クリス/リックマンという名の箱船第3回
(1976年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
あわてた声がスピーカーから再び流れてきた。゛
「し、失礼いたしました。「全都市管理センター」のお方とは存じませんでした」
私は疲れた顔で言った。
「私は疲れているのだがね。老人をこのまま立たせておくのかね」
ビーグルのハッチが開いて、屈強な私と似た顔を、したひげづらの男が飛び出してきた。
私の前で土下座をしかねない態度だ。
「お、お許し下さい。「全都市管理センター」ーの方とはまさか思わなかったものですから」
「いいんだ。よくある事だ。放浪者と間違われる事はね。いいからいいから、私をビーグ
ルに乗せてくれないのかね」
「どうぞ、こちらへ。足元に気をつけて下さい」
古いタイプのビーグルだった。恐らく『大侵略』以前の代物だろう。彼らはそれらがこ
こにあったがゆえに使っているはずだった。
私は運転席のひ・げづらの男に尋ねた。
「お前、いやお前達の 年は各々何才だね」
「そんな事を聞いてどうする……」
ひげ男はいつもの横柄な言い方で、私に話しかけようとしたが、私の胸のシルバースター
にふと気付き、しゃべり方を変えた。
「失礼しました。私の個体の中には、ファザーが183才。グランド
ファゲーが260才、私の息子が62才、孫が2人30才と27才です」
「君の体、つまりは複合体のパーソナリティは6名か。ボディは50才くらいの代物だな」
■地球は極度の食糧不足だった。
それゆえ一人の体の中に、数人のファミリーのパーソナリティが住みついているのは、あたり前の事なのだ。
そして、その食事は、私のセンター「全都市管理センター」からしか与えられない。「全都市管理センター」は食糧運搬車で各邨市に食糧を分け与えているのだった。
いわば「食糧を媒介とした支配」が行なわれているのがこの世界である。
そして私はそのセンターの人間であり、かつ都市の視察者、そして、シティディザスター(都市に災いをもたらす者)であった。
存在するに無益な都市は、私の手で抹消、つまり地球上から消滅させられるのだった。
■ビーグルはシティの壁の内へ入って行く。
ラグーン市中に周囲の人家よりはるかに高くそびえる中世の教会堂のような建物が市庁
だった。金の装飾がゆき届いた建物だった。
さすがに黄金の都市ラグーン市だけの事はある。
「今の私は100才のデルです。お見知り置き下さい」
ビーグルの運転手は言った。
「わかった。市庁まで早く行ってくれたまえ」
町並は地球中世のヨーロッパの程をなしていた。どこまでも続く石畳の道。しかし石は
金ばりだ。人々の数はもちろん少ない。
ビーグルは市庁を目ざし進行していく。
一体、この町には何体の個体が存在するのだろうか。
一個体は自らの派生したパーソナリティを内包した複合体だ。彼らのパーソナリティは
彼のように、時々変化し、表出してくるのだ。
ビーグルは金色の建物の前で止まった、運転をしていたデルはビーグルのハッチを開け、手で示し
た。
「どうぞ、視察官、ここがラグーン暦の市庁です。市長のハルによろしく私の事、デル複合体をお伝え下さい」
私は市庁の中に一歩、足を踏み入れた。
金を貼りつめた回廊が奥まで続いている。
残念ながら。この都市は私が求めていた都市ではないようだ。陰迦な周囲の雰囲気が私
を飲み込んでいた。確かに建物は金銀、ダイヤで飾られてはいるのだが。
町へ入る前のあの事件から感じていた事なのだが。やはりこの町は違う。 ヽ
私はこの都市をまた破滅させなければならないかと思うと寂しくなった。
私はゆっくりと中央の大きな階段を上へと登っていた。両側のステソド・グラスから暗
い光が私の両肩にかかっていた。
私の足音は重く暗く、市庁の中で響いていた。柱の飾りの黄金の女神像も悲しげな表情
だった。この女神は人間そっくりにできていた。
市長室は三階中央部にあった。
そこで男が待っているはずだった。
あのビーグルのデルから連絡が入っているはずだ。
私は金の装飾のゆき届いた扉をノックした。ドアが内へ開く。
■ハル市長はサイボーグだった。
趣味の悪い事に金色の板をボディに使っている。彼は私の手に飛びついてすが肛つくようだった。
「これは、これは、視察官、よくいらっしいました。どうぞこの都市を隅々まで。よく
御覧下さい。不正がまったくない事をよく御覧下さい」
彼は、私の事をシティ=デイザスターと呼ばずに「視察官」と言った。
私は市長ハルのメタリクな無表情な顔をにらみ、言った。
クリス/リックマンという名の箱船第3回
(1976年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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