梶井基次郎の『檸檬』の主人公は、現代社会においても「健康」にも「裕福」にも「正常」にも分類されないであろう。貧乏学生で借金持ち、友人の自宅を泊まり歩いている。神経症で肺病とされており、かつアルコール中毒的な描写もある。しかし、主人公はその状況を改善しようと躍起になっておらず、少しも気にしていない。たとえ「憂鬱」で「苦しい」と外部に規定されるような日々を送っているとしても、彼自身は自分の生を悪いもの、否定的なものと思っていないから、絶望していないのであろう。私には、むしろ彼は、非常に堂々と日々を送っているようにみえる。