかは定かでない。
人なつこくて、トマトやナスやキュウリや、その他の野菜を季節になると、持って帰ってくれと、たくさん店まで運んでくれる。自分で作ったのだと言う。あのミニトマトの成り具合は絶品だった。百合などの花を店に飾るのだと言って持ってきてくれたこともある。
野菜を栽培しているが、詳しい職業はわからない。
若い頃は何をしていたのかも聞いていない。10年近くも付き合ってる仲間であるが、そのへんのことはほとんど知らない。
いつも店から歩いて帰る。鳩にエサをやる時間だからと、少し早めに帰る。奥さんを亡くしてからの一人暮らしに、鳩は大切な同居人のようだ。
いい奴だなどとは言いたくない。そんな月並みな言葉で済ませたら、黒ちゃんに申し訳がないなと思っているから。
カラオケの仲間でありながら、彼はカラオケがあまり熱心というほどではない。
もっぱらお酒のほうである。持ち歌も「紅の舟唄」「北国の春」「哀愁列車」など5~6曲程度。なかば半冗談ぽく歌う。その姿が何ともいえず味があるなどと言ったら失礼だろうか。ちゃんと歌えばけっこう上手なんだろうなあと何度思ったことか。
持ち歌から考えて、どうも自分の故郷などに絡んだ歌ばかりのようだということが最近わかってきた。彼はそんなことは一言も口にしないけれど。
黒ちゃんから、人間のもつ温かさを教えてもらった。
もらったというよりも、知ったというべきか。
今度「紅の舟唄」「北国の春」を場所をかえた所では歌うことに決めた。せめてもの黒ちゃんへの恩返しとでも今は言っておこう。
「つれづれ(46)黒ちゃんのこと~前編~」