源義経黄金伝説■第22回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★
鎌倉の大江屋敷で、静の母である磯禅師と、大江広元が密談している。
大江広元は西行との会談後、磯禅師を呼びつけている。
「ここは腹を割っての相談だ。二人だけで話をしたい」
怜悧な表情をした広元はゆっくりとしゃべる。
「これはこれは何事でございましょう。頼朝様の懐刀といわれます大江広元様が、
この白拍子風情の禅師にお尋ねとは?」
磯禅師は身構えている。広元は京都の貧乏貴族、昇殿できない低格の貴族だ
った。それが、この鎌倉では確固たる権力を手にしている。侮れぬこの男と
禅師は思う。
「あの静、本当はお前の娘ではあるまい」
磯禅師の返事は少し時間がかかる。やがて、答えた。
「さすがに鋭うございますね。大江様、確かにあの娘は手に入れたもの」
「禅師殿、赤禿(あかかむろ)を覚えておられるか」
急に大江広元は京都の事を問い始める。
磯禅師の頭には、赤禿の集団が京都を練り歩く姿が思い起こされた。
「何をおっしゃいますやら、平清盛殿が京都に放たれた童の探索方、平家の悪
口を言う方々を捕まえたというは、大江様もご存じでございましょう」
続いて白拍子が清水坂にたむろしている姿も思い出していた。
「いや、まだ話は続くのだ。この赤禿以外に、六波羅から清水寺にいたる坂
におった白拍子が、公家、武士よりの悪口を収集していたと聞く。その白拍子
を束ねていた女性(にょしょう)があると聞く」
「それが私だとおっしゃるのですか」
「いやいや、これは風聞だ」
「……」
磯の禅師は黙った。次に来る言葉が怖かった。
◎
尼僧が禿(かむろ)を呼び止めている。京都、六波羅の近くである。
「どうや、あの方のこと、何かわかったか」
「あい、禅師様。残念ながら、も一つ情報がつかめまへん」
「ええい、何か、何か、手づるはないのかいな」
「へえ、でも禅師様…」
禿は、いいかけて言葉を止めた。自分の想像を禅師に告げたならば…。仕返し
が恐ろしかった。禿の思いには、何故そのように西行様の情報を…、何か特別
な思い入れがおありになられるのか…、答えはわかっているようであった。つ
まりは嫉妬である。
西行が皇室の方々に恋をし、またその皇女の方も、西行を憎からず思っている
ことを…。、どうしても邪魔をしなければならなかった。
大江広元の前、磯禅師の追憶で、顔色は変わっていた。
がしかし、次の広元の言葉は禅師の予想とは違った。
「が、安心せよ。本当に聞きたいのは、西行殿のことなのだ」
「え、西行様のことですか」
磯禅師はほっとした。平家のために行っていた諜報活動を責めるのか。いや
そうではない。私はお前の過去のすべてを知っているぞという威しであろう。
ともかく、安堵の心が広がっている。そこは同じ京都人である。
「そうじゃ。今日、西行殿が頼朝様の前に現れた。西行殿は東大寺重源上人よ
り頼まれて、奥州藤原氏、平泉へ行くと言う。目的は東大寺勧進じゃ」
「確か、西行様は、七十才にはなられるはず。西行様と重源様とは、高野山の
庵生活の折りからお知り合いとか聞いております」
「そう聴いている、が、その高齢の西行殿が、よりにもよってこの時期に、平泉へ行かれるというは、何かひっかかる」
「それで、何をこの私にお尋ねになりたいのですか」
「まずは、平清盛と西行殿の繋がりだ」
「確か、北面の武士であられたときに知己であったとか、また文覚様とも知己
であったと聞いております」
「あの文覚どのと、重源どのは京都で勧進僧の両巨頭だ。清盛殿がこと。西行庵
と六波羅とは指呼の間、六波羅へは足しげくなかったか」
「特にそれは聞いておりません」
大江広元は、しばし考えていた。
広元の声が、磯禅師の耳に響く。
