源義経黄金伝説■第9回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
平泉に、東西の軍書を読んでいる牛若はいた。
その顔は真っ黒にやけ、元気そうに見える。
基本的体力は、鞍馬山にて鍛えられ、この奥州の地でその体力がぐんぐんと伸びていた。また馬も、この地の馬にすぐ慣れ、新しい馬術を学んでいる。
「牛若殿、ご勉強、精が出ますな」
奥州平泉の帝王、秀衡であった。
「これは秀衡様」
牛若は姿勢を正し、挨拶をした。
「いやいや、そう堅苦しくせずともよい。よろしいですか、牛若様。我が郎党
ども、感嘆の声をあげておりますのじゃ」
にこやかに秀衡は言う。本当にうれしそうなのだ。
「いや、一体」
牛若には、この秀衡が、なぜ機嫌がいいのか、わからぬのだ。
「腕がよい。教えがいがあると、申しますのじゃ。教える者は、京の軟弱な子
供かと考えていたようでございますよ。はは」
「これはしたり。こう見えても私は、源氏の氏長者の息子でございます。そう
はずかしい仕業を見せる訳には行かぬのです」
若い牛若は、本気で怒っているのである。彼には、大きなプライドがある。
たとえ、母親が白拍子であろうと、父親は歴とした源義朝。由緒正しいのであ
る。
逆に言えば、牛若の売り所はそれしかないのである。その一点に牛若は
かけていた。
「それで、元気のよい牛若様。一つ留学をなさって見る気になりませぬか」
「留学ですと。私は僧になるつもりはありませぬぞ」
意外な 言葉に、牛若は怪訝な顔をする。
「いや、別に僧になり、仏教を勉強していただこうという訳ではありません。
我が平泉には僧は足りておりまする」
「では、何のために」
一瞬、秀衡は牛若の顔をのぞき込んでいる。
「武術でございます」
ゆっくりと秀衡は告げた。
「武術ですと。、、」牛若も詰まった。
「それは面白い。中国の武術、実際に見て見たかった」
「いや、牛若殿。中国、宋へ渡る訳ではないのです」
「我々、平泉王国は、近くは蝦夷、遠くは黒竜江まで、貿易をしておること
はご存じでしょう」
「まさか、その黒竜江を越えて」
「さようです。丁度便船を、津軽十三湊とさみなとから出す予定がある
のです。従者を付けましょう」
十三湊は奥州平泉の支配下にあり、外国との貿易でにぎわっていた。
「従者、それは」
「吉次です」
「吉次。あの者が、なぜ」
「吉次は、京都、平泉第にいた隠密の一人ですが、もともとあの男は播州
(ばんしゅう・兵庫県姫路のあたり)の鋳物師の息子。冶金については、
一通りの技術を持っているのでございます。吉次には、かの地の新しい技
術を持ってこよと」
牛若は、少しばかり考えにひたっている。
この機会、かなり面白いかもしれぬ。
牛若は本で読み、体得した技を使って見たくて仕方がなかった。秀衡の部下相手の模擬戦には、少しばかり飽いて来ていたのだ。実戦を経験したかったのである。
「宋を北方から狙っている、女真族の一団があります。すでにこちらの手
配は済んでおります。後は牛若様の決断次第。よろしいですか。私はあな
たを実の息子のように、いや息子以上に思っております。これは何も西行
殿に頼まれた訳ではない」
「わかりました。外国へ行かせていただきます」
「おお、さすがは牛若様じゃ」
■■7
一一七八年 中国沿海州・女真族の国に義経はいる。
「日本のこわっぱ、このようなことができるか」
義経の前を一陣の風がまった。
いや、風でなかった、人馬一体となった戦士が、的を次々に射抜ているの
だ。神業であった。歓迎の印として女真族の若者が見事な射術を見せてい
るのだ。
平泉をでて2ヶ月の時間を経て、牛若は中国、女真族の国にたどり着い
ている。
彼らは裸馬に乗り、あぶみ、両手を離し、後ろ向きに弓矢を打つのである。
おまけに、その矢は、すべて中心に打ち込んでいる。
日本の流鏑馬の巧者でもあそこまでは打てまい。義経は感心している。
また、自分を送り出した秀衡の頭のさえにも。秀衡は牛若をこの地に派遣
し武術を学ばせ、牛若を平泉の武将とし西国王朝の備えにしょうとしてい
るのだ。
「弁慶、どうじゃ、あの若者は」
義経は傍らにいる弁慶に尋ねた。弁慶は付き従ってきた。元々弁慶は
紀州熊野水軍の流れをひく。この国の水軍の武術に興味があるのだ。
「恐るべき術にございます。日本の武者では、あのような真似はできま
すまい。若、やはり世界はひろうございます。我々の預かり知らぬ
術を持つ人間が多うこざいます」
先年まで、京都の鞍馬という山にいて、自分の存在の不遇を嘆いたおと
こが蛮地、奥州平泉にあり、そこから先、日本の毛外のち、にいるのだ、
新しい運命!、それをあの僧形の男が与えてくれたのだ。
あの男は何故に。牛若の心に疑問が浮かんだ。
この女真族の国で、牛若は戦術を学んだ。それが財産となる。
続く2014改訂
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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