新人類戦記 第三章 聖域 第11回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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(アメリカとソビエトの冷戦時代の話です)
■ビサゴス国境地帯 ジョバ河上
すでに英領南西アフリカ、ポートモレスビー所属の河船イデア号は
ビデゴスの国境線を越えていた。フランス人
トルワイユは、イデア号のブリッジで考え込
んでいた。
トルワイユにはかかえている問題が多かっ
た。
ポートモレスビーにいるCIAのアランか
らは、陳と秀麗を無事にアコンカグワヘ連
れて行けと命令を受けている。
しかし、イデア号の乗組員の中に日本情報
部,桜木の息のかかった者がいるという連絡が
あとからはいってきた。彼らを殺そうとねら
っているらしい。
陳を殺そうとした「ラリ」はすでに始末したが、
船内に時限爆弾が仕掛けられていたのだ。
まだ、誰かいる。
前方に、日本の商船が燃えくすぶっていた。
「気をつけろ」
トルワイユは、舵をにぎっているマルコに声
をかけた。側についていたファイに命令を下した。
「ファイ、全員を武装させ、集合させろ」
ヌノ、チャウ、ヌーラ、ロッセの四名が、
各々の武器を手にデッキに集まる。
トルワイユは望遠鏡を手にしていた。船が
近づくにつれて。焼けただれた船上には人影
がない。
横腹の船名がかろうじて読めた。
クリスチャン号だ。
どうしたのだろう。すでにトルワイユは決
心する。危険は承知の上だった。
「よし。あの船に接舷しろ。内部を調べる」
陳と秀麗が、自分達の部屋のドアをかすか
に開け、トルワイユ達の言葉を聞き入ってい
た。
船外タラップを登りトルワイユ達は、船
中の累々たる屍体の山に驚いた。全員が折り
重なり死んでいる。なぜだ。死体から流れ出
した血が甲板を染める。
「こいつは悪魔のしわざだ」
チャウが叫ぷ。
「だまれ、まだ、誰か生きているかもしれん」
トルワイユがどなった。
「よし、ヌノ、チャウ、お前達は俺について
こい。ファイ、お前はヌーラとロッセを連れ
ていけ、船内を調べ、再びここに戻ってくる
んだ」
「気をつけろ。何がでてくるかわからんぞ」
ヌノがおどけた。
トルワイユは、船内を端から調べている
内に、無線室を発見した。機械は無傷だった。
トルワイユはCIAのアランに連絡をとろうと試みた。
相手がでない。何度くりかえしても同じだ。
「くそっ」
連絡をあきらめたトルワイユは、
船倉へ入る。船倉内にも火はまわっ
ていない。船の上部だけ燃えていた。
船倉の荷物はどうやらほとんどビサゴス、ボグラ政府
あての日本製、韓国製の商品らしい。試みに
一つ箱をこじあけてみた。内には日本製の六
四式自動小銃がつまっていた。
「どうやら、この船の荷物は武器のようだな」
「しかし、上で人間が死んでいるのに、荷に
誰も手をつけていない」
船員の一人チャウが言った。
「わからんな」
船倉の中をゆっくりと歩いていく。
三つの荷が、特別に厳重に包装され、置か
れていた。
「これは何だ」
船員の一人ヌノはFLライフルの先で荷を突いた。
「やめろ、爆発物だったら、どうする」
トルワイユは怒った。
荷は特殊な安定装置の上に置かれていて、
ベルトが上からかけられている。
「この荷については、荷物目録に書かれてい
るかもしれんな」
ゆっくり、包装をといてみたが、金属製の
カプセルのようだ。
トルワイユ達はブリッジヘ戻った。船の荷
物目録を探そうとしたが、ブリッジは完全に
火が廻っている。見つけることができない。
その時、ファイ達が上へ昇ってきた。三人
の男達を連れている。その三人は手をしばら
れていた。
「そいつらは何者だ」
ファイが答える。
「わかりません。船室の一つにいました。二
酸化炭素ガスで、半死半生の目にあったようです」
「ビザゴス海軍の服を着ているな」
「おい、しっかりしろ、お前達は何者だ」
トルワイユは尋ねた。
男の一人は頭をふらつかせながら何とか答
えようとした。他の者はまだ足元もおぽ
つかない。
「私はビザゴス海軍のダマル中尉だ。救出し
てくれた事に感謝する。ところで失礼だが、
君達は」
「私は。イデア号のトルワイユ船長です。客
や雑貨品を積んで、ビザゴスのボグラ港を目ざしている
途中です。でもなぜ。ビザゴス海軍のあなた
方がしばられているのですか」
三人は船上の惨状をながめている。
「わからんのだ。クリスチャン号を臨検する
目的で船へあがったのだが、知らぬうちに船
室へ放り込まれていた。それに銃撃音や爆音
