なれ合い、妥協無しの本音ブログ

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山上徹也容疑者とデスノート

2022-08-02 12:13:13 | 考え方

最初に書いておきたいのは、安倍元総理を狙撃した山上徹也容疑者の減刑運動があることである。

おバカ?

「本人が非常に真面目、努力家であり、更生の余地のある人間である事」引用YahooJapanニュース

山上徹也は容疑者なだけで、刑が確定しているのではない。裁判で有罪となってからであろうに。それまでは罪がないのだから減刑も何もあったものではない。

逮捕=犯人と断定して考える人がなぜかくも多いのか。世界的に同じような傾向があるのは事実だが裁判で有罪となってからである。

逮捕=犯人であれば、世の中には絶対に冤罪は無いと断言しているのと同じ。それだけ警察が正しいと信じる人々は基本的によほど頭が悪いか、マスコミに洗脳されている。

知人で警官を辞職した人がいるが、内部のあまりの腐敗やイジメ体質、そして署内の窃盗事件。それらに嫌気がさしたのが理由だと言っていた。

大きなところでは様々なところとの癒着、露骨な出世競争があり、警察はどこを向いているのか分からないと考えるべきである。

当方もいかに警察が信用できないかという経験がある。雪がある場所のトレッキングで林の中を歩いているとき、周囲にゴミが散乱した不審なテントを見つけ警察に通報。2人の警官がパトカーで近くまでは来たものの雪を歩く準備も無しで、結局まともな確認もせず立ち去った。

また、知人が明らかに証拠不十分の上に当人は犯行を認めていないにも関わらず、逮捕され、結局有罪。裁判官も有罪率が高いほど出世するといわれているが、まさにそれを証明する様に検察側に傾いていることを目の当たりにした。

さて、お馬鹿さんたちの減刑運動はどこから来ているのかだが、更生の余地もカモフラージュで、安倍元首相の悪しき面と、容疑者の生い立ちなどが理由となっていると推定している。

安倍元首相について功罪が色々と言われているが、個人的には悪しき面があまりに大きく多かったのは事実であると考えている。所詮、一人の政治屋に墜ちた人だったと考えている。細かなことは書かないが、日本を悪化させた一人だ。

今後は彼がやった悪を徹底的に暴いていくことこそ、日本の為である。

特定の人が長く政治をやってはいけない。絶対権力は絶対に腐敗するのだ。政治こそ定年制度として20年を最長とせよ。

20歳になったら誰でも立候補可能とし、供託金は排除。オフザケ立候補防止は学生時代からの政治教育と公的立場の人10人以上の推薦を必要とすればいい。既に政治をやっている人からの推薦はダメ。

また一般人を含めて60歳を超えたら一線から引退し、その後は影響力を駆使するな。そのように年配者が若者に道を譲るためにも年金制度の改悪は許されない。しかし中途半端で逃げ出したのが安倍元総理であることを忘れてはいけない。

容疑者の悲惨な生い立ちを知り、減刑を求める理由の一つとしている人たちも多い。実際に知人の中にもいる。しかしそれは完全に間違っている。悪しき環境で育ったことは不幸であり、とても残念なことだが、それを言ってしまえば世の中には相当数、ひどい環境で生きてきた人がいる。

その中から犯罪に手を染める人がいるのは当然のことだが、生い立ちやらをどこまで考慮するか。マスコミがこういっているからで判断するのは極めて危険である。マスコミを鵜呑みにして減刑をという人々がいかに愚かか知っておく必要がある。

当方は年齢、性別、生い立ちを問わず、罪は罪として皆同じく裁定するのが本来だと考えている。未成年だからということも存在せず、やった内容だけで裁くということだ。子供であろうが殺人は殺人で裁くということ。未成年には将来があるなど、どうでもよい。罪で裁けばいい。遺族のことを含め当然のことだと考える。

精神鑑定も不要。殺人を犯す人に精神的に正常な人など存在しない。おかしいから人殺しという重罪を犯すのであり無駄な時間をだらだらとかけず、さっさと一律裁けばいい。

もちろん、情状酌量というのは無ければいけないが大原則として、罪は罪で一律同じである。

なお、容疑者の生い立ちを考えて少しでもかばいたいというのは典型的な左翼発想。では先日死刑となった加藤智大はどうだ。彼も相当厳しい人生を生きてきたというではないか。なぜ減刑の大運動をしなかったのだ。

