クリス・リックマンという名の箱船第5回
(1976年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
私が偶然目を止めたその立像は、どうやら私の目にふれさしたくない物のようだった。
私は案内役のベームに尋ねた。
「こんな像は多量に製作されているのかね」
黄金都市ラグーン市の案内役、ベームは一瞬いやな顔をした。
店の主人は奥へ引き込んでしまった。
「いいえ、視察官、これは失敗作なのですよ。こんな苦痛の表情の像なんか売れるはずがあ
りません。さあ、どんどんこの通りを進んで下さい。あちらにはもっとすばらしい彫刻家
の工房がありますから」
どうやら何事もなくペームによる市中一周を終えることができた。
私の見たかぎり、工芸家達の町のようだった。ラグーン市の表づらはそうなのだ。
「視察官、どうぞ、我々の宿泊施設にお泊り下さい。あのミューダ砂漠を越えてくるの
は大した骨折りだったと思います。旅の疲れをそこでおとり下さい」
再び、市長室へ戻った私にハル市長はそう言った。
私はハル市長が何か企らんでいるのを知りながら、つい相手の誘いに乗ってしまった。
宿泊所とは名ばかりで、そこはまるで宮殿のようだった。
古代ギリジアーローマの神殿を似せて作られた建物は驚きに値いした。ラグーン市の人間の美的感覚はすぐれているのだ。
私は美人達を横にはべらせ、美酒を飲み、湯船にどっぷりつかっていた。
そして不確にも眠り込んでしまった。
長い暗闇から解き放された時、私は思っていたように鎖に繋がれ、石畳にころかってい
た。残念ながら、鎖は金ではない。
あまりいい客扱いとはいいかねる。
ラグーン市のハル市長が私の目の前に立っていた。
「お出迎え、ごくろう、市長」私は言った。
「どういたしまして、視察官殿。何かめぼしい発見でもございましたか」
「いやいや、あなたの市はすばらしい彫刻で一杯ですね。例えば等身大の黄金像など、ま
るで人間と間違える程の出来ですな」
ハル市長は表情を変えた。サイボーグーフェイスの彼がである。どうやら図星だった。
「「都市管理センター」視察官、残念ながら死んでいただかなくてはなりますまい」
「おや、おや、それはどういう事かな」
「ふざけるな。お前があれを人間と感づいたからだ」
先刻から市長の隣りにいた、品性の卑しい小男がどなりかけた。
「これは失礼、さて、どちらさまでしたかな。ひょっとしてザイルさんではないですか」
小男ザイルは自分の名前を告げられて大いに驚いている様子だった。
「なぜ、俺の、俺の名前を知っている」
「私が最初に市長室を訪れたあと、君はこそこそとこのラグーン市の秘密が知られていな
いかとハル市長と話していたからね」
「市長、こいつを、このシティ・ディザスターを早く殺してしまおう。この老人があの有
名なシティ=ディザスターだとはとても思えないが」
ザイルは頭から、それこそ湯気を立てて、怒っている。
「待て待て、ザイルよ、そうあわてるものではない。シティ=ディザスター、聞きたい事が
ある。なぜ我々の市に目をつけたのかね」
「まず、一フグーン市が『都市連合』の中でも大きな力がある事だ。おまけにかなりの武装
を持っている事だ。これは星間クレジットを豊富に持っていなければならない」
「ほう、それから」
「さらに、ベーム君に、ラグーン市の美術創作工房を多数案内してもらった。出来あがっ
ているものは二束三文の作品が多い。この地球でも、さらに侵略者に売った所でそんな金
が得られるはずがない。あの種の黄金像を除いてはね」
「ふふっ、二束三文とはひどいな。あの美術工芸品は他の都市ではありがたがっているのだぞ」
私は続ける。
