新人類戦記 第三章 聖域 第10回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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(アメリカとソビエトの冷戦時代の話です)
■ビサゴス国境地帯 ジャバ川 クリスチャン号
ビザゴス解放戦線のダマル中尉は床に拳銃をおとす。
「我々はボグラ政府に正確な航行スケジェー
ルを連絡してはいない。それゆえに迎えにく
るわけがないのだ。それはビザゴスのラオス大統領の使
令だった。すでに君の仲間二人も武装解除し
た。それでは今度は私の質問に答えてもらお
う。我々の船をジョバ川のどこにつけるつも
りだったのだね。そこに君達ビザゴス解放戦線の基地があるん
だね。それにクリスチャン号の運行スケジュ
ールを誰から手に入れたのかね」
ダマル中尉と名のった解放戦線の男は押し
だまったままである。
「わかった。時間をかけて尋ねる事にしょう
いやでも君は言わざるを得なくなるだろう。
私達にはそれに対する準備がある。それにこ
のクリスチャン号は、外観ほど柔わではない。
君達の仲間もやがて。それを思い知る事にな
るだろう。よし、この男と他の二人を船室に
厳重にとじこめておけ」
ビデゴス海軍の旗を掲げたホーバークラフ
卜は、クリスチャン号に横付けされたままだ
った。クリスチャン号のサーチライトが、それを照らし続けている。
重機銃はホーバークラフトの方へ向けられている。
ホーバークラフトの中にはまだ数名がいるようだった。
クリスチャン号崔船長の声が船外スピーカ
ーから流れてきた。
「ホーバークラフトの解放戦線の諸君、降伏
したまえ、君達の仲間の三人はすでに捕えた。
返事を一分間だけ待つ」
クリスチャン号の機銃座に付いていた斉藤
は危険を感じた。まだジウの殺人精神波を統
べるすでを彼らは見いだしてはいないのだ。
この戦いが地獄となる可能性がある。
斎藤は船室にいる弟の泉ことジウの所へ帰
ろうとした。
「待て。持ち場を離れるな。きさま、おじけづいたのか」
急にあらわれた背後の二人の男が斎藤につ
かみかかってきた。一瞬、斎藤の手刀が男の
みぞおちに、さらに返して、もう一人の男の
首すじにきまっていた。男達はくずれおちた
「ジャングル地帯を動かざるを得ないな」
斎藤は考えた。彼らは一刻も阜く、アコンカグワ
に廸りっかねばならなかった。心の
中にアコンカグワに辿り着けという声が常
に響いてる。
テレ・ポートできれば簡単なのだが、この
ピザゴス共和国にはいった時から、竜とジク
もまた、その超能力の1部分が発揮できなくなっていた
考え込みながら、泉のいる船室へ向かう階
段を下っていた。斎藤のい背後から爆発音が聞
こえてきた。
「いよいよ、始まったか」
斎藤こと、東郷竜は独りごちた。
解放戦線側が、バズーカ砲をクリスチャン
号に向けて発射したのだ。それが崔船長の降
伏の勧告に対する解答だった。
それに呼応して、クリスチャン号の砲火が
一斉に開かれた。
一瞬にして閃光と爆発音が。夜のジョバ川
に拡がり始めた。
やがて、クリスチャン号と、ホーバークラフト
フトに乗っている者全員が、一つの巨大な狂
気のせ界へと連れ込まれていた。
ジウの殺人精神波が発されたのだ。
真紅の世界だ。自分以外の者すべてが敵に
感じられるのだ。恐るべき力を自らが持ち、
側にいる生きとし生ける者を屠ろうとした。
十五分で静寂が戻ってきた。
ただジョバ川の水音と、どこかで燃える炎の音だけだ。
船室の一つに引きこもっていた斎藤こと竜
と泉ことジウは、ゆっくりと上甲板へ出た。
そこはいつもと同じだった死体の山だ。二
人はところどころが燃えあがるクリスチャン
号を抜け出し、満身創夷のホーバークラフト
に乗り込んでいた。
「まだ、少しは動けるようだ。ジウ」
「そう。では、とりあえず。河岸から上へあ
がりましょう。あのクリスチャン号を二人で
操船するのは無理のようだから」
「そうだな。後の事は陳と秀麗にまかそう」
二人は。クリスチャン号の中に生存者がい
るとは思いもよらなかった。
解放戦線の三人の男達である。彼らはがんじがらめにしばら
れ、船室にほおり込まれていた。動こうにも
体が動かなかったのである。
やがて、竜とジクが乗るホーバークラフト
が不整音を響かしながらも対岸へ向かい走り
始めた。
ホーバークラフトはジョバ河岸へはいあがり、下
ばえの草を押しながら、草原を向けていく。
草原地帯には多数の首都ポグラの政府軍基地や
解放戦線の秘密基地が散在する。
■ビザゴス共和国 ポグラ市、大統領官邸
ラオメ大統領は官邸の窓から、光がところ
どころもれているポグラ市の夜景を見降ろし
ていた。官邸はポグラの南にあるバリエテの
閤に建っていた。
何かよくない事が起っているような気がし
ているラオメ大統領であった。ビサゴス共和国の主
僥民族を占めるヴアリド族の一人である彼は、
又、呪術師的なものを備えていた。
今日、彼は官邸の前の広場で二十数名の捕
えられた解放戦線の男達を處殺していた。い
わば八つ裂の刑である。両手両足を四頭の牛
にしぱりひっぱるのだ。
ともすれば解放戦線へ同情的な国民への
見せしめであった。
これは直接ラオメ大統領が指揮し、また彼らの楽
