源義経黄金伝説■第55回★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■ 1189年(文治五年) 十三湊
津軽平野を横切る岩木川の河口に十三湖と呼ばれる海水湖がある。現在は狭
い水戸口で日本海と結ばれているが、昔は広大な潟湖であった。
義経と吉次が目指していた十三湊がここである。
藤原秀衡、その弟秀栄の勢力圏である。
この十三湊を中心に蝦夷地、中国大陸との貿易を行い、繁栄していた。この湊から貿易された蝦夷や、黒龍江など、異民族の産品は、京都に送られ、公家たちを 喜ばせていた。
夷船、京船など各国の船が商売を求めてこの港をおとづれている。その船どまりに、吉次の船は停泊している。船を外海用の船にさし変えて出かける。食糧、水を積み込むためである。
「吉次よ…」
と義経は吉次に呼びかけていた。牛若の頃を思い出している。
「そうだ、あの源空はどうしていよう。今の私の姿を見たらどういうだろう」
源空はすでに法然として宗教活動にとりくんでいる。後白河法皇も帰依してい
るのだ。
(無駄な殺生はおやめなされと今でもいうかな。だがすでに私の手はもう汚れている、平家の若武者の屍をいくたり気づいてきたことか。日本全国に死体の山を気づいていた。兄じゃのために、その私が兄者のために、この日本を追われるのだ)
今はもう若き頃、思い出だ。
「京都の鞍馬山、よう冷えたな」
「はっ、殿。京と鞍馬山よりも奥州平泉の方が寒いのではありませぬか」
吉次は、義経の質問の意味をうまく理解できずに答えていた。
「いや、吉次。人の心じゃ。京の人の心は冷たすぎる。あの都市の地形によるものなのか」
「殿、これからゆかれる蝦夷はもっと寒うございますぞ。雪も深うござい
ます」
「そこに住む人の心が暖かければよいが…」少しばかり義経は考えていた。
「ところで吉次。静は健やかだろううか」
「心配なされますな。後ろ盾には西行様がついておられます」
「が、西行様もお年じゃ」
「ようございますか、義経様。義経様が今日あるは、西行様の深慮遠謀のお
陰。すべて考えられる手は打っておられます」
義経は、目の前に広がる寒々とした日本海の海面を見つめ、寂しそうにして言った。
「そうであろうな、無論。が、吉次殿、お前はなんで私を逃がす手助けをし
た。なぜ心変わりした」
「吉次は商人。利で動きますぞ」吉次は僅かに笑ったようだった。
「利か。私と一緒にいて、お主に何の利益がでるか」
「ふふう、それはこれからの義経様の動き次第。よろしいか、義経様。十三湊の先は宋国そして、あの金でございます。また新しい国が誕生するとの噂も聞いております。その時に義経様に助けていただきましょう。藤原秀衡様の祖父、清衡様は、昔から黒龍河を逆上っておられます。その河の沿岸には、商品が数多くございましょう」
「それに吉次、俺は蝦夷の地図を持っておるからな」
「そう、それでございます。それは言わば宝の地図。いろんな商材がありましょう」
吉次は遠くを思いやるような眼をした。
「もう一度、夢を追ってみるか」吉次は思った。
(奥州藤原秀衡様のお陰で一財をなした。が、その秀衡様も今はない。これからの日の本は、源頼朝殿の世の中になる。が、そのうち外国で一儲けも二儲けもしてみよう。商人吉次の心には、もう日本の事は映っていないかもしれない。
出雲、備前、播州、大坂渡辺、京都平泉第、多賀城、平泉、、。
あちこちを移り住み、商売をした。平の清盛と共に奥州の金をつかい、福原で宋の商人と貿易もした。日本全国に吉次事の手配の者が散らばり商売を行っている、主人であるこの儂がいなくても、商人の砦としての吉次王国は揺るぎもしまい。儂の後輩が跡を継いでくれよう。日本全国に儂のような商人が増え、日本の商売が繁栄し、日本が繁栄するだ)吉次はそれを、望んだ。
