その腕もて闇を払え第7回
(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■2071年10月、細菌研究所内。
「いや。全然ダメだったようだ」
「そして、この俺もこのような体になるというわけだな」
「そうだ。ここに内蔵されてあるサンプルの死体と同じようにな」
クロス・クライストは冷汗が流れていた。
「それじゃ、君に病菌を注入する」
クロスにはまたあの時の悪夢がもどってくるようだった。
■2050年、火星。マリナ=シティ郊外。
「頼む、助けてくれ」
クロス・クライストは火星嵐の中でこつ然と現われたアイパッチをした男に頼みこむ。男の背後にかすかに船影がみえる。
クロス・クライストは倒れて男の足をつかんでいる。
「どうやら誰かにおわれているようだな」
「そうだ。コーヘン財閥の奴らだ」
「コーヘン財閥か」
「その通りだ」
クロスが答えると、男は少し考え込んでいた。
「ただで助けるわけにはいかんな。お前は大変な奴らを相手にしたな。コーヘンが相手ではな。じゃあ助ける代償に何をくれる」
「ダイヤじゃどうかね」
クロスは服から隠し持っていた宝石袋をとりだした。
「金……」
あらゆる物質をクロス・クライストはとり出す。男はすべてを拒否する。
「くそっ、それじあ、お前、何をやったら俺を助けてくれると言うんだ」
男はニヤッと笑った。
「俺の欲しいのは、お前の右腕だ」
「何だと」
「正確に言うと、右手と右腕だ」
「お前は一体」
こんな所にいる男。宇宙船。それにこの男の姿。
クロス・クライストは気がつく。
「くそっそうか、わかったお前達は地獄船か」
「そうだ。さっしの通り。俺は地獄船の船長さ。キャプテン=リードだ」
地獄船は。星々をまわり、生さている人間の生体を切り売りする商売をなりわいとして
いる奴らである。人造人間たち、サイボーグは金もうけをして、体の1部を本物の生体に
つけかえているのだ。いわぱ人肉商売だ。
「今な、どうしても。客の要望に対する生体の右腕が一本足りんのさ。もう時間がない。納入期限が迫っている。そんな時、お前が追われているのがレーダーにはいったので着陸した。さあどうする。命のすべてか。それとも右腕だけにするかね」
「くそっ、足もとをみやがって」
「ふふっいや、手もとを見ているのさ」
宇宙帽の全面ヘッドセットを通して、キャプテン=リード船長がニヤリと笑っているのがわかった。
「もちろん、失った右腕のかわり、すばらしいサイボーグ義手をつけてやろう。それにこ
の火星から、というよりも、コーヘン財閥の手の届かない外宇宙へ連れだしてやるぜ」
クロスは即答する。
「わかった。しかたがない。その条件をのもう」
■地獄船のキャプテン・リードのおかげでかろうじて、クロスは火星から逃れる事ができた。
右腕というたっとい代償をはらって。
クロスは地獄船で外宇宙へ出かけ、地獄船でしぱらくの間、汎用員として働いていた。
地獄船の基地の一つでサイボーグ手術を受け、新しい能力を授けられてにいた。
時が流れた。宇宙空間での生活は長いようでもあり、短かいようでもあった。
■2071年、10月デス=ゾーン境界線近郊。
デス=ソーンとこの世界をつなぐ橋がある誰もこの橋を渡って帰ってきた者がない。
人呼んで、「葬送の橋」。
しかし車から望遠鏡をのそいている男にとっては「希望の橋」だった。
デス=ゾーン境界監視塔が見え始める。マーカス大佐はエアーカーのスピードを心持ちゆるめた。せまいコックピットの中でクロス・クライストは長い間ゆられて来たのだ。
クロスは、細菌にやられて、この目的地までどうやら生きながらえてきたわけだった
ここデス=ゾーンがクロス・クライストの終焉の地だとしても、45才の人生どうってことはなかった。
ここで。俺の生きてきた価値が始めてわかるかもしれんとクロス・クライストは思った。
デス=ゾーンの空はどんより曇り始め、鳥はまったく上空を飛んでいない。草木さえもなく、不毛の地だ。
「デス=ゾーンにやってきた」
マーカス大佐、クロス・クライストの守護神であり。相棒でもあった男がつぶやいた。
ここはクロスの死への第一歩であり、後戻りはできない。
「汚染予防服をつけなおしてくれ」
マーカスに言われて、クロス・クライストは後部シートの装備パックをとり、服につけた。マーカスはあの細菌研究所から予防服をつけている。なぜなら、クロス・クライストはすでに病気デロスに汚され、身体が変化し始めているのだ。
モレノ飛行場からこのデスーソーンまでは100キロの距離があった。細菌研究所からモレ