「さらに、私に最初にあったビーグルのデルにしてもそうだが、複合パーソナリティが個体に平均水準よりも多すぎる。つまりボディをどこかにやっているのだ。さらにこのIフグーン市近郊、ミューダ砂漠で人間が行途不明になる率が他地区に比べて最近かなり高くなっている。それが「都市管理センター」のコンピューターがはじき出したデー夕だ。事実、私がここにくる直前に隊商がラグーン市に連れていかれるのを見たんでね」
「あのデルのばかめが。それでどんな結論がでるんだね」
「おわかりかと思うが、お前達、一フグーソ贋には人間以‘下の集団だ。
人間じゃない。お前達と侵略者はグダミヤ規定書を明らかに破っている。
「ラダミヤ規定害」は星間連合から侵略者が地球から何も生物を持ち帰らない事を規定しているはずだ。
お前達は、人間を吸し、あるいは誘拐し、特殊な処置を施し、彼らを黄金の像にしている。それも地球の苦悶を表わしている像だ。それを奴らに売っているはずだ。
侵略者はそれを地球占領の記念として宇宙空間にばらまいているのだ。おまけにお前達
ラグーン市の人間が一緒にそれを商うために侵略者の船に乗っているのだろう。そして侵
略者から莫大な星間クレジットと武器を手に入れているのだろう。我々「都市管理センター」ーと対決するためにな」
手をたたいていた。
「御名答だ。シティ・ディザスター、その通りだ」
ザイルが横から口を添えた。
「お前もずいぷんと苦しませてからその苦悶の表情が表われたままの黄金像にしてやる」
「シティ=ディザスターの黄金像か、奴らが高く買ってくれるぞ」
ああ、かわいそうな人間達よ。子孫たちよ。私は思わず涙かこぼれた。この心の乏しさよ。人間が人
「「都市管理センター」の場所を言うんだ」私の心は痛みよりも噴りで一杯になった。
「私がお前達のような人間のくずに「都市管理センター」の場所を言うと思うのか」
私は苦しい息の下から彼を蔑みの眼をして言った。
「くそっ、投してやる」
ザイルが、致死量の電流が流れるようにムチをセットして打ちかかってきた。
ムチが私の体にふれた一瞬、ザイルは消えて‘いる。’私は無傷だった。
「どういう事だ。ザイyyどこへやった。どんな手を使った。おい白状しろ」
市長ハルが私に近づいてきた。狂気の色がその眼にあった。
「言うんだ。言わなけれは殺す」
市長ハルは、近くの男からレイ=ガンをとりあげ、近づき私の体にあてだ。
「白状しろ、本当にこれが最期だ」
ハルは、私のいうにいわれぬ悲しげな表情に気付くべきだった。
親が子供を見るような。
しかし彼はトリッガを引きしぼっていた。
そして、市長ハルもその瞬間に消滅していた。誰も私を殺すことは
、、不可能だ。
「うわっ」
二、三ぺいた腹心の者達はその場の理解できない事件に驚き、逃げ出してしまった。
私は、一人、牢に残されていた。
市長が使おうとしたレイ=ガンを足でひさよせ、私は顛を切り、廊下へ出る事がでさ
た。逃げ出す前うに、近くの倉庫をのぞいて見ると、先刻の襲撃を受けたと思われる隊商の
人々がいた。いや隊商達の黄金像があった。
皆、悲しげな顔をしていた。
私はまた辛くなった。
地下の牢獄を抜け、上を見上げると、そこは例のギリシーローマ神殿を真似た宿泊所
だった。
市中を歩くと、人々は逃げ出し、物陰に隠れた。
■私は最後の見納めに、ゆっくりと杖をつきながら、ラグーン市を廻った。
まだ誰も私に手をだそうとしなかった。先程の出来事は皆に伝わっているのだろう。まだ、私に対する対応策が立てられていないのだろう。
私の結論はこうだ。
やがてラグーン市に死が静かに静かに訪ずれるだろう。
そして私は自らを恥じ入る。
すべては私の、若かりし頃の私の責任だ。創造力のなさだ。
そて独り言ちる。
「さらばだ、子孫たちよ」
続く 20210823改訂
クリス・リックマンという名の箱船第5回
(1976年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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