無差別大量殺人や元総理を銃殺するなど、社会に与える影響は大きいからこそ、だからこそルールはルールで考えねばならない。

安倍元首相は銃撃されてからドクターヘリで搬送されているが、同じような状況で一般人が撃たれたらどういう対応だったのか。近くの病院に運ばれてもっと早く死亡認定されていたことだろう。正直、すでに優遇されているようにも見えるので、もう国葬もいらない。

それよりもつじつまの合わない銃弾について正面から取り上げていくべきであろう。

ここから本題である。なぜデスノートとタイトルにつけたのか。デスノートについては多くの人が知っているであろうが、特定の人の名前を悪魔からもらったノートに書けば、書かれた相手は死亡するというものである。

社会的に問題がある人たちに対し、法の裁きではなく極刑に処すというのが漫画や映画の話である。

これは、ユーチューブでも似たような現象がある。アニメーションであるが法で裁けない悪人を残忍なリンチで殺すという動画が大人気なのだ。

また、ネットフィリックスのアメリカのドラマ「ブラックリスト」は、レイモンド・レディントンという極悪犯罪者がFBIと協力し他の悪人を裁いていく。時に商売敵を殺してしまうが彼は逮捕されない。

なぜこういうことになるのか。

つまり社会の不平等、法の不備を多くの人が感じているというのが一点。もう一つは昔の水戸黄門のイメージだが、悪は裁かれるべきである。特に日本人は白黒はっきりするのが好きな民族だ。世の中グレーこそ本質というのが分かっていない。

自分の頭で考えて答えを出す世界は、グレーなのである。単純化した図式で、考える必要が少ないことに飛びつきやすいのが日本人。テレビや新聞がいっているからと鵜呑みにするのもまったく同じ図式である。

ユーチューブ動画には世の中のいろいろな意見があるが、Qアノン信者と同じで違う意見を受け付けなくなるのも多くの人の傾向である。

また、いまだに左翼だ右翼だ保守だとこだわっている人たちも本質は全く同じである。ここをしっかりと認識しておく必要がある。結局は排他的なのだ。

世の中、内容が大きくなればなるほど陰謀でしかないのに、そこに「論」をつけた陰謀論なる言葉に騙されて簡単に無視するのも、それこそ操られているだけなのだ。

ところで水戸黄門のパターンが現代で少し変化しているのは、勧善懲悪ではなくなってきていることだ。水戸黄門は少なくても正義の側であるが、社会的に裁かれない連中が消えるための手段は善である必要も無いことだ。

現実問題として上級国民はいつも優遇されていて、ズルいと思っている国民が多いからこそ、どのような手段であっても消えてくれという図式が生まれたわけだ。

また、宗教観の崩壊もあろう。お天道様が見ているという感覚が無くなり、やったもの勝ち。陰に日向に真面目にという感覚も薄れていっていると感じるのは当方だけだろうか。道徳観や公共心がダメだからこそ簡単にゴミを捨て、あるいは気に入らなければ公衆でもキレて大騒ぎするのは年齢を問わない。

公僕の意味を完全消失し、政治、公務員、会社の上層部が腐敗するからこそ、多くの人が不満を持ち是正を求めるが、いったん権力を持った連中が直すはずは無い。無理である。既にあの人たちの考え方は理解不能状態と思った方がよい。

行政や企業でもSDGsなどといっているところは完全にアホの部類である。世界的な詐欺でしかないが流れに乗れと大騒ぎした。最近、少し静かになってきているが、もしかしてやってみたらこれはアカンとようやく判断出来てきたのかも知れない。

やる前に気が付くことこそ頭のいい証拠だが、大々的にやってみて失敗だったというのは経営判断として下である。下手をすればまだバッチを付けている連中もいるかも知れないが。

環境ついででグレタ・トゥーンベリという口の悪い操り人形もあまり見なくなってきたが、よい傾向である。そんなに大騒ぎするなら学校教室のエアコンを止めて、学校の送迎もやめて徒歩か自転車で生活しろ、ネット接続も止めて本を読めという指摘があるが、正論である。

話を戻し、上級国民の崩壊。それが象徴的に出てきたのが旧統一教会(明らかなカルト。日本はカルト認定が病的におかしいから政治と癒着できる)問題で自民党の福田達夫総務会長の発言。

「正直、僕自身が個人的に全く関係がないので、なんでこんな騒いでいるのか正直よく分からないというのはあります」引用YahooJapanニュース

自分が関わらないから分からないということを平気で言えるのは、どれだけ腐敗した精神構造かである。政治に関わる人がこれを言ったらアウト。発言の前に調べろ、何が起きているのか把握しろ。こういう愚か者を当選させているのは誰だ?

