源義経黄金伝説■第49回★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■ 文治三年(一一八七)
日本各地にある西行の草庵。いまは、京都の嵯峨に住まう西行に、一人の
商人姿の男が訪れていた。
「十蔵、まかりこしてございます」
「おお、これは、十蔵殿。ひさかたぶりだ」
東大寺影法師、十蔵は、挨拶もそこそこに、用向きを聞いた。
西行からのこの度の連絡を受けたおり、いよいよ俺の死ぬときが来たかと、
体が武者ぶるいしていた。
無論、西行に呼ばれたことは、東大寺や重源には告げてはいない。
奥州藤原秀衡がなくなった事は聞いて、世の中が再び騒然となって来ていている。
「で、西行様、何かご依頼が」
「そうだな。十蔵殿。……」
しばし、西行は、無言だった。
やがて、深深と、十蔵に頭をさげていた。
「すまぬ、十蔵殿、死んでいただけぬか。東大寺のためではなく、この西行の
ため、いや日の本のためにな」
平然とうけとめ、十蔵はふっと微笑む。
「いよいよ、お約束のときが、参りましたか」
「早急に、摂津大物が浦(尼崎)より旅立ってほしい。そして多賀城で吉次に
会い、それからは吉次の指示に従ってほしい」
「西行様はいかがなさります」
「お前様の後を追う。他に片付けなければならぬことが多い。先に立っ
てくれ」
「わかり申した」
十蔵は、すばやく、西行の前から姿を消す。
「はてさて、重源殿が、どう動くかだが」
西行はひとりごちた。
■
平泉の高館に、泰衡の弟、忠衡が、内々で義経を訪れてきていた。
「のう、忠衡殿、私はこの平泉王国の将軍の座を、泰衡殿にお譲りしてもよい
のだぞ」
平泉王国の内紛の様子を知る義経は、自ら身を引こうとしている。
が、この言葉を聞いて、忠衡は、激怒し、立ち上がっていた。
「何をおっしゃいます、義経殿。そのことは我が父秀衡が、我々子供を死の床
に呼び、遺言したもの。それをいまさら…、なさけのうございます」
最後には泣き出している。その忠衡の方に手を掛け、慰めるように義経は言
う。
「私はよいのじゃ。私の存在で、この平泉平和郷が潰れることになっては困りま
しょう」
「それが鎌倉殿の、狙いではございませんか」
「この勝負、最初に動いた方が負けという訳でございますな」
「さようでございます。よろしゅうございますか。今、天下の大権を握れるの
は、頼朝殿か義経殿か、どちらかでございます。断じて、我が兄泰衡ではあり
ません」
思案顔の義経と、見まもる藤原忠衡だった。
■
「静殿、今から恐ろしき事を申し上げる。お気を確かにされよ」
西行は京都大原にある静の庵に静をたずねている。
静は、あの事件ののち平泉から帰り、尼になり京都郊外にある大原の寺に住う。
長くは、平泉にいなかった。というのは義経が新しく妻をもとめている。
新妻は、藤原氏の外戚である。それゆえ、静は身を引き、京都に傷心で戻っていた。
「西行様、そんなに思い詰めた表情で、一体何をおっしゃるつもりでございま
すか」
「実は、義経様の和子様は、生きておられる」
しばらくは、静の体がふるえていた。顔もこわばっている。
「西行様、おたわむれを、冗談はお止めください。私は、鎌倉にて我が子が殺
められるところを目にしております。この目に焼き付いております」
「が、その殺された和子は偽物だ」
「まさか、そのようなことが」
「よいか。静殿の母君、磯禅尼殿、しきりに下工作をなさっておった。その結
果だ、後ろで糸を引くは大江広元殿。その企みだ」
「それでは、今、和子は」
「それは、おそらくは、鎌倉の、大江広元殿が知っている」
■
「お、重源殿。よう参られました。ちょうどよい機会ですな。拙宅に法然殿が
参られておられますぞ」