ノ飛行場、それからココ、デスゾーンだ。
汚染地域、すなわちデスゾーンは、この国アメリカの中央部を占め、広さ。およそ100キロ平方である。
現在は地球連邦軍がこの地域への交通を完全に遮断している。
我々の世界とデス=ゾーンは大きな溝で切り離されている。
その溝には濃硫酸が流されている。
溝よりも海という感じだ。幅は平均的に1キロの幅で、二つの世界の境界線となっ
ている。
こちら側には、20キロごとに監視塔が立ち並らび、その中には汚染防止服に身をかためた
連邦軍の兵士達か、侵入者及び脱出者はないかと見張っている。
ライン上500メートル上空にはヘリコプターや、無人偵察機が旋回し、さらにもっと上空の宇宙空間には静止衛星が打ち上げられ、この地域の監視を行なっている。
侵入飛行物体はミサイルで攻撃される。03年、地球に落下したイン石は現在
医学で助けられない病気デロスを蔓延した。それはこのイン石の落下地域デスーソーン
からである。
「さあ、いよいよだそ」
マーカスはエアーカーのエンジンを切った。
クロス・クライストはうなづき、降り。監視所へ向かって歩いていく。
監視員は二人いた。二人共、地球連邦軍の兵士で30歳代の若い男だ。
だしぬけにクロス・クライストがドアを開けて入っていった時、クロスの顔色を見て。二人の顔には驚きの表情があらわれていた。
「マーカス大佐ですね、お待ちしておりました」
防疫服をぬいだマーカス大佐と二人は握手した。
しかしクロス・クライストは防疫服を着たままですわっている。
「彼が志願者なのですね」
「そうだ」
「トレーラーは用意してあります」
「トレーラーつて、何だ」
マーカスが言った。
「1ヵ月に一度、我我、デスーソーンの中を探知探索するために、VTRカメラや測定機器を多数つみこんだ卜レーラーをオートロボット操置で送り込んでいる。もし途上で、デス=ゾーンの住人の死体があれば、マニュピュレーターの操作により搬入する。期間3日間、デス=ゾーンを走りまわったあと、自動でこの監視所へ帰ってくる」
地球連邦軍の兵士の金髪の男がいった。
「デス=ゾーンの人間はその調査トレーラーには干渉しないのかね」
「調査トレーラーが入ってきていること自体を、デスゾーンに生存している人間が、生物が理解しているかどうか不明なのだ」
もう一人の男がいう。
「今回、このトレーラーは君クロスの運転にまかせる」
調査トレーラーは全長30m。重装備だ。
8輪独立全輪駆動走行タイプである。一種の動く装甲車といった方が適切だろう。
「う雨だ。まずいな」
監視塔の窓から見ると、雨が降り出し、濃硫酸は雨水に反応し、発熱作用をおこしてい
る。熱水がとびはねている。湯気がもうもうとあがっている。
「必ずかえってこいよ。娘のカレンを連れてな」
再び防疫服を着たマーカス大佐がクロス・クライストの手をにぎった。
「気をつけて」残りの2人が叫んだ。
調査トレーラーのエンジンをスタートさせる。
もうもうたる溝からはねあがる湯気がむこうの景色をうっすらとしたものにしていた。橋は約1.5キロの長さがある。
このトレーラーの時速は約30キロであり、約8分かかる計算である。
■最初の2分は何もおこらなかった。
それからだった。
急に車体が右にきしみ。コックピットのボディ右壁におもい切りたたきつけられた。絶
対安全な調査トレーラーか。クロス・クライストは笑った。
エンジンもなぜかストップしている。
車体は右へ右へと少しずつかたむいていく。コックピットの座席が急に飛び出した。
急に左ハッチが開く。クロスは車から外へほおり出された。瞬間。外部のアンテナヘぶらさがっていた。
アンテナはクロスの体の重みでゆっくりと下へかしいでいく。
トレーラーぱ後の部分はかろうじて橋の右側の側壁にひっかかり。前の部分は橋の壁がやぶれていて。濃硫酸の川の上へ突き出している。橋の下部から川まで高度差は約100mであり、濃硫酸に反応した雨滴がはねかえってクロスのブーツを侵食していた。
再び、車がゆっくりとかたむいていく。座席の内容物が、はずみでハッチから川の中へ
落ち、無気味な音をたてて、煙をあげ、溶解し、川に飲まれていく。
クロスは思いきり、体を前後にふり、いきおいをつけ、橋の上へとびあがろうとした。が
二振り目で、アンテナが真中から折れた。体は空を舞った。
その腕もて闇を払え第7回
(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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