源義経黄金伝説■第46回★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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1ヶ月後、西行と十蔵は、何事もなかったように、奈良東大寺にある総勧
進職、重源の前に立っていた。
海上の道を進み、荷駄隊が黄金を届けていた。吉次の配下が行った。
秀衡は安全な海上の道をすすめたのだ。
大物浦(兵庫県尼崎市)についた黄金は淀川、山崎、奈良山の川道を通じて東
大寺に届けられている。
重源は西行を労い、感謝をあらわしている。
重源は、西行が伊勢草庵に返った後、東大寺闇法師である十蔵を別室に呼んでいる。
「何か変わったことはなかったか、十蔵どの」
「はい、先ほどの西行様のご報告の通りです」
「ふう」
重源は、じっと十蔵の顔をのぞき込む。
「十蔵殿、お主、ひとあたりされたな」
重源は、西行という人間に影響されたと言っているのだ。
「ひとあたりですと、何を言われます、重源上人様」
「私は、のう、結縁衆の方々の報せも、聞いておりますぞ」
重源は言葉を止めて、目の前にある茶碗をゆるゆるなぜている。
「よいか、十蔵殿、お主の体は、すでにお主のものではないですぞ。よ
ろしい、お主の体と心は、闇法師になった瞬間から、東大寺がものですぞ。
それを忘れていだいては困りますの」
「は…」
重蔵は青ざめている。小刻みに体にふるえがきた。
「ふふ」
重源は、ねずみをいたぶる猫のつもりか、十蔵の顔を覗き込んだ。
「まあ、よろしかろう。お疲れでございましょうな。さぞかし。ふふ、
ではお下がりなさい。西行殿の動きは、これからも逐一報告くだされ
よ。よろしいですかな。十蔵殿よ、ふふ」
「わ、わかりもうした」
ほうほうの体で、十蔵はあわてて重源の前から消えた。
内心の動揺は、重源に見透かされている。
「あれでよろしいのですかな、はたして、、」
勧進を手助けする若き僧、栄西が障子のうしろから茶碗を手に、重源の前
にあらわれている。重源はゆっくりと、それに答えず茶を飲む。
「ふふう、相変わらずうまい茶だな。のう、栄西殿、良薬、良薬、いや、
人が人にあてられるという事は、ご存じかな」
「重源様、はて、面妖な。人にあてられる事ですと。一体、それは」
「十蔵がことですよ。あやつ、西行殿という劇薬にあてられたかもしれません
な」
「西行殿が劇薬。ははっ、重源様は、面白いことを言われる。西行殿を、我々
が結社に取り入れておいた方が、よかったですか」
重源は少し考えていた。
「ふむ、いや、少し、それは遅すぎたかもしれませんのう、西行殿は、みづか
らの結社をおもちだわ。ふふ」
重源はにこりと微笑んでいる。
「いずれ、私が鎌倉にて、我らが結社の分派を、作り上げましょう」
栄西が上機嫌で、決意を新たにした。
「ほほ、それはよき考え。私も、宋の陳和景を鎌倉へいかしましょうぞ。それ
に掘り師たち、運慶殿、快慶殿らも、この東大寺が仕事が終われば、鎌倉まで取りよこします」
「ふふう、板東の要塞都市、鎌倉を我らが支配する。面白く楽しい、身震いい
たしますな」
「いずれ、西行殿は、奥州平泉をそのようにしようとしていたらしいが、西行
殿は少しあの平泉王国、いあや、奥州藤原家に入れ込み過ぎましたな。やは
り、西行殿はのう、桜の花が、、好きだからのう。ふふ、、」
「西行殿は、やはり、散り際の見事さをお考えでございますな」
「さようよのう、西行殿は、所詮は、残念ながら、北面の武士あがりですのう
。我々のように、武士上がりでも、比叡の山や宋に留学にいき、選ばれた学僧
になった者ではありませんから」
「それも道理でございますな。それでは、重源様、私はまた宋へ行って参りま
すぞ」
「おお、今度お帰りになる時は、大仏殿は完成していましょう」
「それに、」
栄西は少し考えて、
「重源様。頼朝殿からも、金を出させねば仕方ありますまい」
「そうですな。頼朝殿も、我々の前で、砂金を差し出すという大見えを、切っ
てもらわくてはなりませんからのう」
重源、元の名は紀重定。