「聞きたいのは西行とは奥州との繋がりだ。私も京都にいたとき聞いておる
が、あの平泉第の吉次じゃ。あやつが数多くの公家に、奥州の黄金や財物を
撒き散らしておるのは聞いておる。そこで、吉次と西行との関係を知りたい」
金売り吉次は、奥州藤原秀衡の家来であり京都七条にある平泉第の代表であ
る。平泉第は京都の一条より北にあり、現在でいう首途(かどで)八幡宮のあ
たりを中心に、広大な屋敷を構えている。いわば異国の大使館である。
吉次の率いるの荷駄隊は、京都にて黄金を、京都在住に多くの貴族に贈り物
として差し出していた。
「そういえば、平泉第は一条より北にありましたな…」
「西行法師は平泉第へは通っておらなんだか」
「ともかくも西行様、平泉の秀衡様とも確か知己であったはず。そうなれば、
京都での西行様の良き暮らしぶりも納得がいきます」
「さらにだ、西行は西国をくまなく訪ねている。これは後白河法皇様の指示
ではなかったか」
「そこまでは私には断言できませぬ」
「それもそうだな」
「大江様は、西行殿をお疑いですか」
「この時期に平泉に行くのが、どうもげせんのだ」
西行殿…、なつかしい名前を聞いた。
思わず、磯禅師の顔は紅潮している。大江広元に気付かれなかったろうか。
京都・神泉苑でのことを、磯禅師は思い出している。
多くの白拍子が踊っている。
観客は多数である。
その中に一際目立つ、りりしい武者がいた。磯禅師は、近くの知り合いの白拍子に尋ねる。
「あの方はどなたなの」
聞かれた白拍子が答えた。
「ああ、あの方は佐藤義清様よ。このお近くのお住まいの佐藤家のご長男
ぞ」
磯禅師は佐藤義清の方を見やって、溜め息をつくように思わずつぶやく。
「佐藤義清様か」
その白拍子が、微かに笑って言う。
「ほほほ、さては、磯禅師さま、一目ぼれか」磯禅師ははじらった。
「ばかな、そのようなこと……」
が事実だった。頬が紅色に染まっている。
禅師の十七才の頃の思い出である。
日本を古代から中世へと、その扉を開こうとしていたのは、西行の嫌いな源
氏の長者、源頼朝であった。
また頼朝の側にいるのは、貴族階級の凋落を見、新しい政治を求めて鎌倉と
いう田舎へ流れていった貧乏貴族である。その代表が大江広元である。
頼朝は西行の背景にいる後白河法皇に憎しみを滾らしている。
「あの大天狗、私を騙そうと言う訳か。大江、大天狗にひとあわふかせるべく
手配を致せ」
源頼朝が大江広元に命令する。
「いかように取りはからいます」
「西行へ、奥州藤原氏より、いだされる沙金を奪うのだ。が、平泉から鎌倉までの道中にてぞ。鎌倉についてしまえば、これから先は鎌倉の責任、黄金を奪う訳にはいかぬ」
「さようでございます。また、よくよく考えますればこの沙金、奈良まで着き
ましたならば、西国にいまだ隠れおります平家の落人たちに渡るやも知れませ
ん」
「あの大天狗の考えそうなことよ。北の奥州藤原氏と西の平家残党から、この
鎌倉を挟み撃ちにしようとな」
「では、義経殿もこの謀に加わっておられると」
「可能性はある。実の子供よりも、源義経を考えておった藤原秀衡殿のことであ
るからな。また、後白河法皇もいたく、義経が気に入っておった。あやつは法
皇の言うことなら何でも聞く」
「頼朝さま。やはり、沙金を必ず奪い取らねば、我が鎌倉の痛恨となりましょ
う」
「さっそく梶原と相談し、しかるべく手配をいたせ」
「わかり申した。すでに手は打って御座います。私、京都におりました時より、東大寺にすこしばかり手づるがございます」
大江広元は、東大寺の荘園黒田荘悪党への使者を、すでに旅立たせていたのだ。
続く2010改訂
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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鎌倉の大江屋敷で、静の母である磯禅師と、大江広元が密談している。
