2023年10月24日、火曜日、晴。対馬の山最終日は金田城跡がある城山(じょうやま)だ。8時前にホテルを出て20㎞弱走って城山登山口へ向かう。林道入口手前から眺める岩山は270からの尾根だろうか。
林道に入ると直ぐに案内板がある。
林道を10分ほど走って8時50分登山口に着く。
9時出発。
砲台跡までは緩やかに登る旧軍道(遊歩道)を歩く。
9時10分前が開けて来た。
右の林が切れると鏡のような黒瀬湾の眺めだ。
タイミングよく漁船が戻って来た。波紋が長閑な光景を作る。
9時16分東南角石塁まで来た。海に向かって続く長い石垣だ。ここを下って行けば三ノ城戸だが、先ずは城山山頂から270を目指す。
石塁の山側に南門跡。階段にはシートが被せられている。
なおも軍道を進むと、9時25分前方に東屋が見えて来た。
東屋から鋭角に左に戻るように進む。
東屋から5分と歩かないうちに、この案内を見て探すが道が良く分からず苦労した。
10分弱探して、おそらく足元の石積みが石垣だろう。
漁船が戻って来た。下に養殖棚のようなものがある。
道に戻り、切通を抜けて、
9時51分、砲台跡まで10分の案内を見る。
2,3分ほど軍道を歩くと、
9時56分、右手に長~い石垣。
ここから数分歩いた10時4分、砲台跡に出た。
砲座の間を抜けると、
目の前が開ける。海の青さが凄い!開口部の先に韓国が見えるそうだ。
左手の尾根伝いに5分ほど進むと、
10時13分城山山頂だ。西側は絶壁なので展望はすこぶる良い。但し見える景色は砲台跡からと同じ。
一方南側には、これから向かう270の稜線が望める。歩くのは稜線の東側(左側)だ。お後方に霞むのは白嶽だろう。
山頂の三角点(4等)はと探すが見つからない。5分ほどウロウロして茂みの落葉をかき分けて、ようやく見つけ出す。
ホッとして、10時30分、270へと向かう。270への道は登って来た軍道の途中が入口だ。道標は無い。
道そのものは、遊歩道の軍道より狭いがしっかりした道だ。あまり歩かれていないようなので枯れ木が多い。
時折、木々の間から黒瀬湾越しに視界が得られる。茶色の横筋は対馬空港だ。
10時50分道の端に石柱を見る。陸の文字がある。反対側には防の文字。何でしょうか?
石柱から先は道が荒れて来た。
石柱から6分ほど歩くと、石垣が出て来て、
石垣に従って右上へと戻るように進む。道なりに進むと、11時レンガ施設を見る。
前を抜けて、2分も歩くと、またレンガ施設。
ここから右側の最も高そうな所まで行く。何の標識もない、11時4分。
南側へと戻ると展望所に出た。ここが地形図の270地点だ、11時6分。見えるのは、城山山頂と同じ西側だ。ここまで来て同じ眺めか。
往路を戻らずに、どこまで歩けるか分からぬが稜線を歩いて戻って見よう。
270から5分、木がまばらな林を抜ける、なんと目の前に城山の絶景が待っているではないか。左は絶壁だ。
こわごわと先まで進むと、後方に浅茅湾だ。
この景色を眺めたことで270まで足を延ばした甲斐があった。気分よく軍道(遊歩道)に戻ってこられた、11時40分。往復1時間の行程であった。
再び砲台跡に出て、11時45分一ノ城戸への急下りまで来て昼食。
20分後、階段を下り始める。
下り始めて10分弱、12時15分道をわずかそれた所に絶景ポイント。右が地形図に寄ると「細り口」だ。
なおも急坂を下ること5分、
同じような景色の絶景ポイント。
下る急坂は、海に向かって転げ落ちて行くようだ。
12時27分、海を見下ろす道からやや山側に入り、傾斜も緩やかになって来た。
12時31分、一ノ城戸に着く。
ここから、大吉戸神社へと海岸へ下る。
5分とかからず、12時37分大吉戸神社に着く。
神社前は海で左の岩壁が「鋸割岩」か。右に進めば黒瀬湾奥へ。
一ノ城戸へもどって、石垣上部に出ると、日当たりが良い所にダンギクを見る。
石塁跡が残るような道を2分ほど歩くと、
13時4分、二ノ城戸に出た。
数十mで海だ。
二ノ城戸からビングシ山に登り返して、
13時14分着いたビングシ山は林だ。
ここから石塁ルートを歩いて三ノ城戸へ。
黒瀬湾の奥まで見渡せる眺めの良いルートだ。
石塁ルートを5分ほど歩いて、13時28分三ノ丸城戸へ着く。
三ノ城戸から、東南角石塁に進めば往路の道に戻る。
林を2分ほど歩いて、
13時36分東南角石塁に着く。
海に面した石塁だ。
石塁の下を回って、登り上がれば、
13時46分、朝見た光景の場所に戻る。やはり長閑な光景だ。こんな長閑な所に2度も大きな軍事基地が出来たのか。
軍道をスタスタ下って、
13時58分下山。山と海と時が織り成す長閑な山歩で、海の青さが醸し出す眺めは絶品でした。
厳原に戻って、まだ15時。車は17時に返却。近くに江戸時代の藩船の係留地跡が有ると云うので見学に。お船江大橋まで来て場所を訊けば、大橋の途中から下りて行く道があると。
橋を渡り中ほどまで来れば、入り江のような水路が、
反対側は厳原港だ。
橋から中洲のようなところに下りて行ける。
数十mも進むとお船江が見えて来た。
海側は橋だ。橋が出来るまでは開けていたのだろう。今はボート程度が出入りできる程度だ。
1800年頃の町割図
戻る途中で眺めたら中州と思っていたところは陸続きだ。
4日間天気に恵まれ、対馬の山を堪能した。最高峰の矢立山に登れなかったのが残念だ。離島の島なので中2日の山は誰にも会わず。他の山も会ったのは10組程度と静かな山行を楽しめた。また訪れる機会はあるかな?。