新人類戦記 第三章 聖域 第5回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
(アメリカとソビエトの冷戦時代の話です)
ビザゴス人20歳の若者ニエレレはエア・フランスのエ
エアバスでパリ、オルリー空港からリスボン経
由でセネガルのダカール空港に向かっていた。
そこで乗り換え、ピサゴス共和国の首都のボグラまでは小
型機で飛ばなければならない。
フランス、ソルボンヌ大学で物理学をおさめていなた二
エレレがなぜ急に本国ビサゴス共和国に呼び戻され
るのか、ニエレレには、はっきりわからなか
った。しかしラオメ大統領の命令は絶対であ
った。もともとイボ族の出であるニエレレが
ソルボンヌ大学に留学できたのもラオス大統
領の奨学金おかげてある。文句がいえるすじあいで
ばない。
しかしニエレレは不満だった。
ラオメ大統領からのクーリエ(密使)は、うむをいわせず、いわ
ぱ力づくでビサゴス共和国ヘ連れて帰ろうとしてい
るのだ。彼はニエレレを保護するためと言っ
たが、実際は強制連行と言づても変わりが座
い。
クーリエ(密使)の一人、パウチは荒事にだけだ男らしい。広い
肩は恐るべき筋力を秘めているようでもあっ
た。飛行機にいる今はピストルを携行しては
いない。しかし、パリのニエレレの下宿をパ
ウチが訪れた時は、ヒップ・ホルスターに拳
銃を入れているのをニエレレは見ていた。
飛行機には、外交官特権とかいうやつで、
拳銃は郵袋に積め込まれているはずだ。この
男は一応駐フランス、ビサゴス共和国大使館員
だ。
セネガルのダカール空港にようやくエール
フランス機は着陸する。
こでビサゴス共和国の首都にあるボダラ空港まで
ツイン・オッタな機に乗りかえる。このカナダ
製の双発ターボプロップ輸送機はあまりスタ 一
イルはいいとはいえない。が性能は秀れてい
る。二十人乗りだ。
ニエレレとラオメ大統領のクーリエ(密使)、パ
ウチの他に乗客は三人だけだった。
一人はビジネスマンの様だった。ラテン系だ。
武器商人かもしれない。二人はビサゴス人の
ようだった。
離陸して数分たった時、後の席にすわって
いたラテン系がパウチの方へ歩いて来て、話しか
けた。
「失礼ですが、セニュール・パウチではあれ
ませんか」
パウチは、白人の方を見た。仕立てのいい
スキャバルのスーツに身を包んだ男の眼はサ
ンローランンのサンダラスではっきり見えなか
った。しかしパウチの記憶にない男だった。
どうやらスペイン系のようだった。
いぶかっていたバウチの首すじにトカレフ
拳銃の冷たい銃身が黒人の手で押しつごけられ
ていた。もう一人の黒人はナイフを手にして
いた。
「動くなよ」
パウチはベレッタ拳銃をとりあげられてい
た。
「セニヨール・バウチ、ごくろうだつた。こ
れから先は我ながひきうける」
「お前達は解放戦線の者か」
「イッソメーズモ(その通りだ)」
男はポルトガル語で答えた。旧ポルトガル
領だったビサゴス共和国は今でも公用語はポルトガ
ル語が通じる。
横にすわっていたニエレレには何の事かま
だ理解できなかった。
「セニヨル・ニエレレ、驚く必要はない。君
には危害を加えるつもりはない。むしろ我な
は君の能力、つまり核物理学の知識で助けて
ほしいのだ」
黒人の1人は言いきかすようにニエレレに
言った。
皆の注意がニエレレに集中した。バウチは
トカレフを持っている男の叉ぐらをけりあげ
た。思わず男はトカレフを落とす。パウチは
ニエレレを殺そうとした。ニエレレを敵の手
に渡すわけにはいかない。銃声がおこった。
ニエレレの体をもう1人の黒人がかばってい
た。
ウチは後からなぐり倒された。
「カノ、カノ、しっかりしろ」
パウチに撃たれた男カノはニエレレの代り
に死んでいた。
「くそっ」
もう一人の黒人ジェンダーは倒れているパ
ウチを殺そうとした。やめろ、キューバ人の
レジオがそれをとどめた。
「まだ、こいつから聞き出さなければならん
情報がある。ジェンダー、殺すな」
キューバからの解放戦線の傭兵レジオはニエレレの方を向いた。
「すまん、驚かせて、ごらんの通り、君を助
けるために、カノが死んでしまった。それは
ど君は重要入物なのだ。我々のため、いや君
の国、ビサゴス共和国の解放のために我我を手助け
してほしい」
ニエレレは自分が今の今まで、そんな重要
人物だと気がつかなかった。しかし、一体こ
