YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第65回1199年(正治2年) 鎌倉 大江広元の屋敷に磯禅師が訪れていた。磯禅師は京都の総意をつげる。
源義経黄金伝説■第65回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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1199年(正治2年) 鎌倉
「大江広元様、この鎌倉の政権をひぎたくはございませぬか」
磯禅師が告げた。
鎌倉広元の屋敷である。
鎌倉幕府成立後七年がすぎている、
あの静の舞からも十三年がすぎている。
大江広元が京都から鎌倉に来てすでに十六年が過ぎ去っていた。
「何を言うか。この鎌倉には、頼朝様が、征夷大将軍に任じられてとしてお
られる」
「大江広元様、この鎌倉幕府の仕組みを考えられたのは、他ならぬ眼の前にお
られる広元様ではございませぬか」
大江広元は世の仕組みを作る、言わば社会構造を考案し実行していた。
また法律という国の根本を考えだし、関東の武士たちに一定の秩序を与えたのは、
頼朝でははなくすべてこの広元の「さいづち頭」から出ていた。
つまり、広元が鎌倉幕府の全機構を考え出していたのである。
「さようでございましょう。王朝が変われば国の統一のために手助けした者、
武将、ことごとく新しい王のために葬り去られましょう」
「が、禅師、俺は武将ではないぞ」
「それゆえ、策略を巡りやすいとの考えもありましょうぞ。中国が三国時代のおり、諸葛孔明の例もございましょう」
大江広元は、考える。いかに禅師といえど、この考えは
「禅師、その考え、まさか、後白河法皇様の…」
「いえ、滅相もございませぬ。これは京の公家の方々の総意とお考えください
ませ。よろしゅうございますか、大江広元様。源頼朝様の動きを逐一お教えくだされませ。そして、もし機会があれば…」
「お主たち京の公家の方々が、大殿様を殺すという訳か」
「さようでございます。さすれば大江広元様、鎌倉幕府にてもっと大きな位置を占められましょう」
「それが私広元にとって、よいかどうか」
「何を気弱な。よろしゅうございますか。頼朝様亡くなれば幕府は、烏合の衆。大江広元様が操ることもたやすうございましょう」
「所詮、北条政子殿も、親父、北条時政殿も伊豆の田舎者という訳か」
磯禅師は、にんまりとうなずいた。
(続く)
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