その腕もて闇を払え第9回
(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■2071年、10月デス=ゾーン内
デスーソーン侵入 第一日目
クロス・クライストは目ざめた。
まだクロスの意識であることに間違いないようだった。
突然の寒気に襲われ。家の入口で倒れていたはずだったが、今はベッドの上に横たわっている。高熱のあとの冷たい汗が流れている。
視覚にも異常はないようだった。まず最初に自分自身の全身を見たいという欲望がおこった。
マーカス大佐と共に、細菌研究所内で見た異形のものを思い出していた。あれは人間でありながら人間の態を成してはいなかった。
自分もそう。なっているかと思うとそっとした。
部屋の中で鏡を探してみる。
自分自身の顔をみたかった。自分自身はどんなに変化しているのだろう。できる限り、驚きはがまんするつもりだった。
いずれにしてもクロスは、後戻りはできない。
総てはカレン=コーヘン、わが娘のためなのだ。
意識がまだ自分自身のものであるという一点だけでも。もうけものと思わなければなるまい。
がクロス・クライストの頭の中にもう一つうりすらとしたものがあるような気がする。
心の奥底に感じるのだ。
第一期症状があらわれたため、近くへ飛び込んだ、はずみのデスゾーン内の家だったが、ゆっくり見渡すと、かなりの邸宅らしい。
鏡はやっとのことで見つかった。ワードローブの部屋のようであった。
みた。信じられない。
目をつぶった。
そしてゆっくり目を開いて見る。やはり元の人間の体ではなくなっていた。
まるでキメラだ。つなぎあわせの怪獣だった。
機械と人間の合成体だった。
瞬間、スライドしたように、別の意識がクロス・クライストの頭の中にはいってきた。
『君はだれだ』
『私はあなたですよ』その意識は答えた。
『では以前何物だったのだ』
『家庭用執事用ロボットPoP205です』
「それがなぜ私の意識の中にいるんだ」
「これは心外です。私の体はあなたの体でもあるのですよ」
今では 意識は思考の流れとなりクロス・クライストの頭にしみこんでいく。
「私はあなたと合体してしまったのです。私の意志ではもちろんありません。この家の御主人や御家族が亡くなって、命令する人もなくこの家を守っていたのです。
そして昨日、あなたがこの邸へ突然おみえになって、玄関の所で倒れたのです。
大変な熱でした。
私はロボットですから、当然、人間を助けるようにプログラミングされています。
それゆえ、あなたをベッドにお運びしたのはこの私なのです。
私の方こそ、驚いているのです。あなたの体の体温がどんどん熱くなり、急に発光したかと思うと、突然私の体があなたの体の方へとわけのわからない力でひっぱられたのです。
ロボットの私が瞬間、気絶していたのです。意識がとぎれてしまったのです」
『それで、気がついてみれば、俺と合体していたわけか』
『そうです」
クロス・クライストの肩からもう一対のロボットの腕がにょっきりはえている。
顔は上半分はクロス・クライストの顔なのだが、下半分はロボットの顔だ。胸のあ
ちこちから計器類がのぞいている。足は鋼鉄製になっていた。心臓
はどうやらクロス・クライストのものらしい。
「くそっ、これからずっと相棒ってわけか」
「そういう事です。理論的にいってそうなるより他に方法はないでしょう。この合体した体が分離する事ができるまでは。しかし考えてごらんなさい。あなたも幸福な方ですよ。私みたいな有能なもの
と合体できて。近くの家などでは、ある方は家にある金庫と冷蔵庫と同時に合体融和されて動けなくなり、自然体の方が栄養がいきわたらず、餓死されたのです」
『しかし、これじゃ見世物だぜ』
「クロス・クライスト、考えがあやまっています。この地域デスーソーンではこれ
があたり前なのですよ」
クロス・クライストはマーカヌ大佐の言葉を想い出していた。
「デス=ソーンはまるで死の地帯のように思われているが、そうではない。一つの新しい世界なのだ。地球に異なる二つの世界が存在していると考えてもらっていい』
「異世界か」クロス・クライストは独りごちた。
まるで、おとぎ話か、絵本の世界か と思う。
「さあクロス・クライスト、急がなくてはいけませんよ。日数は限られているのですから」
「何だって」
『あなたの娘さん、カレン・コーヘンを助けださねばならないのでしょう』
「なぜ、それを知っているのだ」
「クロス・クライストさん。私はあな大の一部、あなたも私の一部なのですよ。あなたの
情報は全部、私は読みとりました。おいおい私の全情報もあなたの意識に送り込みましょう。私の情報量は、すばらしいものですよ。驚かれるはずです』
探査トレーラーは、家の前にまだ放ったらかしになっていた。
誰もさわった形跡はない。
■トレーラーにやっとのことで乗り込むクロス・クライストをながめている四つの眼があった。
「どうやら、あっちの世界からやってきた奴のようだな」
「おかしい。あっちの世界から人間がはいってくるとは考えられん」
「しかし、あの探査トレーラーは、一昼夜放り離しだった」
「よし、目的はわからんが。後をつけてみよう。かなりのガソリンを積んでいるようだな」
「そうだ。お前はチーフに・知らせ、指示をあおげ」
「わかった」
彼はそこから音を立てて走り去った。彼には足がなかった。体の下は車輪だった。人馬のように、体の下がオートバイの車輪部とエンジンで構成されていた。彼らはデスゾーンで「ソク」と呼ばれていた。
■「POP、RM計画施設の位置がわかるかね」家庭用執事用ロボットPoP205のことをクロスの意識はPOPと呼んだ。
「あなたのデータと合わせて判断してみると、恐らくラインシュタイン城の近くの地下だと思われます』
「ラインシュタイン城だと。ここはアメリカだぞ。なぜ、城なそがあるんだ」
「ドイツから移民して一代で財を成したある男が、ドイツ国内で城を買いとり。それをこの地に移転したのです。自分の富の象徴としてね」
『わかった。その方向を指示してくれ』
トレーラーは東南へ向い始める。ソクの一人が、そのあとわずかに遅れて後をつけていた。
その腕もて闇を払え第9回(20210707改訂)
(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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