……ということがあるのだということを、昨日、電話で
ある人と話していて知った。
そりゃまあ、ないことはないだろうが、あらためて知ると
なんだかあわてるし、ぎょっとする。
見られていることを知らない私は、さぞかし無防備
だったに違いないのだから。
それで思い出したのは、「まさかあの時、誰かが……」
という、ヤバい場所でのヤバい光景。
私は遊郭を舞台にした小説でデビューしたので、
受賞作がらみのインタビューでは「風俗店」で、ということもあった。
フォーカスかフライデーか、ともかく写真誌だったが、「ソープランド」
へ連れて行かれ、その個室で、ソープランド嬢と並んで写真に収まったこともある。
現れた若い女性は、カメラマン、記者、私の前で、さっさと服を脱ぎ始めた。
え? え? と私が戸惑っているうちに、見事、全裸!
じつに立派なボディだった。その横で着衣のまま縮こまっているのは
なんとも肩身が狭かった。彼女は堂々と立っていたが、私は思わずしゃがみ込む。
それにしても心配だった。
「あの、これ全国紙ですから、いろんな人が見るんです。ご両親とか……」
思わず小声で囁くと、彼女は「あ、全然平気です!」と笑い飛ばしたものだ。
その後も、普通は女がなかなか入れない風俗関連の店を取材したり
そこで働く女性に話を聴かせて貰ったり、という機会が何度もあった。
知り合いに大ベテランの風俗ライター(男性)がいて、あちこち
連れて行ってくれたおかげだ。
横浜の黄金町が「チョンノマ」だった頃、その近くにある大通り公園の
夜陰に何人もの女性がうごめいていて、そこを縫って歩きながら「あがり」
らしいものを集めている男の姿を目撃したこともある。
風俗ライター氏はニューヨークで空手を教えていたという猛者で
「僕が合図をしたら山崎さんは急いで逃げてください。あとは
引き受けますから」と囁くような場面もあった。
彼があるとき、川崎の風俗店へ連れて行ってくれた。
大きめの部屋に、ごく普通の若い女性が数人いて、
コーヒーを飲んだり、漫画本をめくったりしている。
部屋の一面は大きなガラスになっていた。
「マジックミラーです。向こうからこちらは見えるけど、
こっちからは向こうが見えません」
従業員氏が解説してくれた。
向こうの部屋にいるのは客の男性達。
彼等は、待機している女性に姿を見られることなく、
ガラスの向こうをじっくりと眺めて相手を選ぶ。
「あ、よかったら、ゆっくりしててください」
従業員はそう言って出て行った。
私は「ありがとうございます」なんて礼を言い、
女性達と一緒に部屋のソファに腰掛け、ぼんやりと
ガラスを見つめていた。
10分くらいもそうしていただろうか。
風俗ライター氏が迎えに来てくれて部屋を出、
だいぶたってから、はたと気づいた。
あの頃、すでに私は50代。若い女性の中にぽつんと
混じったおばさんは、さぞかし目立ったに違いない。
ガラスの向こうで何人が品定めしていたかは知らないが
「なんだ、ありゃ!」と仰天したことだろう。
で、もし、偶然、私の知ってる人が来ていたとしたら
「マジックミラーの女」になっている私を見てどう思ったことか。
「食べて行けなくなったんだろうけど、ここに来るかよ!
熟女路線でなんとかなると思ったのか?!」と、しみじみ
驚いたに違いない。
そして、誰かにこっそり喋ったりしたかもしれない。
もしかするとどこかで、哀れな女の、あまりにも哀れな末路として
ひっそりと語り継がれているのかも……。
ジャガイモの花
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