大江広元は西行との会談後、磯禅師を呼びつけている。
「ここは腹を割っての相談だ。二人だけで話をしたい」
怜悧な表情をした広元はゆっくりとしゃべる。
「これはこれは何事でございましょう。頼朝様の懐刀といわれます大江広元様が、
この白拍子風情の禅師にお尋ねとは?」
磯禅師は身構えている。広元は京都の貧乏貴族、昇殿できない低格の貴族だ
った。それが、この鎌倉では確固たる権力を手にしている。侮れぬこの男と
禅師は思う。
「あの静、本当はお前の娘ではあるまい」
磯禅師の返事は少し時間がかかる。やがて、答えた。
「さすがに鋭うございますね。大江様、確かにあの娘は手に入れたもの」
「禅師殿、赤禿(あかかむろ)を覚えておられるか」
急に大江広元は京都の事を問い始める。
磯禅師の頭には、赤禿の集団が京都を練り歩く姿が思い起こされた。
「何をおっしゃいますやら、平清盛殿が京都に放たれた童の探索方、平家の悪
口を言う方々を捕まえたというは、大江様もご存じでございましょう」
続いて白拍子が清水坂にたむろしている姿も思い出していた。
「いや、まだ話は続くのだ。この赤禿以外に、六波羅から清水寺にいたる坂
におった白拍子が、公家、武士よりの悪口を収集していたと聞く。その白拍子
を束ねていた女性(にょしょう)があると聞く」
「それが私だとおっしゃるのですか」
「いやいや、これは風聞だ」
「……」
磯の禅師は黙った。次に来る言葉が怖かった。
◎
尼僧が禿(かむろ)を呼び止めている。京都、六波羅の近くである。
「どうや、あの方のこと、何かわかったか」
「あい、禅師様。残念ながら、も一つ情報がつかめまへん」
「ええい、何か、何か、手づるはないのかいな」
「へえ、でも禅師様…」
禿は、いいかけて言葉を止めた。自分の想像を禅師に告げたならば…。仕返し
が恐ろしかった。禿の思いには、何故そのように西行様の情報を…、何か特別
な思い入れがおありになられるのか…、答えはわかっているようであった。つ
まりは嫉妬である。
西行が皇室の方々に恋をし、またその皇女の方も、西行を憎からず思っている
ことを…。、どうしても邪魔をしなければならなかった。
大江広元の前、磯禅師の追憶で、顔色は変わっていた。
がしかし、次の広元の言葉は禅師の予想とは違った。
「が、安心せよ。本当に聞きたいのは、西行殿のことなのだ」
「え、西行様のことですか」
磯禅師はほっとした。平家のために行っていた諜報活動を責めるのか。いや
そうではない。私はお前の過去のすべてを知っているぞという威しであろう。
ともかく、安堵の心が広がっている。そこは同じ京都人である。
「そうじゃ。今日、西行殿が頼朝様の前に現れた。西行殿は東大寺重源上人よ
り頼まれて、奥州藤原氏、平泉へ行くと言う。目的は東大寺勧進じゃ」
「確か、西行様は、七十才にはなられるはず。西行様と重源様とは、高野山の
庵生活の折りからお知り合いとか聞いております」
「そう聴いている、が、その高齢の西行殿が、よりにもよってこの時期に、平泉へ行かれるというは、何かひっかかる」
「それで、何をこの私にお尋ねになりたいのですか」
「まずは、平清盛と西行殿の繋がりだ」
「確か、北面の武士であられたときに知己であったとか、また文覚様とも知己
であったと聞いております」
「あの文覚どのと、重源どのは京都で勧進僧の両巨頭だ。清盛殿がこと。西行庵
と六波羅とは指呼の間、六波羅へは足しげくなかったか」
「特にそれは聞いておりません」
大江広元は、しばし考えていた。
広元の声が、磯禅師の耳に響く。
「聞きたいのは西行とは奥州との繋がりだ。私も京都にいたとき聞いておる
