億万長者、カール・アイカーンは、
80代になったばかりの頃、
「自分が使い切れるよりもはるかに多くの財産をもう持っているのに、なぜしきりに会社を乗っ取って財産を増やしているのか」
と聞かれたとき、
「それだけが自分の成功を測れる方法だから」
と答えた。
確かに、一部の大富豪(ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス)のように、
ひとたび、人生を安心して過ごすために必要なものを複数蓄えれば、
他の目標に目を向け、富を蓄えるより分配することにさらなる喜びを感じる人々もいる。
しかし、大多数の人々は、もっと多くの物を手に入れたいという飽くなき欲をみせている。
それは常に自分より多くの物を手にした者がいるからである。
カール・アイカーンのことばはそんな人間の本性をよく現しているようにも、私は思うのである。
ところで、進化によって、霊長類には「公平」の概念がしっかりと組み込まれたようだ。
それをよく教えてくれる実験がある。
教えてくれるのは、キュウリを食べるのが好きなサルたちだ。また、このサルたちはブドウを食べることはもっと好きだった。
そんなサルたちが2匹同じ部屋にいるとき、全く同じ作業をしてもらい、そのご褒美として、1匹にはブドウを、もう1匹にはキュウリを与えた。
そのときである。
キュウリを与えられたサルは、自分のご褒美が、もう1匹に対するご褒美よりも劣っていることに激しく怒り、
これまで好きだったキュウリを拒絶して実験者に投げ返してしまうのだ。
もちろん、この行為は、
「あっちのサルがブドウをもらえるのなら、自分もブドウをもらう資格があるぞ!」というメッセージである。
同じ作業に対して等しい対価を得ることは、私たち霊長類の心理の根幹にもともと組み込まれているようである。
さらに、そこには、もっと大きな気づきがある。
それは、人生に対する満足感は、他者の比較なしに、つまり他者が得ていると思われる満足感から切り離して経験することが決して出来ないということである。
ある面では、人は自分が持っている物で幸せを感じるのではなく、むしろ自分の周囲の人が持っている、あるいは持っていると思われる物と比べて、自分が何を持っているかという観点で幸せを感じる。
冒頭のカール・アイカーンの発言に象徴されるように、
(悲しい性だが)大部分の人にとって(→少なくとも私はそうであるのだが)、満足感は、ほぼ常に相対的であり、他と比べることによって決まってくる。
2500年前、アイスキュロスは、
「嫉妬心を少しも持たず、友人の成功を喜ぶ強い性格の持ち主はほとんどいない」
というなんとも悲しいが、2500年前から変わらない人間の性を表したことばをのこしている。
(残念なことに、いまだに、私は、アイスキュロスがいうところの嫉妬心のない高尚な人間になれたことは、ない......。)
飽くことなく、貪欲になる能力は、私たちのゲノムに組み込まれているようである。
また、その能力が鈍るのは、もっと欲しいと思える余分の量がないときだけである。
私たちは、このような性質から、ごく少数の者に富が集中する階級社会に向かう傾向がある。
ブドウとキュウリの公平な分配がうまく保証されている例は、(北欧以外では)ごく少数である。
人間の本性には、裕福な社会で演じる幸福の悲劇が組み込まれている。
大富豪は富を蓄えるためのゴールのないレースを強いられていて、
もっと裕福になろうと、実現不可能な幸福を延々と追求し続けている。
このような行為のために、ブドウとキュウリが明らかに不公平に分配されるようになり、
大多数の人々が、他者に比べて自分が十分な物を手に入れていないと感じて、自分は不幸だと考えるようになる。
そのしわ寄せから、日々苦しい極貧生活に置かれ、健康にも幸福にもなれない人々がいる社会になってしまう。
さらなる不公平の拡大はこのような構造を以て進んでしまうように、私は思うことがある。
さらに、歴史が物語っているが、社会は、崩壊する直前に最も階級化が進む傾向にある。
その中で、したたり落ちる富の流れ(トリクルダウンなど)は本質的に、よく機能などするのだろうか。
現在、あらゆるテクノロジーの進歩によって格差は広がり、公平さを探すことも難しくなってきている。
サイバー革命とグローバリゼーションが相まったとき、新たな裕福な時代が生まれたのかもしれない。
現在、世界の富裕層の上位60人が保有する資産は、貧困層35億人の資産総額よりも多い。
1965年、平均的なCEOの報酬と従業員の報酬の比率は、20対1だった。
