詩篇23篇は、旧約聖書の中でも最も有名な詩篇の一つであり、クリスチャン生活とは無関係な文学や映画などでもこの詩篇が引用されることが多い。
詩篇23篇の、
「主はわが羊飼い、私には何も欠けるところがない......死の陰の谷を行くときも私は災いを恐れない。
あなたが私とともにいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それが私を力づける」
ということばは、多くの人が、1度は文学や映画の中の、特に葬儀シーンで見聞きしたことがあるのかもしれない。
旧約聖書は、過酷な運命を課せられたユダヤ民族が、その過酷な運命こそが神の恩寵の証であると読み換えた、人類思想史上の一大冒険の記録といえるのかもしれない。
特に、神への讃歌がまとめられた『詩篇』は、この世で苦しみを味わえば味わうほど、ますます神への感謝と愛が強まってゆくという、後のキリスト教の原型とも言える、重大な思想転換が示されている。
バーンスタインは、アメリカで生まれ、アメリカ育ちのスター的な指揮者であり、作曲家でもあった。
作曲家バーンスタインの名声が世界に広くとどろき渡ったのは、彼が1957年、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』の物語を、当時のアメリカ社会に移植したミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』によってである。
モンタギュー家とキャピュレット家の争いは、白人青年とプエルトリコ移民の娘との道ならぬ恋に読み換えられ、このミュージカルは、移民国家が宿命的に抱えざるを得ない社会問題を鋭く描き出したのだが、その音楽もまた素晴らしく、全米が熱狂したようである。
当時、アメリカに留学していた小澤征爾は自伝に、
「タクシーに乗ると、いつも『ウエスト・サイド』の『トゥナイト』が流れていて、アメリカ中が本当に熱狂していた」
と、記しているところからも、その熱狂ぶりが伝わってくる。
バーンスタイン本人は、
「うーん、あの旋律は、バレないように、チャイコフスキーの『ロミオとジュリエット』をパクったんだよ」
などと笑って語っているが、
『ウエスト・サイド・ストーリー』の成功は、伝統的なクラシック音楽の作曲技法と、ジャズ、ロック、マンボのリズムなど南米由来の民族音楽を融合して、誰も聞いたことがなかった音楽空間を切り拓いたことにあるだろう。
アメリカ生まれで、アメリカ育ち、アメリカ的にジャズとロックとクラシックを融合させて、兎に角売れる曲を作る作曲家バーンスタイン、それもひとつのバーンスタインの顔であろう。
しかし、バーンスタインには、もうひとつの顔があった。
名前からも推測できるように、バーンスタインには、「アメリカ人」としてのバーンスタインの精神の他に「ユダヤ人」としての精神があったのである。
バーンスタインは、「アメリカ人」として生まれ育ったからこそ、自分の出自、自分の祖先に対して思いを馳せずにはいられなかった。
そして、「アメリカ人」としてのバーンスタインから離れ、「ユダヤ人」としてのバーンスタインとして、ユダヤ人が、本当の意味で未だ持たざる国家の國體を見つめる。
バーンスタインは、それは、『詩篇』にすべて書かれているはずだと考えた。
詩篇2篇のなかの
「なにゆえに国々は騒ぎ立ち、人々はむなしく声を上げるのか。
なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して主に逆らい、主の油が注がれた方に逆らうのか」
ということばも、バーンスタインの脳裏に焼き付いていたことであろう。
『ウエスト・サイド・ストーリー』や『キャンディード』といった商業的なミュージカルの作曲経験を活かし、バーンスタインはついに、積極的にイディッシュ語を用いた、ユダヤ教をモチーフとする音楽を作曲するようになった。
そのようにして成立した音楽が、旧約聖書の預言者エレミアを名に冠した交響曲第3番『エレミア』であり、イギリスのチチェスター大聖堂からに名付けたといわれる『チチェスター詩篇』である。
人生は、苦しみの連続なのかもしれない。
人はなぜ生まれ、そしてなぜ苦しまねばならないのだろうか。
『詩篇』は「その苦しみこそ、神の恩寵の表れである」と、思想転換を行う。
その思想転換の過程をバーンスタインは音楽を以て語る。
『詩篇』の中心人物に少年ダビデがいるが、バーンスタインは、ダビデの言葉に、繊細にして美の極みの音楽を付したのである。
人生は苦しみの連続かもしれない。
しかし、ふと出逢う美というものによって、苦しくとも生きたいと思うことがある。
バーンスタインが、示すのは、そのような心の動きなのかもしれない。
ここまで、読んで下さりありがとうございます。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。