おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

Re:定義すら実はされていない「正常」と「異常」

2023-08-30 06:18:20 | 日記
「正常(normal)」
ということばは、いくつかの正しいという含みを持った辞書による使われ方をするようになった。

通常、標準、ふつう、普通、共通、日常、典型、適合、慣例、妥当、通例など。

しかしいつからか、心身の病気にかかっていない状態を、指すようになったように思う。

「異常」(確りと定義などされていない)が
「正常でないもの」と定義されるとき、
「異常」は、先の「正常」の辞書的なそして、その延長線上の使われ方をあてはめると
「通常でないもの」、「適合しないもの」、「ふつうでないもの」「妥当でないもの」そして「心身の病気にかかっている状態」となってしまう。

これは、真に、「正常」や「異常」、そして「心身の病気」の「定義」すらあいまいなままに歩みを進めてきたことに、大きな問題がある、と私は思う。

「定義」が曖昧だからこそ、「診断バブル」など起きるわけである。

まず、日本では、(昔、調べたデータなのに、すぐにグラフは出ないが)、1996年から、「処方箋上の薬の量バブル」、「診断バブル」、「心療内科の数バブル」
が起きた。

大きな要因のひとつに、1996年に厚生労働省によりとして
「心療内科」の標榜が認められ、
自由標榜(医師なら誰でも標榜可能)が可能な制度に改められたことで、一般内科医や精神科医が自由に看板をあげられるようになったことだと、私は、考える。

患者の側も、「精神科」より、「心療内科」の方が、敷居が低いような気がしていたと言う事情もあろう。

さらに、2000年あたりから、パキシルのマーケティングのために「心の風邪」なんてことばまで使われたら、余波はすごいものがあったはずだ。

ここまで、読んでくださりありがとうございます。
なんとか、色々あり、心や体の調子の波から復活しつつあります。
次回からもう少し詰めた内容で描いてみます。
またよろしくお願い致します。
では、また、次回。