それが、1978年には、120対1に広がった。
今ではほぼ300対1となっている。
テクノロジーと生産性の向上によって、必要とされる従業員の数が減ったことで、賃金引き下げの圧力が強まり、人並みの収入を得られる仕事がますます少なくなっている。
しかし、富裕層はその差額を着服し、自らの税金を減らしてもらうために、政治家にその着服した金を支払うか、海外にそれを預けているのである。
確かに数十年前より、私たちの富は増えたのかもしれないが、私たちが不公平感を禁じ得ないのは、ごく一部の富裕層が得た利益が、きわめて不平等に分配されていたり、狡い人たちを見過ぎているから、かもしれない。
確かに、富の格差拡大は、世界規模で起きている現象である。
その一部は、まさに経済学の基礎である自由市場の原理が原因で起きている。
とりわけ、新たなテクノロジーが、通常の人的労働力に依存する既存のシステムを揺るがす際に、報酬が資本やイノベーターに流れることが、原因で、起きている。
例えば、社長が従業員の代わりに機械を導入したり、従業員の仕事を簡単に別の国に移したり出来る場合は常に、従業員の報酬は比較的少なく、社長の報酬はかなり多くなる。
人口過剰でハイテクな世界では、報酬は自然と上昇する。
しかし、富の再分配が、経済的見地だけに基づいて決められる場合、状況は通常予想されるよりもさらに悪くなる。
富は、「金は金を引き寄せる」という経済の引力の法則に、従っているようである。
大金を持つ物は、大きな政治権力を引き寄せ、
大きな政治権力は、彼らの欲求を満たす行動をとる。
そのようにして、大金を持つ者は、ますます、裕福になるという、決して終わることのないようにも見える悪夢のような悪循環が生まれる。
クレプトクラシー(泥棒政治)行う全体主義政権と、クレプトクラシーを行う民主主義政権は、どちらが多く億万長者を生み出せるのか競っているようにすらみえる。
もし、精神的に健全で経済観念のある理性的な人「だけ」で、構成される世界があるならば、それほど不平等という者もないのかもしれないのであるが、
これまた、甚だしい空想かつ空しい幻想であることは言うまででもない。
ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。
土曜日の朝から、今度は重苦しく&暗ーい長文をすみません^_^;
でも、国会議員って、小学校や中学校で何て習ったっけ??と思うと、悲しいような、また、哀しいような気持ちになってしまいます(T-T)
そんな不満とそんな人たちを選ぶ社会に慣れきっている自分に対する不満もぶつけて描いてみました。
朝から、ぶつけまくってすみません^_^;
でも、よろしければ、これからもよろしくお願いいたします( ^_^)
日の出の時間がかなり早くなってきたからか、朝早く明るくなって、なんだか嬉しいです(*^^*)
それに、今日は、節分です!
鬼は外ー!
福は内ー!!( ^_^)
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。
ようこさんの記事はいつも勉強になります。
昨日の温暖化の記事もコメントを書きたかったのですが、自分の無教養な知識でそれを書いたら恥ではないかと思いためらいやめましたが、今日は書きます。
まず僕は十分な収入を得る富裕層ではないことが1つで、このために富裕層が自身の飽くなき欲求のためにさらなる富を求めているという現実に気づかされたことです。
おっしゃるとおり人件費を減らすために大きな企業は機械を導入したり、安い海外の下請けに仕事を発注しているのだと思います。
今まさにメディアが報道している政治家の問題は自分の欲求を満たすために起こった事件のあらわれなのでしょう。
貧しい者はさらに貧しくなり物価は上昇を続けています。子供のころのテレビのような正義の味方の登場は皆無です。
いつも通り長いコメントになってしまいましたね、ごめんなさい。
日の出が早くなったこともさることながら、日没も少しずつ遅くなってきましたね。でもまだ2月、寒い日はまだまだ続きます。
健康に気をつけて暖かくしてお過ごし下さい。
いつもありがとうございます。感謝感激です。
おはようございます。
いつも読んで下さりありがとうございます。
コメントありがとうございます( ^_^)
子どもの頃にテレビや映画で見たようなヒーロー、正義の味方がもういないような気がする気持ち、ものすごく、わかります!
でも、前を向いて頑張りすぎず、頑張っていきたいですね( ^_^)
amocla91さんもお身体に気をつけて下さいね(*^^*)