が、あの平泉第の吉次じゃ。あやつが数多くの公家に、奥州の黄金や財物を
撒き散らしておるのは聞いておる。そこで、吉次と西行との関係を知りたい」
金売り吉次は、奥州藤原秀衡の家来であり京都七条にある平泉第の代表であ
る。平泉第は京都の一条より北にあり、現在でいう首途(かどで)八幡宮のあ
たりを中心に、広大な屋敷を構えている。いわば異国の大使館である。
吉次の率いるの荷駄隊は、京都にて黄金を、京都在住に多くの貴族に贈り物
として差し出していた。
「そういえば、平泉第は一条より北にありましたな…」
「西行法師は平泉第へは通っておらなんだか」
「ともかくも西行様、平泉の秀衡様とも確か知己であったはず。そうなれば、
京都での西行様の良き暮らしぶりも納得がいきます」
「さらにだ、西行は西国をくまなく訪ねている。これは後白河法皇様の指示
ではなかったか」
「そこまでは私には断言できませぬ」
「それもそうだな」
「大江様は、西行殿をお疑いですか」
「この時期に平泉に行くのが、どうもげせんのだ」
西行殿…、なつかしい名前を聞いた。
思わず、磯禅師の顔は紅潮している。大江広元に気付かれなかったろうか。
京都・神泉苑でのことを、磯禅師は思い出している。
多くの白拍子が踊っている。
観客は多数である。
その中に一際目立つ、りりしい武者がいた。磯禅師は、近くの知り合いの白拍子に尋ねる。
「あの方はどなたなの」
聞かれた白拍子が答えた。
「ああ、あの方は佐藤義清様よ。このお近くのお住まいの佐藤家のご長男
ぞ」
磯禅師は佐藤義清の方を見やって、溜め息をつくように思わずつぶやく。
「佐藤義清様か」
その白拍子が、微かに笑って言う。
「ほほほ、さては、磯禅師さま、一目ぼれか」磯禅師ははじらった。
「ばかな、そのようなこと……」
が事実だった。頬が紅色に染まっている。
禅師の十七才の頃の思い出である。
日本を古代から中世へと、その扉を開こうとしていたのは、西行の嫌いな源
氏の長者、源頼朝であった。
また頼朝の側にいるのは、貴族階級の凋落を見、新しい政治を求めて鎌倉と
いう田舎へ流れていった貧乏貴族である。その代表が大江広元である。
頼朝は西行の背景にいる後白河法皇に憎しみを滾らしている。
「あの大天狗、私を騙そうと言う訳か。大江、大天狗にひとあわふかせるべく
手配を致せ」
源頼朝が大江広元に命令する。
「いかように取りはからいます」
「西行へ、奥州藤原氏より、いだされる沙金を奪うのだ。が、平泉から鎌倉までの道中にてぞ。鎌倉についてしまえば、これから先は鎌倉の責任、黄金を奪う訳にはいかぬ」
「さようでございます。また、よくよく考えますればこの沙金、奈良まで着き
ましたならば、西国にいまだ隠れおります平家の落人たちに渡るやも知れませ
ん」
「あの大天狗の考えそうなことよ。北の奥州藤原氏と西の平家残党から、この
鎌倉を挟み撃ちにしようとな」
「では、義経殿もこの謀に加わっておられると」
「可能性はある。実の子供よりも、源義経を考えておった藤原秀衡殿のことであ
るからな。また、後白河法皇もいたく、義経が気に入っておった。あやつは法
皇の言うことなら何でも聞く」
「頼朝さま。やはり、沙金を必ず奪い取らねば、我が鎌倉の痛恨となりましょ
う」
「さっそく梶原と相談し、しかるべく手配をいたせ」
「わかり申した。すでに手は打って御座います。私、京都におりました時より、東大寺にすこしばかり手づるがございます」
大江広元は、東大寺の荘園黒田荘悪党への使者を、すでに旅立たせていたのだ。
続く2010改訂
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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