聖水紀ーウオーター・ナイツー第8回(1976年作品)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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第4章
奴隷船の流体、漕ぎ手である シマはようやく目ざめた。
水鳥はシマと、意識を失っていたベラの体をどこかに運んだようだ。
シマは飛行中に疲労で寝てしまったようだ。しかし、いまだに信じられなかった。自分はあのフガンとかいう聖水騎士団の男に聖水をかけられた、が消滅しなかった。
おまけに奴隷船での単なる歌姫だと思っていたベラが、海水を鳥に変化させた。
自分はその鳥に乗ったのだ。脅えが今ごろ、シマの体を震わせていた。
それにしてもここは。雨音が急にシマの耳に飛び込んで来る。
シマは何かの建物の一階にいた。バラック状の簡素な建物で、シマの目前にドアがあった。
窓からは激しい雨足が見えている。
ドアを開けてズブヌレの男が入ってきた。
男の顔はレインパーカのフードのせいではっきり見えない。
不安がシマの体を震えさせた。不安は人を多弁にする。
「あなたはどなたですか。それにここは」
「我々はレインツリーの人間だ」
その男はフードをあげながら、言った。シマが思ったより若い男だった。
レインツリー、対『聖水』組織。
聖水紀以前の地球社会に復帰さることを目的とする組織だった。おまけに、呪術者集団。
「安心しろ、シマ、我々は味方だ」
「ここは、どこなんですか。それにベラは大丈夫なのでしょうか」
「レインツリーの基地のひとつだ。ここは多雨地域。聖水騎士団もなかなかちかずけまい。ベラのことは、直接本人から聞け」
建物に今度は小さな人間が入ってくる。
フードをはずす。元気なおなじみの顔があった。
「シマ、大丈夫だった」奴隷船の歌姫ベラの第1声だった。
「君こそ、大丈夫なのか。たしか聖水を体に浴びたはずだ」
わずかに、安堵感がシマの体に広がっていく。
「わずかよ。それにこのレインツリーの基地で手当してもらったの。私の体は特別製なの」
傍らの男を見て歌姫ベラはしゃべった。最後の言葉に意味があるかのように。
「シマにはもうしゃべったの、ロイド」
ロイドと呼ばれた男は首を振る。
「いや、まだだ。君の口からいってもらったほうがいいと思ってね」
ベラはすこしの間、考えていたようだが、やがて決心したようにシマの目をみつめながらしゃべった。
「シマ、あなたはシマではない」
シマはとまどう。悪い冗談かとも思った。
が、ベラの表情は、船の上の歌姫の冗長なベラのそれとは別物だった。
「どういう事なのかな。君は私を探っていたのか。だから、船の上の君は演技だったのか」
シマはわけののわからない怒りで、自分がつき動かされているのを感じた。
ベラは顔を赤らめて絶句する。レインツリー組織のロイドがその場を救おうとした。
「それはベラから答えにくいだろう。私が船にいる君を発見し、確認のためにベラを歌姫として奴隷船に潜入させたのだ」
シマは考える。
この私がシマでないとすれば、一体私はだれなのだ。
ベラは私が誰だかわかっていて私に質問をしていたという。
このレインツリーの人間は、本来の私が何者なのか知っているわけか。
シマは怖かった。自分が誰か聞くことが。シマの心はちじに乱れ、叫んでいた。
「頼む。教えてくれ。私は誰なのだ」
「本当に知らないようだな」
男は静かに言った。
「君はウェーゲナー・タンツ宇宙連邦軍大佐だ。聖水が地球防衛圏を突破するのに手をかした男だ。君のために地球は聖水に汚染されたのだ」
ロイドの目には憎しみの炎が燃えている。
ロイドの言葉はシマの心に深々とつき刺さる。
俺がウェーゲナー・タンツだと。地球最大の裏切り者。
急に過去の記憶が戻ってきて、タンツの心と胸を一杯にした。
犯罪者。
震えがタンツの体を襲った。いてもたっていられない。
思わず地面に両手両ひざをついた。タンツの体は小刻みにふるえる。汗が体じゅうから吹き出る。
ロイドがひざまずき、タンツに被いかぶさるように、タンツの顔をのぞきこむ。
「タンツ地球連邦軍大佐。君に教えて欲しい。地球連邦軍の秘密要塞の位置を。君しか生き残っていない。宇宙連邦軍で、君しかね」
タンツの脳裏には、地球連邦軍の潰滅シーンが想起された。
「ねえ、シマ、じゃなくてタンツ大佐、お願い。教えて。覚えているはずよ。宇宙要塞ウェガの位置と要塞侵入のパスワードを」
「宇宙要塞ウェガが我々の切り札なんだ」
タンツは無言で震え続ける。
「だめよ。ロイド、タンツは堅く自分の殻に閉じこもっている。
病院でも、自分がタンツだと、結局最後まで認めなかったというわ。
今でもショック状態よ。我々の機械で治療しましょう」
「ベラ、時間が惜しい気がする。こんな奴に時間を与えるのがねえ」
あたりが急に騒がしくなった。ロイドは建物から飛び出る。男が走ってきた。
聖水紀ーウオーター・ナイツー第8回(1976年作品)
作 飛鳥京香
(C)飛鳥京香・山田企画事務所http://www.yamada-kikaku.com/