(日本が平和であればよい、すでに頼朝殿により、日本は統一されるだろう)
もの思う吉次、義経二人の前に、唐船が、突然現れて、義経らの船腹に急激
に力任せにあたっていた。
衝撃が走る。
「む、この唐船は、、何用」
「何奴?」
船から竿がのび義経の船へ。その船へ飛び乗ってきた僧衣の聖たちが、突
然、義経を圧し囲んでいた。
「義経様、お命ちょうだいいたす」聖たちが叫んだ。
「待て、お主ら、誰の手の者だ」
「我らか。我らは文覚様が手の者だ」
「何!文覚」
「今はもう頼朝様が世の中。義経様のこの世での役割、もう終わられたぞ。消えていただきたい」
「まてまて、お主ら、文覚殿にお伝えあれ。この義経は兄上と張り合う、そのような望などない。もう私、義経は日の本にはおらぬ。遠い国へ行くのだ。日の本のことなど預かりしらぬこと」
「それが俺らは合点が行かぬ。いつ帰って来られるかわからぬ。それは頼朝様が世を危うくする」
聖たちは、八角棒を構え、殺意をあらわにしている。義経はしかたなく刀を引き抜いている。いにしえの征夷大将軍、坂上田村麿呂将軍ゆかりの刀である。飛びかかる男を二人切り放った。船上で、殺戮が始まろうとした。
「まて、皆、やめよ」戦船の長らしい男が、船からわたって来て、義経に対峙していた。
「義経様と存じ上げます、我らも無駄な殺生はしたくはございません。文覚様からの伝言をお聞きいただきたい」
「何、文覚殿の…、申してみよ」
「もし、坂上田村麿呂将軍ゆかりの太刀をお返しくださるならば、我々手を引くように言われております。我らが目的はその太刀でございます」
「なに、この大刀を…」
「さようでございます。その太刀は征夷大将軍の太刀、大殿様にとっては征夷将軍という位、大切なものでございます。また皇家にあっては、その太刀が外国に渡ること、誠に困難をを生ぜしめます、なぜなら皇家にとって、その刀は蝦夷征服をして統一を果たした日本国を意味する大事な刀でございます」
吉次が言った。
「義経殿、よいではないか。お返しなされい。そんな太刀など、どうでも良いではございませぬか」
「何を言う、吉次。お前も知っておろう。この太刀、我が十六歳のおり、鞍馬から盗みだし、ずっと暮らしを共にしてきた刀じゃ。そう、やすやすと…」
船長が、続けて言う。
「では、こういたしましょうか。約束をもうひとつ。もし、その太刀をお返しくださるならば、決して義経様が和子、義行様を襲いはしないとお約束いたしましょう」
「我が和子をか。くそ、文覚め」
「が、殿、このあたりが取引の決め所かと」
吉次が告げる。
「この商売人めが。むっ」
しばらく、義経は考える。
「よい、わかった。この太刀、お返しいたそう。が、必ず、我が和子、義行がこと、安全をはかってくれ」
義経の太刀は、頭らしい男の手に渡った。
やがて船と船とを繋いでた桁が外されている。
「では、義経殿。よき航海を、いや、失礼いたしました。これから先の事。我々の預かり知らぬ方。我々は義経殿には合ってはおりませぬ。ただ、海の中から、伝来の行方知らずの太刀を、拾いあげただけの事」
両船は、少しずつ、離れて行く。
「が、義行のこと、必ず約束を…」
義経は船にむかい叫んだ。
「わかり申した。文覚様にそう告げます」
「大丈夫でしょうか」
吉次が疑問を投げる。
「まあ、西行殿、鬼一殿、生きておわす間はな、大丈夫であろうよ」
義経は、遠くをみながら言った。
(続く)●山田企画事務所
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