もう一人いる。岸田総理だ。

「社会的に問題になっている団体との関係については、政治家の立場からそれぞれ丁寧に説明をしていくことは大事だと思っています。それぞれ、様々な説明を行っているようですが、国民の皆さんの関心も高いわけですので、丁寧な説明を行っていくことは大事であると思います」引用YahooJapanニュース

一国の総理大臣であろうに。一人二人ではない国会議員の問題にそれぞれの立場からではダメだということさえ分からない。この人、安倍元総理の国葬で行動している気になっているのだろうか。

なんでこういう連中がいつまでも政治を続けられるだろうか。そういう党を選ぶ愚か者たち。

結婚をスタートと考えるかゴールと考えるか。人によっては違うがやっと結婚できたという場合はうまくいかなくなる可能性が高い。なぜならそこからがスタートであるからだ。

内閣総理大臣という頂点に立ちたいという政治屋は多いだろうが、そこがスタートであなたはどうしていくのかである。頂点に立ちたいというゴールとするから、愚かさが露呈してしまうのだ。

それでも政治屋でいられるのは、そういう連中を選んでいる人たちが問題なのだが、複雑に絡み合った利権構造はもう直らない。だから日本は衰退しかない。

それでも細々と生きなければいけないのが一般人である。しかし不満はたまる。だからデスノートであり、ブラックリストであり、そしてそれが行動に出れば山上容疑者擁護の減刑となる。

安倍という巨悪(当方はそう判断している)が彼により消されたのだから、こういう無敵の人が世の中を是正してくれるのだということ。それが本音に見えてしまうのだが・・・。

だが一貫性など無い。安倍憎しで生きてきたから他の囚人にまでは考えが及ばない。

無敵の人は、金もいらねば死刑も怖くない。

西郷南洲がいったのは、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり」である。

本来無敵の人は、無私の人であり、こういう人が政治家として、あるいは地方から国家公務員として公僕につかねばならないのだ。このような無私の人は過去にはいたが今は絶滅危惧種であろう。

今では無私の人は、無敵の人となり犯罪やり放題になってしまっている。

ところで死刑制度が抑止力にならないという人もいるが、それは制度の問題ではなく無敵の人には何があっても意味がないだけの話だ。一部の限られた人にしか該当しない。なぜ、このような幼稚なことが分からないのだろうか。

一般人は制度があれば抑制される。しかしそれでも殺人事件が無くならないのは、瞬間的にせよ精神的に崩壊するからである。

ところが日本はチマチマとしてルールが多すぎる。道路交通法など典型的な搾取の法律で、いかに警察が都合よく成績を上げられるかの構造でしかない。どんどんと追加され、そんなことはどうでもよいだろうに、ということまで対象。ノルマ制度の害悪と見えて仕方がない。

いずれにせよ、社会が歪みすぎているからデスノートの人気が出る。それが現実になり、怖いと思う反面、こういうことでもないと是正されないという人も多いのが、漫画やドラマが人気の理由であろう。

デスノートやブラックリストに頼らない世の中にしたければ、公僕が無私の人となり、真面目にやることだ。

しかし絶対権力は絶対に腐敗し、利権を温存するか拡大に走る。幕末の動乱を生きた西郷南洲でさえ、中央の権力構造にあきれ果て、征韓論も関係はするが結局は下野し、政府と交戦して戦死となる。

無私の人でも是正出来ないのが権力である。明治からそうであり、今の日本はさらに陰に隠れてやりたい放題となっているであろう。

誰が官僚にコントロールされるようなだらしない政治屋を選んだのだ。それは国民である。若い年代に自民党人気があるという傾向があるらしいが、学校教育に政治が無い幼稚さも影響しているであろう。

国民がデスノートやブラックリストを望むという構造から出るためには、きっちりとした法の執行、上級国民でも一般人と変わらず捜査する、悪は悪だと行動する立場がある人たちが増えれば増えるほど、世の中は良くなる。

票が欲しいためだけにいつもの主義主張を捨ててまで韓国の旧統一教会とズブズブしている連中は、全員、政治屋。最近では開き直って「それが何か?」という雰囲気まで出てきているが、それに対し一国の総理がカルト団体にも関わらず「それぞれが説明を」では救われない。

日本人は、自分たちで政治屋連中に投票しておいて、無敵の人が出てきたら賛辞を贈るのか?あるいは自民党政治憎しで無敵の人が出てきたら減刑というのか?

どこまでずれているのだろう日本国。このままではこの国は絶対に良くならないという答えしか出てこない。