「おうおう、それはよき機会でございます」
京都の関白藤原兼実の自宅だった。
重源は雑職に、表で待つように告げる。重源は猫車(1輪車)を
自からの移動に利用している。重源には雑職がいつも2人ついている。
この猫車に乗り、勧進集団50名を引きつれて日本全国を勧進して回っているのだ。
東大寺勧進職は、最初、法然に白羽の矢があたったのだが、法然は、重源に譲
った。藤原兼実は、法然に帰依し、兼実から噂をきいた後白河法皇も法然に寄進している。
「兼実様、もうしあげにくき事ながら、、」
早速に重源は、時の関白藤原兼実にふかぶかと頭をさげていた。
兼実に不安がよぎる。
「いかがなされた。重源殿、表をあげてくれませ。そんな他人定規な、な。
麻呂と重源殿の間ではございまへんか。大仏再建の事、麻呂も、法皇様もあな
たさまにお礼を申しあげたきくらいでしょう。よう、よう、あそこまで大仏や東大寺を再建してくだはりました。で、まさか、何か大仏殿再建の事で、、」
重源は、しばし、頭を下げたままである。微動だにしない。
「さようです。できれば、関白殿、拙僧は勧進職を辞退したい」
重源は、その精悍な顔をあげ、関白藤原兼実に言った。
「まあまあ、何をいわはるのです。今この折りに殺生ですわ。無責任とでもいいましょうかや。重源様の力を、信じたればこそ、お願いしたのやありませんか。それに、民も大仏再建に熱意をもって協力しているのや、ございませんか」
この大仏再建で庶民の仏教信仰が普及してきたのは事実である。その民衆の仏
教に対する熱狂のうねりを、重源もひしひしと感じている。
兼実は思い当たった。そうや、金がたりんという事かいな。
「ははあ、金ですか。でも平泉なり、鎌倉なりから届いたの違います
のか、、まさか、金がおもうている程、届かなかったからとか。はは、図星ですかいな。でも、西行殿に奥州の秀衡殿に説得していただいたのではないですか」
「いささか、申し上げにくい事ながら、金が充分ではありません」
「ははあ、西行殿のお話と、、秀衡殿から、頼朝殿からのお届いただきました砂金の量とが違うとでもいいはる、、のですか」
兼実は思わず、
「まさか、何か西行どのが何かたくらみを、、」
しばし、兼実は黙り告げた。
「いやいや、今のお話は聞かなかった事にいたしましょう。で、今しばらく奥州の事態をお待ち下されや」
「それは、奥州平泉が滅びる、、というお考えか」
重源がたづねた。
「いや、はや、北の仏教王国、平泉は、我々、京都の人間としては、滅んでほしくはありませんわ、なな。何しろ、仏都やさかい。しかし、頼朝殿は、義経殿の事があり、まあ、早よういえば、さぞかし、奥州が欲しい、のでございましょうな」
「金山を欲しがるという、源氏の血ですな」
「我々、京都の人間としても、早く、天下落居(世の中がおちつくこと)してほしいのですわな」
「平泉の仏教王国が滅んでも、日本が平和になればいいと」
「さようです。あの国は、蝦夷の末裔。源氏の正統、頼朝殿が征偉大将軍として、あの者ともを滅ぼしくれはったら、日本の平和がなあ、おとづれましょうよ」
「しかし、それは、今までの世とは、異なる平和でございますな」
「そりゃ、庶民が平和を求めている事は、勧進されながらおわかりでございましょう」
重源は思った。
やはり、京都は平泉をすて、鎌倉をとったか。
平泉の黄金が、鎌倉の手にきすか。やはり、我々の鎌倉侵攻は早めればなるまい。栄西殿が宋からかえってくる前に体制がきまりそうだ。法然殿とも話あわずばなるまい。東大寺大仏再建の趨勢は、はや、鎌倉殿の手に握られたのか。
2012(続く)
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