しい日課の一つであった。
やがて、部屋に入ってきた秘密警察の長官
ラギドの顔を見たラオメ大統領は。自分の予感が当
つている事を知った。
「大統領、悪い知らせがあります」
「わかっていた。早く言え」
ラオメ大統領は巨体をゆるがせ。その鋭い眼で秘密警察の長官ラ
ギトを見降ろした。
「核物理学のフランス留学生ニエレレの乗った飛行機
が行方不明になりました」
「何、バウチはどうした。バウチは。あの
男がいながら、何という事だ。パウチめ。私
の目の前におめおめと現われたら、即刻、首
を切り落としてやる。ラギト君が推薦したんだぞ。
我国最高のエージェントだといってな。ラギ
トくん」
「ラオメ大統領、そう興奮なさらないで下さい。ダ
カール空港まで二人は無事だった事は確認されて
います。ダカールで乗り換えたツイン=オ″
ター機体がボグラ空港に着陸しなかったのです
「という事は、解放戦線の手で葬むり去られ
たという事が」
「いえ、ツインオッターの乗員名簿を調
べた私の手の者の報告によりますと、他の乗
客は三人。うち一人は白人のようです」
「白人、キューバ人、傭兵か」
「恐らく、そう思われます。学生ニエレレは解放
戦線に拉致され、いずこかの解放戦線の基地
へ連れ去られたと思われます」
「くそっ、ニエレレが奴らの手に渡ったとい
うのか。とすれば、奴らは我々の計画を察知
していた事になるな」
「そう思われます」
「ラギド君、現在、日本の船がどこにいるのか
早急に調べろ。ポートモレスピーにいる手の者に
連絡しろ。解放戦線に例の荷物がうばわれる
危険性がある」
「わかりました。早急に手配いたします」
ラギト長官は外から一人の男を呼び寄せ、耳打
ちしか。
「それから、ラオメ大統領」
「何だ。まだ何かあるのか」
「そうです。ミラー少尉が死亡しました」
「何、ビザゴスの殺戮者ミラーが。相手戦闘機
はミグ21か」
ラオメ大統領はこの時、ミラーに払っていた給料
の事が気になっていた。
「いいえ、基地のレーダーによると、そうで
はないようです。ガニタ空港の方から大型の輸送
機が侵入してきたようなのです」
「輸送機にミラージュ戦闘機がやられただと
そんなバカな事が。それでその輪送機はどう
したのだ」
「それが、アコンカグワア山の近辺で消滅した
との事です」
「アコンカグワ山だと」
部屋の中へ、先刻の男がはいってきて、ラ
ギド長官の方へ、一片の紙をさしだした。
「さらに悪い知らせです。大統領。東洋商事
の桜木がポートモレスビーのホテルで爆弾で
吹き飛ばされたとの事です」
「いかん、ラギド君、至急、空軍長官を呼び出せ
ジョバ川を上空から偵察させろ。すでに船は
ボグラに向かっているはずだ。荷物を奴らの
手にわたしてはならん。日本の山梨翁には私か連
絡をつけよう。それから、ラギド君」
彼は秘密警察長官の名を呼んだ、
「アコンカグワ近辺に一部隊を偵察にいか
せろ
「ラオメ大統領、御存じの通り、あそこへは誰も行
きたがりません」
「わかっている。ヨルバ族の所へ行き、異変
がなかったか調べるのだ。とにかく、あのアコンカグワ山
は我々にとって鬼門だからな」
ラオメ大統領は自分の体がふるえているのがわか
った。
彼はヴァリド族の出身でちり、ヴァリド族
にとってもアコンカグワアは禁忌の山なのだ。
■日本、山梨、翁の自宅
日本の山梨に住む翁は。ビザゴスの電話か
らはるばる聞こえてくるビザゴス大統領ラオ
メの声がかすかにふるえているのに気がつい
た。
「どうなさったのです。ラオメ大統領。アフリカの
覇者と呼ばれるあなたに、ふさわしくないお声
ではありませんか」
「大変なんだよ。翁、君の部下、桜木がポー
トモレズビーのホテルで殺されていた。ど
うやらあの荷物の事がビザゴス解放戦線にばれたらし
い」
翁は、桜木が暗殺された事を、後から派遣
した香月茂からの連絡で知っていた。
「遺憾ながら。その件については聞いており
ます。ポートモレスビーにはもう一人。私の
優秀な部下を送り込んであります。その男は
桜木よりもかなり腕の立つ者です」
「何とかクリスチャン号に早くポグラ港に到
着してほしいものだ」
「ご心配なく。クリスチャン号はかなりの重
装備の武装商船ですから、めったな事ではや
られる事はありません。それに船長の崔もな
かなかの男です」
そこまで話して。翁はやはり、あの二人の
事を話しておいた方がいいと考えた。
「それから、大統領。気をつけていただきた
い男と女がおります。我々のいやビサゴス共和国と日本国
のあの計画を妨害するかもしれません」
「何者だそれは」
「もと私の部下だった東郷竜という男と、ジ
ウというベトナム人の女です」
「その二人がなぜ危険なのかね」
「二人とも超能力戦士なのです。恐らくビザゴ
ス共和国へ向かった事は確実です。見つけ次
第すぐ射殺して下さい」
「わかった。すぐ写真を送ってくれ」
「いいですか。大統領。有無をいわさず。射
殺して下さい。ためらいは危険なのです。二
人とも殺人機械なのです。くれぐれもよろし
く」
「わかった。翁」
新人類戦記 第三章 聖域 第10回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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