の俺に何を手助けさせようというのだ。この
学生の俺に。
ニエレレは自分が、某企業から輸入される原
爆の一件に関連してビサゴス共和国本国に呼びもどされたと
は気づいていなかった。
機はボダラ空港には向かわず
、解放戦線の基地の一つを目ざし、進行方向
を変えた。
■ヨルパ族の若人トウレは,
ビサゴス南部プクラの森林の中
で迷っていた。獲物の鹿を追いかけて、トウ
レの村落から遠く離れた森の中までやってき
てしまったのだ。
彼らヨルバ族は近接しているイフテ族をとても
恐れていた。このままいけばイアテ族に会う
のではな。いかとトウレはびくびくしていた。
なぜかアコンカグアがいつもよりI廻り大
きく見えている。
アンカグアは彼らヨルバ族の村落からもよく見えるのだが、びとま
わり大きく、かまけにわずかに振動している
ようにも見えるのだ。まるでフコンなカダワ
自身に命かみなぎっているようであった。
急に人の話し声が右手の奥から聞こえてき
た。トウレは急いで、近くの茂みに姿を隠し
た。
やってきたのは、篤いた事にイアテ族の一
団だった。彼らはヨルパ族が目にしたことも
ないような装束に身を固め、東の方を指して
歩いて行く。
今まで、こんな事はなかった。イアテ族が
進んで、自らの結界の外に出るという事はな
かった。
トウレは一層恐ろしくなってきた。これは
何か悪い事、異変が始まるに違いない。ふる
える足で、トウレはヨルバ族の村落へ急いで
帰らねぽ、この事を伝えねばとめくらめっぼ
一う歩き出した。
■ボグラ政府の空軍の一機が、ビサゴスと隣
国ガニタの国境線近くを哨戒していた。
フランス製の戦闘機ダッソーブルゲー・ミ
ラージュに乗っているパイロットはピサゴス
人ではなかった。元アメリカ空軍のなIフな少
尉だった。ミラーはベトナム戦争で戦っていた。
北ベトナム上空でソ連製のミサイルSAMに
撃墜され、捕虜となっ。だ。ニカ年に釦ける捕
虜生活は、肉体的、精神的になジフなを破滅の
一歩手前まで押しやったが、共産主義とアメ
リカ本国へのにくしみが、彼を北ベトチム軍
の拷問から生き左がらえさせた。
英雄として帰国した彼を待っていたのは妻からの離婚う
ったえと、時折起こる戦争神経症であった。
傭兵の雑誌「ソルジャ・オブ・フォチ
ュン」でビサゴス共和国収府がパイロツトを募集し
ている事を知った彼はすぐさまアフリカの土
を踏んだ。
ベトナムの空をフアントム戦闘機で飛びま
わっていた彼は、ミラージュ戦闘機になれるのにす
こし時間がかかったが、空戦能力のすぐれて
いる事に気づき、自分のものとした、でビサゴス解放戦
線のソビエト製ミグ21フイッシュベット機にひけは
とらなかった。
ミラーはコックピットのレーダーの光点に気がついた。近’一
くを飛行中の友軍機はなかったはずだった。
「こちらはビサゴス共和国軍機。貴機は国境を侵一
犯している。すみやかに退去せよ」
返答はかえってこない。相手は進路を変更
するつもりもないようだ。速度は、ミラージュ
に比べ、かなり遅い。
肉眼で見えてきた。ターボ双発の輸送機だ。
機体のマーク、ナンバーが、すべて塗りつぶ
されている。タイプは独仏共同開発のトランザール
C160のようだった。輸送機が戦闘機の
護衛なしに、ただ一機でやってくるとは変な
話だった。何かキナくさい。
「くり返す。国境外に退去せよ。退去しない
場合は攻撃する」
返事ばまったくない。
ミラーは攻撃を決意した。空挺部隊をのせ
ているかもしれない。
ミラージュにとってトランザール輸送機は、蛇に
対する蛙、無防備で飛び込んできたハエも同
然だ。ミラーはトランザール機の背後の上空
に廻り込み、三十ミリ機関砲のトリガーを
押そうとした。
一瞬「ビサゴス共和国の殺戮者」と呼ばれた
ミラーの体は、ミラージュの機体と共にパラパ
ラに吹き飛んでいた。
つかのまの出来事だった。ミラーにも何が
起こったのかわからなかっただろう。
トランザール輸送機は何事もかつたよう
にゆうゆうと西へ向かい飛び続けていた。
前方にアコンカグア山がそびえ立っているのが
見える。
新人類戦記 第三章 聖域 第5回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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