東大寺、仕度一番。
紀家は、古代貴族大伴家の血をひく技術の家。家の歴史が違うのである。
東大寺の二人の勧進僧は、お茶釜を前にゆっくりとほほえみを絶やさず、前にある湯気のたち込めるお茶を飲み干している。
■
鎌倉には、西行襲撃失敗の報告が早馬で届いている。
「西行を追った我が手の者、かえって参りませぬ。どうやら、返り討ちにあっ
たようでございます」
大江広元は、策の失敗を頼朝に告げた。黒田悪党、次郎左達は大江の支配下に動いてい
た。
「むむう、役に立たぬやつらじゃ。して、西行は。そして沙金は」
頼朝は、顔を朱に染めて尋ねる。
「どうやら、西行は、いまだ平泉から動かぬ模様です。沙金については、行方
しれずとのうわさ」
「待てよ広元、我が手配の者ども失敗したといいうたな」
「左様です」
「では、砂金の行方は、おかしいではないか」
「あるいは、他の賊がが奪いにきたか、あるいは秀衡に対して西行が嘘をつ
おいているか」
その時は、雑色が入って来る。
「藤原秀衡様の沙金が、鎌倉に届きました」
「して、その荷駄隊に、西行なる法師おったか」
広元は尋ねた。
「いえ、多賀城の商人吉次の荷駄隊と聞き及びます」
「吉次の……」
「西行の沙金いかがいたしたか」
「いずこかに。今日の荷駄は、恐らく平泉の別動隊。秀衡もやるものです。一
杯食いました」
「ならば、西行の荷駄隊は目くらましか」
「いつくかの荷駄隊を送り出した可能性もございます」
二人は策につまり急に黙る。
「のう広元、一体、後白河法皇はどのような話を、西行に伝えたのか」
頼朝が別の考えをしめいしゃ。
「あるいは秀衡殿と、義経殿が手を結び、この鎌倉を攻めよとか」
「秀衡殿、動くかどうか」
「今、あの平泉は義経殿が戻ったことにより、秀衡の和子たちが命令にしたが
いますまい。秀衡の子供のうち、特に泰衡は、腑抜け。とても秀衡の後を継げ
る器ではないと聞いております。泰衡を一押しするのです。義経を渡さねば、
鎌倉の軍勢が平泉を攻めると」
広元は一番恐るべき、そして考えられる策を述べる。
「その一押しも、この鎌倉ではなく、京の法皇から出させた方が面白いかもし
れぬ」
「まこと、さようでございます。平泉王国、内部から崩壊させるのが得策」
広元は、頼朝の案に賛意を示した。
「広元。わざわざ義経を見逃し、平泉に入れたのも正解かも知れぬのう」
意外な言葉であった。頼朝は、わざと、義経を逃がし、どうしても奥州へ逃
げて行かざるを得ないようにしたというのだ。
「まこと、これは頼朝様にとって、義経殿、秀衡殿、大天狗殿(後白河法皇)
の三者を一度に追い詰めて行くのに好都合でございましたな」
この時期に、三者を纏めて滅ぼそうという案だった。
「では、もう一手打つか」
「はて、その手は、平泉の内紛を起こすための……」
「そうだ。泰衡の舅殿、藤原基成殿を動かすのよ」
「おお、それはよい手でございます」広元、手を打った。
「秀衡殿亡き後、基成殿は泰衡殿の政治顧問、義経殿のことよく思っておりま
すまい」
■
京都でも、後白河法王と関白の九条兼実が策を練っている。
「さあ、どうだ、兼実。お前なら、どちらを取るかだが。秀衡か、頼朝か」
かすれ声で、後白河は言った。
「法皇様、そのお声いかがなされました」
「いや、また、ちと今様をうたいすぎてのう。声が嗄れたわ」
今様好きのの法王は、こんな折りでも今様はかかさぬ。生活の一部である。
「秀衡、頼朝の事、法皇様のことでございますから。両天秤をかけた上、各々
方策を取っておいででしょう。どちらにころんでも安全なように」
疑い深く兼実は答える。貴族の長らしい安全策をのべる。
後白河は、ふうと溜め息をついたようだった。
「よう、わかったのう」
「それはそれは、麿はいつもお側にお仕えしている身でございます。そのくら
いのこと読めずにいかがいたしましょう」
「ともかく、兼実、朕は、あの武士どもが嫌いだ。なにか策を考えよ」
心の底から、後白河法皇は武士を嫌っているのである。
続く2015改訂
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