が聞こえたのだが、我々にはなすすべもなか
った」
「しかし、おかしいですね。船倉にはボグラ
政府あての武器しか積まれていなかった。そ
れなのに、あなた方は閉じ込められていた。
これは一体どういう事でしょう」
「それは……」
ダマル中尉が答える先に、もう一人の男が
叫んでいた。
「船倉の荷物は無事だったのか」
「あの荷物はかなり大切なものらしいですな。
さあでは、本当のところをしゃべっていただこう」
トルワイユは強気に出た。
「無理だ。それは軍事磯密だ。しゃぺ
るわけにはいかん」
「わかりました。あなた方は現在の自分たち
の立場というものを認識しておられないよう
だね。おい、ヌノ、さっきの船倉を爆破するん
だ」
「や。やめろ。やめてくれ」
ダマル中尉は叫んだ。ひざをガクと甲板
についていた。
「わかった。ここは君達と手を握ろう。あれ
は原爆だ」
ダルマ中尉は時計を見て顔をあげた。
「何! 原爆!」
今度は、トルワイユ達の方が驚く番だった。
「そうだ、君達もわかっていたと思うが、我
々はビザゴスの海軍の者ではない。解放戦線
の者だ。原爆を奪取するためにこのクリスチャン号
を襲った。しかし、逆に捕えられてし
まった。その後の事はわからん。君達に
助けだされるまでは船室に閉じ込められてい
たからな。先に行ったように銃撃音が聞こえ
ただけだ」
「あなた方はこのクリスチャン号まで何に乗
ってきたのだ」
ふとトルワイユは気がついた。
「ホーバークラフトだ」
トルワイユは望遠鏡で岸のあたりをなぞっ
ている。
「どうやら、あれらしいな」
右岩の方にホーバークラフトが乗り上げた
らしく草々がずっと倒れている。
「つまり、誰かが生き残っていたらしいな」
「よし、急ごう。君達にお願いしよう。原爆
をこの船から運び出し、君達の船に載せてく
れ。我々の基地の側まで運んでくれれば報酬
を与えよう」
「それ相当の礼金を出していただけるわけか
ね」
「そうだ。早くしてくれ。ボグラ政府軍の飛行
機が上空から偵察に来るかもしれん」
作業が行なわれようとした時、イデア号の
デッキから、乗客の陳が叫んだ。
「トルワイユ、これはどういう事だね。君は
私との契約を忘れているのではないだろうね
そんな重い、大きな荷物を積み込めば、船足
がかなり遅くなる」
「陳さん。これは人助けなんですよ。この船
の状態を見れば、わかるでしょう。こちらの
方はビサゴス海軍のダマル中尉です」
「陳さん。まことに申しわけない。これは我
々の軍事行動にとって非常に重要な物なので
す。是非とも。民間人のトルワイユ船長の協
力。さらにイデア号の借り手であるあなた
の助力を得たいのです」
「おい、トルワイユ、お前、こいつらからい
くらせしめるつもりだ」
トルワイユは言葉につまる。となりのダマ
ル中尉がトカレフ拳銃をとりだそうとしてい
た。
「や、やめろ」
トルワイユは思わずダマル中尉の銃を手刀ではじ
きとばした。
が。他の二人の解放戦線の男達が側の船員
の銃を奪い。銃口を陳に向けた。
船のデッキに、突然、多くの見知らぬ男達が出現し
た。AK47突撃銃を構えた男達が、陳の後に
立っていた。さらにトルワイユのまわりをも
同じような男達がとりかこんでいた。
「さあ、諸君、命令に従ってもらおうか。
これで立場は逆転したわけだ。私は応援
部隊を待っていたのだ。我々がこの船を攻撃
にかかってかなり時が立っていたからね。陳
君の行きたい所へは後から行けるようにとり
はからってやろう。どうだね。ついでに対岸
も見てもらおうか」
右岸のブッシュ地帯から数百名の男達がAK47突撃銃を手にしてこ
ちらの船を観察している。
「我々の増援部隊はこの船の上だけではない。
さあ、トルワイユ船長。我々の基地までこの
イデア号を動かしていただこうか」
6 「くそっ、とりあえずは君達の命令に従わざ
るをえんな」
陳はしぶしぶ答えた。
トルワイユの心に再び、、疑問がわいてきた
この二人は本当に竜とジウなのだろうか。も
しジウなら、先刻。ダマル中尉が殺意を持っ
て陳に銃を向けた時に、何かが起こったはず
だ。
トルワイユはCIAのアランの言葉を思い
出していた。
イデア号は種々の思惑を持つ人々を乗せ、
ジョバ川を再びさかのぼろうとしていた。
数分後、クリスチャン号から閃光があがり
船はジョバ川へと沈んだ。証拠を消すために
解放戦線が船を爆破したのだ。
新人類戦記 第三章 聖域 第11回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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